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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

津海軍工廠 官舎

津市高茶屋に所在した津海軍工廠の北側に官舎工員住宅がありました。
津海軍工廠 官舎 1 丙 (4)(三重津)
▲空家になっている丙號官舎

【探索日時】
平成31(2019)年1月17日





海軍兵學校 地下壕

江田島に所在した海軍兵學校の程近くに複雑な形状の地下壕が設営されていました。
海軍兵學校 地下壕 表紙(広島江田島)
▲内部の様子

【探索日時】
令和1(2019)年7月29日





名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠 横穴式疎開火薬庫

関ヶ原町に所在した名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠の周辺谷筋に横穴式疎開火薬庫が130箇所ほど設定されていました。
名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原町分廠 疎開火薬庫76 地下壕(奥)と爆風除け(前)(岐阜関ヶ原)
▲爆風避けを備えた横穴式疎開火薬庫

【探索日時】
平成26(2014)年2月4・12日





名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠(火薬庫・弾薬庫編)

慶長5(1600)年9月15日、天下分け目の関ヶ原合戦で知られる関ヶ原町に名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠が所在しました。
名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原町分廠 H 洞窟火薬庫 本室(滋賀関ヶ原)
▲洞窟式火薬庫

※第二回目は關ヶ原分廠の核心である火薬庫の紹介です。

【探索日時】
平成26年2月4・12日





名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠(管理・試験設備編)

古戦場で知られる関ヶ原の西側に名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠がありました。
名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原町分廠 ア 営門門柱 南東から (2)(滋賀関ヶ原)
▲道路沿いに遺る営門

※遺構が多いので、今回は關ヶ原分廠の管理・試験設備のみを紹介します。

【探索日時】
平成26年2月4・12日





京都霊山護國神社

観光地からほど近い京都市東山区に京都霊山護國神社が鎮座されています。
京都霊山護國神社 霊山護国神社(京都)
▲境内

【参拝日】
平成20年4月6日





青野原憲兵分遣隊

兵庫県小野市に所在した戰車第六聯隊の東側1.3kmに青野原憲兵分遣隊がありました。
青野原憲兵分遣隊 ノ 正門 西から (2)(兵庫小野青野原)
▲公民館にあった門柱

【探索日時】
平成26年1月22日、令和1年9月8日





戰車第六聯隊

兵庫県小野市、加西市にまたがり所在した青野原陸軍演習場の南端に戰車第六聯隊がありました。
兵営では後に戰車第十九聯隊戰車第十九聯隊補充隊戰車第四十二聯隊が編成、最終的に陸軍騎兵學校が移駐して来ます。
なお戰車第十九聯隊補充隊は司馬遼太郎こと福田定一先生が入営したことでも知られています。

また隣接して姫路陸軍病院 青野原分院青野原陸軍射撃場戰車聯隊自動車訓練所がありました。
戰車第六聯隊 セ 南門 南から(兵庫小野青野原)
▲兵営跡に遺る門柱

【探索日時】
平成25(2013)年8月11日、平成26(2014)年1月26日





青野原陸軍演習場 高岡陸軍演習廠舎(旧青野原俘虜収容所)

兵庫県小野市、加西市にまたがり所在した青野原陸軍演習場の北端に高岡陸軍演習廠舎がありました。

同廠舎に隣接し大正年間に青野原俘虜収容所が開設されます。
高岡陸軍演習廠舎 H 便所 (2)(兵庫小野青野原)
▲民家内に遺る青野原俘虜収容所の浴場

【探索日時】
平成26年1月26日





青野原陸軍演習場 大門陸軍演習廠舎

兵庫県小野市、加西市にまたがり所在した青野原陸軍演習場の東端に大門陸軍演習廠舎がありました。

同廠舎は元々、陸軍省騎兵局 青野軍馬育成所(のちに軍馬補充部 青野支部)として建設されます。
大門陸軍演習廠舎 C 廠舎 北西から(兵庫小野青野原)
▲民家に転用されている廠舎の一部

【探索日時】
平成26年1月26日





青野原陸軍演習場(旧軍馬補充部 青野支部)

兵庫県小野市、加西市にまたがり所在する陸上自衛隊・青野原演習場は青野原陸軍演習場でした。
同演習場は元々、陸軍省騎兵局 青野軍馬育成所(のちに軍馬補充部 青野支部)として発足します。
青野原陸軍演習場 493「∧∧∧陸軍」(兵庫小野)
▲陸自青野原演習場外周に遺る境界石標

【探索日時】
平成25年8月11日、平成26年1月26日





大阪護國神社

大阪府住之江区に大阪護國神社が鎮座されています。
大阪護國神社 大阪護国神社(大阪)
▲一の鳥居からの全景

【参拝日】
平成20年5月20日以降地元のため随時





三瓶原陸軍演習場・三瓶原陸軍演習廠舎

歩兵第二十一聯隊で歌い継がれた『濱田の兵隊』に♪浜田の兵隊いくさが強い 強い筈だよ三瓶さんべ山 三瓶山おろしに鍛へた腕ぢゃもの腕ぢゃもの~と歌われた三瓶山一帯に三瓶原陸軍演習場、三瓶山南側に三瓶原陸軍演習廠舎がありました。
三瓶原陸軍演習場 カ 監的所 西から(島根大田)
▲牧場に遺る監的所

【探索日時】
平成30年12月21日





濱田護國神社

浜田市西部の独立丘陵に所在した濱田城阯に濱田護國神社が鎮座されています。
濱田護國神社 二の鳥居 参道(島根浜田)
▲二の鳥居と参道入口

【参拝日】
平成25年12月4日





濱田陸軍墓地

歩兵第二十一聯隊兵営の北1kmに濱田陸軍墓地があります。
濱田陸軍墓地 c下士官・兵卒(手前)南東から(島根浜田)

【参拝日】
平成25年12月4日





歩兵第二十一聯隊長舎宅・松原・天滿・杉戸・清水将校舎宅

歩兵第二十一聯隊長の衛戍した浜田市内に聯隊長舎宅・松原将校舎宅・天滿将校舎宅・杉戸将校舎宅・清水将校舎宅がありました。
歩兵第二十一聯隊 将校舎宅 C官舎 西から (2)(島根浜田)
▲民家に転用されている将校舎宅

【探索日時】
平成25年12月4日






濱田聯隊區司令部

濱田城阯の東麓に濱田聯隊區司令部がありました。
濱田聯隊區司令部 シ「5 陸用地」 北東から(島根浜田)
▲浜田税務署に遺る境界石標

【探索日時】
平成25年12月4日





濱田憲兵分隊

歩兵第二十一聯隊兵営の西に濱田憲兵分隊がありました。
濱田憲兵分隊 コ塀(北側)南から(島根浜田)
▲憲兵分隊跡に遺るコンクリート塀

【探索日時】
平成25年12月4日





濱田陸軍射撃場・濱田歩兵作業場

歩兵第二十一聯隊兵営の北西に濱田陸軍射撃場、及び濱田歩兵作業場がありました。
濱田陸軍射撃場 オ「陸軍用地」南から (2)(島根浜田)
▲射撃場に遺る境界石標

【探索日時】
平成25年12月4日





濱田陸軍練兵場

歩兵第二十一聯隊兵営の北側に濱田陸軍練兵場がありました。

<お断り>
濱田陸軍練兵場の写真を手違いで全削除してしまい当記事に写真は1枚もありません。
当記事は解説と遺構位置を示した地図だけの調査報告になります。


【探索日時】
平成25年12月4日





濱田陸軍病院

歩兵第二十一聯隊兵営の南側に濱田陸軍病院がありました。
濱田陸軍病院 イ 「陸(軍用地?)」境界石標 東から(島根浜田)
▲民有地との境に遺る境界石標

【探索日時】
平成25年12月4日





歩兵第二十一聯隊

伝統芸能「石見神楽」で知られる浜田市に歩兵第二十一聯隊がありました。

兵営では後に歩兵第四百十八聯隊歩兵第四百六十二聯隊歩兵第三百四十七聯隊が編成されます。
歩兵第二十一聯隊 A覆練兵場 北東から (表紙)(島根浜田)
▲浜田市立第一中学校に遺る第一覆練兵場

【探索日時】
平成25年12月4日





令和元年度 兵庫縣神戸護國神社 秋季慰霊大祭

本日は兵庫縣神戸護國神社で斎行された秋季慰霊大祭に参列してきました。





松江護國神社

国宝「松江城」の北側、北の丸に松江護國神社が鎮座されています。
松江護國神社 一の鳥居(島根松江)

【参拝日】
平成25年12月5日、平成29年11月6日

松江城観光の際はぜひ少し足を延ばし、殉国の御霊に感謝の誠を捧げてもらえればと思います。





呉鎭守府 地下戰斗指揮所

広島県呉市に所在した呉鎭守府の地下に戰斗(戦闘)指揮所がありました。
呉鎭守府戰斗(戦闘)指揮所 B 壕口(広島呉)
▲公開された壕口

【探索日時】
令和1年7月27日





四條畷 防空監視哨

小楠公こと楠木正行公の銅像が建っている事で知られる四條畷市の飯盛山に四條畷 防空監視哨がありました。
四條畷防空監視哨 国威宣揚 国旗掲揚台 (2)(大阪)
▲飯盛山山頂に遺る四條畷防空監視哨の監視小屋

【探索日時】
平成22年4月11日





佐世保海軍警備隊 田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所

佐世保市街が一望できる事で有名な弓張公園の北側、但馬岳公園は田島岳高射指揮所、田島岳特設見張所の跡地にあります。
同地には一時、防空戦闘機隊指揮のため田島岳空戦指揮所が置かれます。
田島岳高射指揮所・田島岳特設見張所 ア 高射指揮所 (2)(長崎佐世保)
▲段差を利用して設営されている田島岳高射指揮所

【探索日時】
平成24年11月29日、平成31年3月14日





佐世保海軍警備隊 田島岳(弓張)高角砲台 発電所

佐世保市街が一望できる事で有名な弓張公園の東側に田島岳(弓張)高角砲台発電所がありました。
田島岳(弓張)高角砲台 発電所 ア 発電機置場 南西から(長崎佐世保)
▲地下発電所(奥)と燃料庫基礎(手前)

【探索日時】
平成31年3月14日





佐世保海軍警備隊 田島岳(弓張)高角砲台

佐世保市街が一望できる事で有名な弓張岳展望台は田島岳(弓張)高角砲台の跡地にあります。
田島岳(弓張)高角砲台 ア 一番砲座 (2)(長崎佐世保)
▲ほぼ完存の九八式十糎二聯装高角砲(長10cm高角砲)の砲座

【探索日時】
平成24年11月29日、平成31年3月14日





川棚海軍工廠 百津工員住宅 ・ 白石工員住宅

長崎県川棚町百津(ももづ)郷に所在した川棚海軍工廠 百津工場の北東に百津工員住宅、北西に白石工員住宅がありました。
川棚海軍工廠 百津工員住宅北 6(長崎川棚)
▲百津工員住宅に遺る2階建ての工員住宅

【探索日時】
平成31年3月10日





川棚海軍工廠 官舎

長崎県川棚町百津(ももづ)郷に所在した川棚海軍工廠 百津工場の北側に軍人、軍属用の官舎がありました。
川棚海軍工廠 官舎 8(長崎川棚)
▲比較的状態の良い丁號官舎

【探索日時】
平成31年3月10日





第二十一海軍航空廠 航空機部 水計疎開工場

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南西、水計地区に航空機部 水計(みずはかり)疎開工場がありました。
 第二十一海軍航空廠 水計工場5 イ→内部(長崎大村)

【探索日時】
平成29年3月9日





第二十一海軍航空廠 鈴田隧道

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南西の山中に鈴田隧道がありました。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 A1→ア(長崎大村)
▲地下壕内部

【探索日時】
平成29年3月9日





佐世保海軍警備隊 三越高角砲台

魚雷試験場として知られる佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離發射場の北側、川棚町三越(みつごえ)郷に佐世保海軍警備隊 三越高角砲台がありました。
三越防空高角砲台 ウ 奥から(長崎川棚)
▲畑に遺る弾庫

【探索日時】
平成24年1月28日、平成31年3月11日





佐世保海軍警備隊 福重高角砲台

長崎県大村市に所在した大村海軍航空基地・第二十一海軍航空廠の北東、今富町に佐世保海軍警備隊 福重高角砲台がありました。
福重防空高角砲台 ア 入口(長崎大村)
▲畑に遺る土中指揮所の入口

【探索日時】
平成31年3月9日





佐世保海軍警備隊 皆同高角砲台

長崎県大村市に所在した大村海軍航空基地・第二十一海軍航空廠の北東、皆同(かいどう)町の今富城跡に佐世保海軍警備隊 皆同高角砲台がありました。
皆同防空高角砲台 イ1弾庫?(長崎大村)
▲竹林に遺る兵員待機所(と思われる遺構)

【探索日時】
平成26年1月29日、平成31年3月9日





歩兵第四十聯隊 炊事場 【移設】

鳥取県八頭郡八頭町に鳥取市に所在した歩兵第四十聯隊兵営の炊事場が移設されています。
歩兵第四十聯隊炊事場 南東から(鳥取)
▲移設され農機具小屋に転用されている炊事場

【探索日時】
平成30年12月25日





濱坂陸軍演習場

国の天然記念物「鳥取砂丘」は濱坂陸軍演習場の跡地です。
濱坂陸軍演習場 陸軍省所轄地 (2)(鳥取)
▲鳥取大乾燥地研究センター付近に移設されている「陸軍省所轄地」の境界石標

【探索日時】
平成30年12月18日





徳島海軍航空隊 送信所

徳島海軍航空基地から西に7km、鳴門市大麻町に徳島海軍航空隊 送信所がありました。
徳島海軍航空隊送信所 A 南西から (3)(徳島)
▲㈱宮崎椅子製作所に遺る徳島海軍航空隊送信所の兵舎と思しき建物

【探索日時】
平成29年1月9日





令和元年度 兵庫縣神戸護國神社 終戦記念日祭

本日は74回目の『大東亞戰爭終結ノ詔書』が渙発された日、所謂「終戦の日」を迎えました。

今年も例年通り、大叔父を始め国難に殉じた53,257柱の御英霊が祀られている、兵庫縣神戸護國神社の終戦記念日祭に参列し感謝の誠を捧げて来ました。





逓信省航空局 米子乗員養成所 官舎

陸上自衛隊・米子駐屯地は逓信省航空局 米子乗員養成所(のち米子地方航空機乗員養成所)、米子飛行場(米子陸軍飛行場)の跡地にあり、隣接して官舎がありました。
米子地方航空機乗員養成所 a 官舎 南東から(鳥取米子)
▲民家に転用されている官舎

【探索日時】
平成26年6月8日





米子飛行場 (米子陸軍飛行場) ・ 逓信省航空局 米子乗員養成所 ・ 第八十三飛行場中隊

鳥取県米子市両三柳に所在する陸上自衛隊・米子駐屯地、米子ゴルフ場は米子飛行場(米子陸軍飛行場)逓信省航空局 米子乗員養成所(のち米子地方航空機乗員養成所)の跡地にあります。

同飛行場はのちに第八練習飛行隊の一部、第八十三飛行場中隊第十四対空無線隊が配置されます。
米子飛行場 B 格納庫 北東から(鳥取米子)
▲陸上自衛隊・米子駐屯地に遺る第一格納庫

【探索日時】
平成25年12月3日





宇和島海軍航空隊

現存12天守の1ッ宇和島城が聳える愛媛県宇和島市に宇和島海軍航空隊がありました。
 宇和島海軍航空隊ア 弾火薬庫 (2)(愛媛宇和島)
▲保手公園北麓に遺る弾火薬庫

【探索日時】
平成21年1月5日





大日本國防婦人會 關西本部會館

大坂城のほど近く歩兵第八聯隊、歩兵第三十七聯隊に近接して大日本國防婦人會 關西本部會館がありました。
大日本國防婦人會館 關西本部會館 建物(改築) (2)(大阪)
▲今は無き大日本国防婦人会館 関西本部会館

【探索日時】
平成21年1月13日





丸龜聯隊區司令部

現存12天守の1つ丸亀城の御殿跡に丸龜聯隊區司令部がありました。
丸龜聯隊區司令部 エ 陸軍用地 南から(丸亀)
▲丸亀城に遺る境界石標

【探索日時】
平成24年4月22日、平成30年11月26日





陸軍船舶練習部 第十教育隊

海軍兵學校で有名な江田島、その北岸の幸(こう)ノ浦に陸軍船舶練習部 第十教育隊がありました。
陸軍船舶練習部 第十教育隊 桟橋(広島江田島)
▲幸ノ浦に遺る突堤

【探索日時】
平成19年11月24日、平成30年11月11日





陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊

香川県観音寺市豊浜町に陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊がありました。
陸軍船舶練習部 船舶幹部候補生隊 留魂像(香川)
▲船舶幹部候補生隊が訓練を行った一の宮海岸に建つ留魂像

【探索日時】
平成20年1月2日





松江陸軍墓地

島根県松江市に所在した歩兵第六十三聯隊兵営の北側、切剥山南麓に松江陸軍墓地があります。
松江陸軍墓地 陸軍墓地全景(島根松江)
▲松江陸軍墓地 全景

【参拝日】
平成25年12月2日、平成30年12月20日





松江陸軍練兵場 ・ 松江陸軍射撃場

島根県松江市に所在した歩兵第六十三聯隊兵営東側に松江陸軍練兵場、及び松江陸軍射撃場がありました。
松江陸軍練兵場地 A 瓦斯講堂 南西から (2)(島根松江)
▲練兵場跡地に遺る瓦斯講堂

【探索日時】
平成25年12月1日、平成30年12月20日





松江聯隊區司令部

JR松江駅駅前に松江聯隊區司令部がありました。

また松江城東側に松江憲兵分隊がありました。
松江聯隊區司令部 ス 陸軍7 南東から(島根松江)
▲松江聯隊區司令部跡(正面側)と境界石標

【探索日時】
平成30年12月20日





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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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