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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

軍事遺構の位置情報について

当ブログでは開設以来、同好者の探す手間を省き、現地で新たに発見した遺構を逆に御報告頂けたらとの思いから一部を除き遺構の位置情報を公開して来ました。

しかしながら昨今の社会情勢の変化、特にSNSの急速な発展、それに伴う各種情報の管理強化、個人情報の保全、加えて一部の同好者による常軌を逸した言動、情報の盗用(出典の未記載)、さらにある同好者に至っては拙ブログを元に探索しながら、所有者にわざわざ拙ブログでの紹介を伝え(その遺構は市販本でも紹介されている)批判的な言動を引き出しSNSで発信するなど個人的に看過できない事もあり今後は一般公開されている、または公道などから容易に見学できる遺構以外の位置情報は原則非公開とさせて頂きます。

・・・有り体に言えば遺構の調査には資料収集から現地探索、取材などそれなりの金も労力もかかっており、そこまで言われてクソ丁寧に位置情報を公開するのがアホらしくなったので、文句あるなら勝手に自分で探せばエエんちゃう?という事です。

当ブログを元に探索なさっていた同好者の方々には御不便をおかけいたしますが、何卒御理解頂けたらと思います。

盡忠報國





二葉山高射砲陣地

二葉山平和塔のある一帯に二葉山高射砲陣地がありました。
C 銃座 北西から 二葉山高射砲陣地(広島)
▲二葉山に遺る高射機関砲の掩体

【探索日時】
平成27(2015)年2月22日





比治山陸軍墓地

桜の名所としても知られる比治山に比治山陸軍墓地がありました。
忠魂墓碑 (2) 比治山陸軍墓地(広島)
▲比治山陸軍墓地の正式な後継施設「忠魂墓碑」

【参拝日】
平成27(2015)年2月22日 、令和3(2021)年7月24日





船舶司令部・陸軍運輸部

宇品中央公園に宇品凱旋館があり船舶司令部として供用、隣接して陸軍運輸部がありました。
宇品凱旋館建設記念碑 宇品(広島)
▲宇品凱旋館建設記念碑

【探索日時】
平成28(2016)年3月15日





宇品軍用鉄道

広島駅から宇品海岸に軍用鉄道(宇品線)が敷かれていました。
軍用側線 一部(移設) (2) 宇品軍用線(広島)
▲移設されている線路

【探索日時】
平成28(2016)年3月15日





宇品港 軍用桟橋

広島港宇品地区に軍用桟橋(通称、「陸軍桟橋」)がありました。
我が国の安全保障を護るべくこの桟橋から多数の将兵が征途に就き、そして凱旋した将兵、国難に殉じた英霊を迎えました。
宇品港 軍用桟橋 (広島)
▲護岸として遺されている軍用桟橋の側面

【探索日時】
平成28(2016)年3月15日





宇品陸軍糧秣支廠 海岸倉庫

広島合同港湾庁舎一帯に宇品陸軍糧秣支廠 海岸倉庫がありました。
ウ 広島陸軍糧秣支廠海岸倉庫 壁 (2) 宇品陸軍糧秣支廠(広島)
▲移築保存されている倉庫の壁

【探索日時】
平成28(2016)年3月15日





宇品陸軍糧秣支廠

広島市郷土資料館一帯に宇品陸軍糧秣支廠がありました。
缶詰製造工場 南東から (3) 宇品陸軍糧秣支廠(広島)
▲郷土資料館に改修された罐詰工場全景

【探索日時】
平成27(2015)年2月22日





廣島陸軍兵器補給廠

広島大学病院一帯に廣島陸軍兵器補給廠がありました。
ハ 土塁 北西から 廣島陸軍兵器補給廠(広島)
▲唯一遺る土塁

このページでは近隣にあった廣島湾要塞司令部(呉要塞司令部)、廣島湾要塞砲兵聯隊(呉要塞砲兵聯隊、重砲兵第四聯隊、野戰重砲兵第四聯隊)、電信第二聯隊船舶固定通信聯隊大本營陸軍第二通信隊の遷移も併せて略記します。

【探索日時】
平成27(2015)年2月22日 、令和3(2021)年7月24日





廣島陸軍被服支廠

出汐町に広島市最大の建物遺構が遺る廣島陸軍被服支廠がありました。
比治山からの全景 広島陸軍被服支廠(広島)
▲比治山から見た全景





江波陸軍射撃場

太田川の河口右岸に江波陸軍射撃場がありました。
ノ 陸軍省所轄地 表面 (2) 江波陸軍射撃場(広島)
▲民家の塀際に遺る境界石標

【探索日時】
令和3(2021)年7月24日





令和四年度 終戦記念日祭

本日は『大東亞戰爭終結ノ詔書』が煥発され77年になります。

例年、「終戦記念日祭」が斎行されていたのですが、ここ数年、コロナの影響で無参列での斎行が続いていました。
昨日、電話確認したところ今年は斎行予定とのことで参列、大叔父を始め国難に殉じた53,257柱の御英霊に感謝の誠を捧げて来ました。
令和四年度 終戦記念日祭 (1)





騎兵第五聯隊(捜索第五聯隊)・第二總軍司令部

広島駅の北側、開発が著しい二葉の里に騎兵第五聯隊がありました。
聯隊はのちに捜索第五聯隊に改編、また兵営では捜索第三十九聯隊が編成され、第二總軍總司令部が置かれます。
忠節 陣歿軍人軍馬追悼之碑 騎兵第五聯隊跡 愛馬よ眠れ(左から) 騎兵捜索第五聯隊(広島)
▲唯一の遺構である石碑類

【探索日時】
平成27(2015)年2月22日





テーマ : 広島
ジャンル : 地域情報

工兵第五聯隊

廣島城の北側に工兵第五聯隊がありました。

兵営では後に獨立工兵第六聯隊、獨立工兵第十四聯隊、工兵第三十九聯隊、獨立工兵第十八聯隊、獨立工兵第七十八大隊(第二百五師團 工兵隊)、第二百二十四師團 工兵隊、第二百三十一師團 工兵隊、同衛生隊、獨立工兵第七十二大隊、獨立工兵第百十六大隊、獨立工兵第百十七大隊、獨立工兵第百十八大隊が編成されます。
ス 工兵橋(戦後) 南から 工兵第五聯隊(広島)
▲工兵第五聯隊と牛田村工兵作業場の間に架かる工兵橋

【探索日時】
平成27(2015)年2月22日





広島護國神社

名城・廣島城の本丸に広島護國神社が鎮座しています。
拝殿 (2) 広島護国神社(広島)

【参拝日時】
平成17(2005)年10月25日、平成27(2015)年2月22日
平成28(2016)年6月7日、令和3(2021)年7月25日





廣島陸軍幼年學校

名城・広島城の北之丸に廣島陸軍幼年學校がありました。
ケ 校門 南西から (2) 広島陸軍幼年学校(広島)
▲公園に遺る校門門柱

【探索日時】
平成27(2015)年2月22日





廣島第二陸軍病院(旧廣島陸軍病院)

名城・広島城の西之丸に廣島陸軍病院がありました。
同院はのちに廣島第二陸軍病院に転用されます。
ケ 門柱 南西から 広島陸軍病院(広島)
▲移設されている裏門門柱

【探索日時】
平成27(2015)年2月22日





輜重兵第五聯隊

名城・広島城の西之丸に輜重兵第五聯隊がありました。

兵営では後に輜重兵第三十九聯隊、第百四十五師團 輜重隊、第二百五師團 輜重隊、第二百二十四師團 輜重隊、第二百三十一師團 輜重隊が編成されます。
水飲場 輜重兵第五聯隊(広島)
▲発掘調査により出土した基礎(馬の水飲場)

【探索日時】
平成27(2015)年2月22日、令和3(2021)年7月24日





野砲兵第五聯隊

名城・広島城の内大手曲輪に野砲兵第五聯隊がありました。

兵営では後に野砲兵第三十九聯隊、第百四十五師團 噴進砲隊、同兵器勤務隊、第百五十四師團 砲兵隊、同兵器勤務隊、獨立野砲兵第五聯隊(野砲兵第二百五聯隊)、第二百五師團 機関砲隊、同病馬廠、第二百二十四師團 兵器勤務隊、第二百三十一師團 兵器勤務隊、獨立混成第百二十四旅團 砲兵隊が編成されます。
カ 野砲兵第五聯隊跡 裏の門札 野砲兵第五聯隊(広島)
▲野砲兵第五聯隊の営門門札

【探索日時】
平成27(2015)年2月22日





歩兵第十一聯隊

名城・広島城の内大手曲輪に歩兵第十一聯隊がありました。

兵営では後に歩兵第二百三十一聯隊、歩兵第四百二十聯隊、歩兵第三百四十聯隊、歩兵第三百四十六聯隊が編成されます。
エ 営門 表側 歩兵第十一聯隊(広島)
▲兵営跡に移設されている営門(とされる)門柱と跡碑

【探索日時】
平成27(2015)年2月22日





第五師團司令部(第五十九軍司令部・中國軍管區司令部)

名城・広島城に「極東の憲兵」と称された第五師團司令部がありました。

同地では後に第三十九師團、第百四十五師團、第百五十四師團、第二百五師團、第二百二十四師團、第二百三十一師團各司令部が編成されます。
ア 情報室 パノラマ写真 第五師団・第五十九軍・中国軍管区司令部 (広島)
▲師團司令部跡の廣島城本丸下段に遺る防空庁舎

【探索日時】
平成17(2005)年10月25日、平成27(2015)年2月22日
令和3(2021)年7月25日





大本營(旧第五師團司令部)

名城・広島城の本丸に第五師團司令部がありました。
司令部は明治二十七八年戰役(日清戦役)時に大本營に転用されます。
ア 大本營基礎 南から 第五師団・大本営 (広島)
▲天皇御座所兼御寝所(旧第五師團司令部庁舎) 基礎 全景

【探索日時】
平成17(2005)年10月25日、平成27(2015)年2月22日、
令和3(2021)年7月25日





大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅

大阪府枚方市に所在した大阪陸軍造兵廠 枚方製造所の周辺に工員住宅がありました。
6 大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 中宮工員住宅(大阪)
▲ほぼ原型のまま遺る工員住宅

【探索日時】
令和4(2022)年6月13日





大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 水源地

枚方(ひらかた)市に所在した大阪陸軍造兵廠 枚方製造所は作業用、防火用水を淀川を水源地として取水していました。
F 磯島ポンプ場 北から 大阪陸軍造兵廠枚方製造所給水ポンプ場 (大阪)
▲枚方市磯島取水場に遺る給水ポンプ場

【探索日時】
令和4(2022)年2月21日





大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 理化学試験場 【追加】

大阪府枚方(ひらかた)市に大阪陸軍造兵廠 枚方製造所がありました。

当地は過去に数度探索しましたが、昨年末に地図を見ていて新たな遺構の存在に気付き探索して来ました。
E 理化学試験場 北東から 大阪陸軍造兵廠枚方製造所 (大阪)
▲大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 理化学試験場の全景

【探索日時】
令和4(2022)年2月21日





串本海軍水上機基地 【追加】

串本町の最も有名な軍事施設と言えば串本海軍水上機基地です。

当地は過去に探索しましたが、昨年末に再探索したところ新たに境界石標数本を発見しました。
カ 境界石標 三五?(移設?) 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)

【探索日時】
令和3(2021)年12月25日





串本海軍水上機基地 機銃第一群

串本町に所在した串本海軍水上機基地の北側海岸付近に機銃第一群が設営されていました。
二十五粍聯装機銃銃座(掃除後) (2) 串本海軍水上機基地(和歌山串本潮岬)
▲住宅地に遺る25㎜連装機銃の銃座

【探索日時】
令和3(2021)年12月25日





大久保駐屯地創立65周年・第4施設団創隊61周年記念行事

本日は京都府宇治市に所在する「大久保駐屯地創立56周年・第4施設団創隊52周年記念行事」に行って来ました。
観閲行進 (14) 大久保駐屯地創立65周年・第4施設団創隊61周年記念行事(大久保駐屯地)
▲観閲行進(第307ダンプ車両中隊)

【第4施設団 公式サイト】





鈴鹿海軍工廠 【追加】

サーキット場で有名な鈴鹿市に鈴鹿海軍工廠がありました。

当地は過去に探索しましたが、他にも建物が遺っているとの情報を得て再訪して来ました。
F 火管圧填場 南西から 鈴鹿海軍工廠(三重鈴鹿)
▲造園会社に転用されている火管圧填場

【探索日時】
令和3(2021)年12月27日





海軍潜水學校 平生分校 営外宿舎

平生町に所在した海軍潜水學校 平生分校(のち柳井分校)の北側に教官以外の各部・各科、定員分隊の下士官用の営外宿舎がありました。
エ 北から 海軍潜水學校平生分校営外宿舎(山口平生)
▲完存している営外宿舎の1棟

【探索日時】
令和4(2022)年4月1日





第3師団創立61周年及び千僧駐屯地創設71周年記念行事

本日は我ら関西防衛の要、第3師団の司令部が所在する千僧駐屯地で3年ぶりに挙行された「第3師団創立61周年及び千僧駐屯地創設71周年記念行事」に行って来ました。
突撃 (1)第3師団創立61周年(千僧駐屯地)
▲訓練展示の一幕





海軍潜水學校 平生分校 浄水場

平生町に所在した海軍潜水學校 平生分校(のち柳井分校)の北側に浄水場がありました。
配水池 南から 海軍潜水學校平生分校浄水場(山口平生)
▲浄水場全景

【探索日時】
平成19(2007)年11月27日、平成27(2015)年2月27日、令和4(2022)年4月1日





平生突撃隊

平生町に所在した海軍潜水學校 平生分校(のち柳井分校)に隣接して回天搭乗員の錬成を担当した平生突撃隊がありました。
回天(模型)(阿多田交流館) 平生突撃隊(山口平生)
▲海軍潜水學校 平生分校跡地に建つ阿多田交流館に展示されている回天の模型

【探索日時】
平成19(2007)年11月27日、平成27(2015)年2月27日





海軍潜水學校 平生分校

美しい景観で知られる平生町に海軍潜水學校 平生分校が所在しました。

同分校は後に柳井分校に改称、回天の錬成にあたる平生突撃隊が併設されます。
F 北東から 海軍潜水學校平生分校(山口平生)
▲山中に遺る耐弾施設

【探索日時】
平成19(2007)年11月27日、平成27(2015)年2月27日、令和4(2022)年4月1日





福知山陸軍病院 【追加】

福知山城三之丸(伯耆丸)に福知山陸軍病院が、その北側には福知山聯隊區司令部福知山憲兵分隊がありました。

当地は過去に探索しましたが昨年、他にも境界石標が遺っているとの情報を得て再訪して来ました。
b陸境二九ノ二一 福知山陸軍病院(京都福知山)
▲内記稲荷神社周辺に遺る境界石標





千葉縣護國神社

千葉市内に所在する千葉陸軍墓地に隣接して千葉縣護國神社が鎮座していました。
本年2月25日、若葉区桜木の新社殿に遷座されました。
二の鳥居 千葉縣護國神社
▲二の鳥居と拝殿

【参拝日時】
令和2(2020)年9月19日





横須賀鎭守府 中川特攻基地(仮称)

いすみ市に特別攻撃機「櫻花」四三乙型(陸上発射台射出型)配備を予定した中川特攻基地(仮称)の設営が進められていました。
なお、以前紹介した瀧田特攻基地(仮称)同様、こちらの基地も未成のため正式名は無かった様なので「仮称」とし、便宜上当時の村名から呼称させて頂きました。
A 壕口・B 旋回盤 西から 中川特攻基地(千葉いすみ)
▲櫻花の格納壕と旋回盤の基礎

【探索日時】
平成27(2015)年3月30日





舘山海軍砲術學校 射的場

館山市に所在した舘山海軍砲術學校から東砲台を挟んだ南側に射的場がありました。
犬石海軍射場 監的壕 南から 館山海軍砲術学校 射的場(千葉館山)
▲私有地に遺る監的壕

【探索日時】
平成27(2015)年4月1日





舘山海軍砲術學校 東砲台・配水池

館山市に所在した舘山海軍砲術學校に隣接して東砲台、配水池がありました。
A 砲座 内部 パノラマ写真 館山海軍砲術学校 東砲台(千葉館山)
▲山頂に遺る東砲台の三番高角砲砲座

【探索日時】
平成27(2015)年4月1日





舘山海軍砲術學校 平砂浦演習場

館山市に所在した舘山海軍砲術學校の西側に平砂浦へいさうら演習場がありました。
J 化戦訓練設備壕 南東から 館山海軍砲術学校 平砂浦演習場(千葉館山)
▲農地に遺る耐弾施設

【探索日時】
平成27(2015)年4月1日





舘山海軍砲術學校 地下施設

館山市に所在した舘山海軍砲術學校の周辺には多分に漏れず地下施設が設営されていました。
ア 発電所 (2) 館山海軍砲術学校(千葉館山)
▲学校内に遺る自力発電所壕

【探索日時】
平成27(2015)年4月1日





舘山海軍砲術學校

館山市佐野に「鬼の舘砲」と称される厳しい訓練で知られた舘山海軍砲術學校がありました。
F 烹炊所罐場 北から 館山海軍砲術学校(千葉館山)
▲跡地に遺る烹炊所罐場

【探索日時】
平成27(2015)年4月1日





香取海軍航空基地 西砲台

旭市、匝瑳(そうさ)市にまたがり所在した香取海軍航空基地の外周に防空本部、高角砲台4、機銃群4、照空灯2が設営されていました。
防空砲台群の西端に西砲台がありました。
H 弾薬庫 西から 香取海軍航空基地(千葉旭・匝瑳)
▲空地に遺る高角砲の弾庫

【探索日時】
平成27(2015)年3月29日





令和4年 兵庫縣神戸護國神社 弥生頌徳祭・永代祭

本日は兵庫縣神戸護國神社で斎行される弥生頌徳祭・永代祭に参列して来ました。





香取海軍航空基地 北掩体地区・南掩体地区

旭市、匝瑳(そうさ)市にまたがり所在した香取海軍航空基地の南北に北掩体地区・南掩体地区があり航空機用掩体(所謂、掩体壕)、爆弾庫が設営されてました。
C 掩体壕 西から 香取海軍航空基地(千葉旭・匝瑳)
▲北掩体地区に遺る航空機用の小型掩体

【探索日時】
平成27(2015)年3月29日





香取海軍航空基地

旭市、匝瑳(そうさ)市にまたがり国譲り神話に登場する経津主大神(ふつぬしのおおかみ)を御祭神とする香取神宮にあやかった事で知られる香取海軍航空基地がありました。
D 滑走路 北西から (2) 香取海軍航空基地(千葉旭・匝瑳)
▲自動車用ブレーキ試験場に転用されている滑走路

【探索日時】
平成27(2015)年3月29日





東金陸軍飛行場

天下人・徳川家康公が鷹狩をした地として知られる東金市に東金陸軍飛行場がありました。
A 格納庫基礎 北東から (3) 東金陸軍飛行場(千葉東金)
▲畑に遺る格納庫基礎

【探索日時】
平成24(2012)年3月29日





横須賀鎭守府 瀧田特攻基地(仮称)

南房総市に特別攻撃機「櫻花」四三乙型(陸上発射台射出型)配備を予定した瀧田特攻基地(仮称)の設営が進められていました。
なお、基地は未成のため正式名は無かった様なので「仮称」とし、便宜上当時の村名から呼称させて頂きました。
A 滑走台 北から 瀧田特攻基地(千葉下滝田)
▲畑地に遺る櫻花の射出機基礎

【探索日時】
平成27(2015)年4月1日





川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場・工員住宅

近年遺構の一部が整備され、紫電改の実物大模型で知られる姫路海軍航空基地に隣接し川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場が、同工場の北西に工員住宅がありました。
2-4 全景 川西航空機㈱姫路製作所 鶉野工場 工員住宅(加西鶉野)
▲現在の工員住宅街

【探索日時】
令和元(2019)年12月28日





茨城縣護國神社

日本三名園の一つ、偕楽園の桜山に茨城縣護國神社が鎮座しています。
一の鳥居と社号標 茨城縣護國神社(茨城水戸)
▲一の鳥居と社号標

【参拝日】
平成27(2015)年10月12日





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Author:盡忠報國
明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった精強帝國陸海軍、命をかけて国や家族を護ろうとした先人達に思いを馳せるとともに、祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の遺徳に触れ感謝すべく探索・訪問した軍事遺構、護國神社、資料館を紹介、併せて遺構の歴史、地域との関わり、関連部隊などの調査、研究成果を発表しています。

遺構は飽くまで「物」であり、そこに関わった「人」の存在、歴史を理解してこそ遺構の調査、研究は成立すると考えます。
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