当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

「歩兵第三十六聯隊」の記事を改訂しました

平成22(2010)年12月7日に記述した歩兵第三十六聯隊(福井県鯖江市)の記事に遺構を追加し大幅に改訂しました。

歩兵第三十六聯隊

歩兵第三十六聯隊 b 脂油庫 南東から (3)(鯖江)
▲民家に転用された油脂庫

歩兵第三十六聯隊 a 製蹄場 南西から (2)(鯖江)
▲民有地に遺る製蹄場





第一飛行集團長、同副官官舎

岐阜市に加納城跡に設置された第一飛行集團司令部 (のち第五十一教育飛行師團司令部第五十一航空師團司令部)の集團長(師團長)、同副官官舎がありました。
第一飛行集團司令部 (のち第五十一教育飛行師團司令部、第五十一航空師團司令部)の集團長(師團長)、同副官官舎 ア 「陸」 (3)(岐阜)
▲跡地に遺る境界石標

【探索日時】
平成28年12月4日





第四師團司令部 近況

昨年末、飲食店・物販店が入る商業施設に改装が決定、今年初旬に改装が開始された第四師團司令部庁舎ですが、近くまで行く用事があったので偵察して来ました。
第四師團司令部(改修中)(大阪)
▲現在改修中の第四師團司令部庁舎





今期の戦果

日々気温が上昇し新緑が眩しくなってきましたが、植物の繁茂に伴い僕の最も苦手とするケムシ類が発生するため、今期の探索は一応停戦となります。
ここで今期(28年5月~29年4月)の戦果(施設名、主な遺構)を簡単に紹介します。
順番は探索順です。





第3師団創立56周年及び千僧駐屯地創設66周年記念行事

本日は我ら関西防衛の要、第3師団の司令部が所在する伊丹市の千僧駐屯地創設64周年記念行事に行って来ました。
昨年は熊本地震の影響で中止となったため、2年ぶりの開催となりました。
千僧駐屯地 観閲行進 (12)
▲観閲行進(第7普通科連隊本部)





関西では桜も散り、新緑がまぶしい季節になってきました。
気温の上昇とともに僕の最も嫌いなケムシ類が発生するため、今期の探索も一応停戦を迎えました。
今年も各地の軍跡を踏査中に桜の開花を迎えたので、簡単にご紹介いたします。
兵校 同期の桜
▲海軍兵學校「同期の桜」





平成29年 兵庫縣神戸護國神社 春季慰霊大祭

本日は兵庫縣神戸護國神社で斎行された「春季慰霊大祭」に参列してきました。
神戸護國神社 27年 春季慰霊大祭 神饌





岡山縣護國神社

岡山県岡山市には岡山縣護國神社が鎮座されています。
岡山縣護國神社 境内(岡山)
▲岡山縣護國神社 境内

【参拝日】
平成20年7月26日、平成24年3月22日





第二大村海軍航空基地(竹松牧場) 隧道式爆彈庫・同燃料庫

長崎県大村市に所在した大村海軍航空基地の東側、今富町一帯に第二大村海軍航空基地、及び隧道式燃料庫・同爆彈庫がありました。
第二大村海軍航空基地・航空隊 扉Hoからケ・コ方向(長崎)
▲今富町に遺る隧道式爆弾庫

【探索日時】
平成24年11月27日・平成26年1月29日





大村海軍航空基地 (大村海軍航空隊・第三五二海軍航空隊)

長崎県大村市に霞ヶ浦とともに多くの荒鷲を育てた大村海軍航空基地がありました。
大村海軍航空基地・航空隊  E 廃潤滑油再生米置場 ・D 潤滑油庫 南東から(長崎)
▲陸上自衛隊・竹松駐屯地に遺る廃潤滑油再生米置場(左)・潤滑油庫(右)

【探索日時】
平成24年11月27日・平成27年9月26日





第二十一海軍航空廠 鈴田呂號隧道(空廠本部・會計部・補給部 地下壕)

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南西の山中に鈴田呂號隧道がありました。
第二十一海軍航空廠の遺構紹介もいよいよ最後です。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 扉⑥ト(右)(長崎)
▲隧道内部

【探索日時】
平成24年11月28日





信太山駐屯地創立60周年記念行事

今年も関西最初の駐屯地創立記念行事、我が郷土大阪の誇り第37普通科連隊の駐屯する信太山駐屯地の創立60周年記念行事に行って来ました。
第3中隊の小銃小隊が進入 (2)(信太山駐屯地)
▲模擬戦闘訓練展示の様子





大村護國神社

長崎県大村市玖島の旧跡、円融寺跡に大村護國神社が鎮座されています。
大村護國神社 入口(長崎)
▲大村護國神社

【参拝日】
平成27年9月26日





大村海軍病院

わが国初の切支丹大名として知られる大村純忠が治めた長崎県大村市に、大村海軍病院がありました。
ア 大村海軍病院門柱(移設)・顕彰碑(長崎)
▲長崎医療センター構内に移設された大村海軍病院の正門門柱と顕彰碑

【探索日時】
平成27年9月25日





第二十一海軍航空廠 杭出津工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南東側に廠員(工員)の三・四區 杭出津工員住宅がありました。
二十一空廠 杭出津工員住宅 30(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅(30 位置は下掲地図参照)

一ヶ月半に渡り長々と続けてきた第二十一海軍航空廠の工員住宅シリーズでしたが、いよいよ最後です。

【探索日時】
平成27年9月28日





第二十一海軍航空廠 水田工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南東側に廠員(工員)の二區 水田工員住宅がありました。
二十一空廠 水田工員住宅 7(手前)・17(奥)(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅 (7・17 位置は下掲地図参照)

【探索日時】
平成27年9月28日





第二十一海軍航空廠 大佐古工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南東側に廠員(工員)の一區 大佐古工員住宅がありました。
二十一空廠 大佐古工員住宅 3(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 古町工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に廠員(工員)用の五・六區 古町工員住宅、隣接して女子寄宿舎杭出津工員寄宿舎がありました。
二十一空廠 古町工員住宅 58(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅 (58 位置は下掲地図参照)

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 住宅營團諏訪工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に住宅営団の建設した廠員(工員)用の諏訪工員住宅がありました。
二十一空廠 営団諏訪工員住宅 5(長崎)
▲一般住宅に転用された営団工員住宅

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 諏訪工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に廠員(工員)の七・八區 諏訪工員住宅がありました。
二十一空廠 諏訪工員住宅 5(手前)・4(奥)(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅 (5・4 位置は下掲地図参照)

【探索日時】
平成27年9月27日





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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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