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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

大阪海軍病院

兵庫県西宮市に所在する武庫川女子大学の甲子園会館は、東の帝國ホテルと並び称された甲子園ホテルでした。
同ホテルは戦時中、大阪海軍病院として転用されました。
大阪海軍病院 北から (3)(大阪)
▲武庫川女子大学 甲子園会館となった大阪海軍病院(旧甲子園ホテル)

【探索日時】
平成27年2月16日





大阪陸軍航空廠 玉手山洞窟

大阪府柏原市には八尾市に所在した大阪陸軍航空廠の疎開倉庫である玉手山洞窟がありました。
大阪陸軍航空廠 玉手山洞窟 ⑤ア 壕口(大阪)
▲玉手山公園に遺る地下壕

【探索日時】
平成27年1月2日、平成29年3月7日





株式會社 藤永田造船所

大阪府住之江区に大阪市内で唯一、駆逐艦を建造し「駆逐艦の藤永田」と称された株式會社 藤永田造船所がありました。
藤永田造船所 ア 第二製缶工場 北から(大阪)
▲三井造船マシナリー・サービス㈱に遺る製缶工場

【探索日時】
平成29年8月15日





海軍艦政本部 大阪倉庫

大正区南恩賀島(おかじま)に海軍省外局で造艦に関する事務を管掌した海軍艦政本部大阪倉庫がありました。
海軍艦政本部 大阪倉庫 ア(左)・イ(右) 西から(大阪)
▲倉庫会社に遺る倉庫

【探索日時】
平成29年6月4日





和泉憲兵分遣隊・同分遣隊長官舎

平安期に活躍した陰陽師・安倍晴明の母親・葛の葉(キツネ)の出身地で知られる信太山に和泉憲兵分遣隊、隣接して分遣隊長官舎がありました。
和泉憲兵分隊長官舎 東から(信太山)
▲大阪府和泉市伯太(はかた)町に遺る和泉憲兵分遣隊長官舎

【探索日時】
平成24年4月29日、平成27年12月18日





大阪陸軍練兵場

大阪府東大阪市に大阪陸軍練兵場がありました。
大阪陸軍練兵場 陸軍石標 西側(大阪)
▲民家の車除けに転用された境界石標

【探索日時】
平成22年12月18日、平成25年2月22日





高射第三師團 國次高射砲陣地

大阪市東淀川区西淡路には國次高射砲陣地がありました。
国続高射砲陣地 D三番砲座(左)・E四番砲座(右) 北から(大阪)
▲住宅に転用された高架式高射砲砲座(左:三番、右:四番砲砲座)

【探索日時】
平成20年6月15日、平成24年12月30日





大阪陸軍兵器補給廠枚方分廠 現地説明会

本日は枚方市に所在した大阪陸軍兵器補給廠枚方分廠の現地説明会に行って来ました。
大阪陸軍兵器補給廠枚方分廠 現地説明会 f ヰ號火薬庫・五號乾燥火薬庫 南東から(大阪)
▲出土した火薬庫基礎と現存の土塁の一部(左)





大阪陸軍航空廠 駒ヶ谷洞窟

大阪府羽曳野市に八尾市に所在した大阪陸軍航空廠の疎開工場兼倉庫の駒ヶ谷洞窟がありました。
大阪陸軍航空廠 駒ヶ谷② 切羽(大阪)
▲駒ヶ谷洞窟に遺る崩落した地下壕跡

【探索日時】
平成27年1月2日、平成29年3月7日

【更新情報】
平成29年9月13日、⑥追加





東京第二陸軍造兵廠 香里製造所 官舎/桑ヶ谷寮/高田寮

大阪府枚方市に所在した東京第二陸軍造兵廠 香里製造所の周辺には所員・工員の陸軍官舎・工員寮がありました。
東京第二陸軍造兵廠 香里製造所 高田寮 A 南西から (2)(大阪)
▲高田寮跡に遺る工員寮

【探索日時】
平成21年12月27日、平成27年1月16日・20日





大阪陸軍造兵廠枚方製造所 枚方陸軍官舎/霧島寮

大阪府枚方市に所在した大阪陸軍造兵廠枚方製造所の周辺には所員・工員の陸軍官舎工員寮がありました。
④枚方官舎 I 南東から(大阪)
▲枚方製造所北側に遺る枚方陸軍官舎

【探索日時】平成27(2015)年1月20日





大阪陸軍造兵廠 枚方製造所

大阪府枚方(ひらかた)市に大阪陸軍造兵廠 枚方製造所がありました。
大造枚方製造所 C 鍛造・鋳物工場 南西から(大阪)
▲コマツ大阪工場内に遺る鍛造・鋳物工場

【探索日時】
平成22年1月2日、10日、平成26年11月9日、平成27年1月20日

【更新情報】
平成22年11月16日・・・地図追加
平成27年5月27日・・・大幅改訂





大正陸軍飛行場 柏原陸軍官舎/藤井寺陸軍官舎/藤井寺陸軍合宿舎

大阪府柏原市、及び藤井寺市に大正陸軍飛行場に所在した部隊の官舎合宿舎がありました。
大正 ⑩柏原陸軍官舎 F 南東から(八尾)
▲柏原陸軍官舎 将校用官舎

【探索日時】
平成24年10月6日





大正陸軍飛行場 予備滑走路・掩体壕

大阪府八尾市に所在した大正陸軍飛行場(現、八尾空港)は飛行場の2本に加え、近隣に3本の予備滑走路を備えていました。
大正予備滑走路 L 掩体壕 西から(八尾)
▲古墳に築造された無蓋掩体壕

【探索日時】
平成21年3月17日、平成25年2月22日





大阪陸軍航空廠 ・ 大阪陸軍航空補給廠

大阪府八尾市に所在する八尾空港に隣接して大阪陸軍航空廠(後に大阪陸軍航空補給廠が併設)がありました。
大阪陸軍航空廠 F 格納庫控壁 南東から(八尾)
▲国有地内に遺る格納庫控壁

【探索日時】
平成20年10月11日、平成22年3月17日、平成25年2月22日





第十一飛行師團司令部

大阪府八尾市に所在する八尾空港の北東側に第十一飛行師團司令部がありました。
第十一飛行師團 ア 「陸軍」石標(八尾)
▲公園に移設された「陸軍」の境界石標

【探索日時】
平成21年3月17日





大正陸軍飛行場

大阪府八尾市に所在する八尾空港は大正陸軍飛行場の跡地にあります。
A 戦闘指揮所  北東から(八尾)
▲陸上自衛隊八尾駐屯地内に遺る飛行第二百四十六戰隊 戦闘指揮所

【探索日時】
平成20年10月11日、平成21年3月17日、10月10日他





高槻倉庫/川崎航空機工業株式會社 高槻地下工場

大阪府高槻市成合にはタチソの名称で知られる地下壕群、高槻倉庫のち川崎航空機工業株式會社 高槻地下工場がありました。
川崎地下工場/高槻倉庫 B⑥ウからのエ・南壕口 北から(高槻 タチソ)
▲第二工場地区の地下壕

【探索日時】
平成24年2月17日、2月24日、3月3日、3月11日





川崎重工業株式會社 泉州工場

大阪府岬町には川崎重工業株式會社 泉州工場がありました。
川重泉州工場  入口から奥(多奈川 岬町)
▲工場裏山に遺る地下壕

【探索日時】
平成24年1月31日





大阪海軍軍需部 安威倉庫

我が母校の北数km、茨木市安威に大阪海軍軍需部 安威倉庫がありました。
①壕内(大阪海軍軍需部安威倉庫)
▲現存地下壕の内部

【探索日時】
平成24年1月6日





黄金塚古墳 演習陣地

大阪府和泉市上代町(うえだいちょう)に所在する黄金塚古墳(和泉黄金塚古墳)に大東亜戦争末期に陣地が築城されました。
黄金塚陣地#12881;
▲黄金塚古墳南東側の塹壕

【探索日時】
平成23年12月27日





大阪警備府 司令長官官舎

南北朝期、南朝の忠臣・北畠顕家卿が討死した場所として知られる大阪府阿倍野区北畠に大阪警備府司令長官官舎がありました。
因みに拙ブログ名は顕家卿の父・親房卿が著した『神皇正統記』が由来です。
ア 塀 北西から(大阪警備府司令長官舎)
▲大阪税関北畠宿舎に遺る境界塀

【探索日時】

平成23年12月14日





大阪陸軍糧秣支廠

大阪市港区の天保山に大阪陸軍糧秣支廠がありました。
獣魂碑(大阪陸軍糧秣支廠遺構)
▲天保山公園に遺る獣魂碑

【探索日時】
平成22年7月16日





旧騎兵第四聯隊

戦国期最後の合戦である大坂の陣において真田信繁が真田丸を築いた眞田山に面して騎兵第四聯隊がありました。

聯隊は後に堺市に転営、跡地は大阪市に移管されます。
騎兵第四聯隊 ミ 忠魂碑脇の「陸軍省所轄地標柱(大阪陸軍遺構)
▲外周に遺る境界石標とコンクリート塀

【探索日時】
平成22年12月18日





眞田山陸軍墓地

戦国時代最後の大戦、大坂の陣に際し大坂方の名将・真田信繁が籠もった出城・真田丸があったとされる眞田山に眞田山陸軍墓地があります。
西南の役(眞田山陸軍墓地)
▲眞田山陸軍墓地 兵卒墓所

【探索日時】
平成22年12月18日





大阪陸軍造兵廠

我が大阪の象徴とも言える大坂城に東洋一の兵器工場と謳われた大阪陸軍造兵廠がありました。
化学分析所(大阪陸軍遺構)
▲長年放置されている大阪陸軍造兵廠 化学試験場

【探索日時】
地元のため随時





大阪偕行社

大坂城北東に大阪偕行社がありました。

大阪偕行社に隣接して附属小學校大阪軍人會館がありました。
大阪偕行社 門柱(大阪陸軍遺構)
▲追手門学院大手前中学校の校門に転用された大阪偕行社正門門柱

【探索日時】
平成21(2009)年1月13日、平成23年(2011)年4月12日





大阪陸軍病院 (大阪陸軍病院 大手前分院)

大坂城北西に大阪陸軍病院がありました。

同病院は後に大阪陸軍病院 大手前分院に改編されます。
大阪第一陸軍病院 東側の石組(大阪陸軍遺構)
▲大阪合同庁舎外周に遺る大阪陸軍病院の外周石組

【探索日時】
平成23年(2011)年7月5日

【改訂情報】
平成29年5月31日・・・大阪陸軍病院の略史訂正





大阪聯隊區司令部 (旧 堺聯隊區司令部)

大坂城西側に大阪聯隊區司令部がありました。

同地には先に堺聯隊區司令部が所在、また隣接して大阪憲兵隊司令部第四師團経理部・同兵器部倉庫第四師團長官舎が立ち並んでいました。
大阪聯隊區司令部跡 正面入り口付近 北から(大阪陸軍遺構)
▲市営駐車場に遺る大阪聯隊區司令部のコンクリート柵

【探索日時】
平成21(2009)年1月13日、平成23年(2011)年7月5日






歩兵第三十七聯隊

大坂城南に所在する大阪医療センターは歩兵第三十七聯隊の跡地にあります。

兵営では後に歩兵第百三十七聯隊歩兵第二百十七聯隊歩兵第九十三聯隊歩兵四百十四聯隊歩兵三百四十四聯隊が編成されます。
歩兵第三十七聯隊跡碑 全景(大阪陸軍遺構)
▲克忠、歩兵第三十七聯隊跡、歩兵第三十七聯隊創立一〇〇周年記念碑(左から)

【探索日時】
平成21(2009)年1月13日





大阪陸軍被服支廠

難波宮跡公園の東側、法円坂住宅一帯に大阪陸軍被服支廠がありました。

被服支廠南側の石垣と壁(大阪陸軍遺構)
▲法円坂住宅に遺るコンクリート塀

【探索日時】
平成23年4月25日





歩兵第八聯隊

大坂城外南側に我が陸軍の中で最も歴史の古い歩兵第八聯隊がありました。

兵営では後に歩兵第百八聯隊歩兵第九十二聯隊歩兵第四百十三聯隊歩兵第三百四十三聯隊が編成されます。

また、兵営北側に大阪城南陸軍射撃場がありました。
歩八 南門 (2)(大阪陸軍遺構)
▲難波宮跡に遺る歩兵第八聯隊兵営の南門

【探索日時】
平成21(2009)年1月13日、平成23年(2011)年4月12日





大阪陸軍兵器補給廠

大坂城二之丸に大阪陸軍兵器補給廠、及び倉庫大阪陸軍刑務所がありました。

大阪陸軍刑務所は後に城外に移転し、跡地に第四師團司令部が移転してきます。
大阪陸軍兵器補給廠 門と塀(大阪陸軍遺構)
▲大阪陸軍兵器補給廠の正門

【探索日時】
地元のため随時





第四師團司令部(中部軍、第十五方面軍・中部軍管區司令部)

我が大阪の象徴である大坂城本丸に『鉄道唱歌』において「三府の一に位(くらい)して 商業繁華の大阪市 豐(ほう)太閤のきづきたる 城に師團はおかれたり」と歌われた第四師團司令部がありました。

のちに第四師團司令部は二之丸に移転、庁舎は中部軍第十五方面軍中部軍管區司令部として使用されます。
また隣接して第三十五航空情報隊本部がありました。
①司令部庁舎 (2)(大阪陸軍遺構)
▲現在も偉容を誇る第四師團司令部庁舎
  拙ブログのトップ画像も勿論、大阪の誇り第四師團司令部庁舎です!

【探索日時】
地元のため随時

【改訂情報】
平成23年11月18日・・・内部特別公開時の様子追加
平成25年9月20日・・・自動車庫の遺構追加
大阪城 陸軍 師団 第四師団 第4師団 司令部 航空情報隊 防空情報隊 女子通信 ミライザ大阪城 MIRAIZA OSAKA-JO





大坂城周辺の陸軍施設

我が大阪市の象徴とも言える大坂城(大阪城)ですが、他の大城郭同様に数多くの陸軍施設が設置されていました。
大阪城復興天守(大阪陸軍遺構)
▲昭和6(1931)年11月7日に復興された大坂城天守





伊丹飛行場

大阪府豊中市と兵庫県伊丹市にまたがり所在する大阪国際空港(伊丹空港)は伊丹飛行場の跡地にあり、北6kmの五月山北麓、北東6kmの箕面山南麓には横穴式格納壕がありました。
箕面 B 壕口 北西から(伊丹陸軍飛行場)
▲箕面山南麓に遺る格納壕

【探索日時】
平成22年3月14日、平成25年1月20日

【更新情報】
平成28年4月20日
・「箕面格納壕」追加。本文改訂。





大阪陸軍飛行場

大阪府東大阪市に大阪陸軍飛行場がありました。
大阪陸軍飛行場 滑走路南東端中央付近の「陸軍用地」標柱 南東から (2)(大阪)
▲民家の塀に遺る境界石標

【探索日時】
平成22年12月22日





(財)大阪國防協會 恩智射撃場

大阪府八尾市恩智(おんぢ)には財團法人 大阪國防協會恩智射撃場がありました。
恩智射撃場 ⑦的場付近の斜面(大阪)
▲草むらと化した恩智射撃場

【探索日時】
平成22年3月17日





高槻陸軍墓地

大阪府高槻市天神町に高槻陸軍墓地があります。
高槻陸軍墓地 全体 (2)(高槻)
▲高槻陸軍墓地

【探索日時】
平成24年1月6日





高槻憲兵分遣隊

大阪府高槻市の高槻城祉に高槻憲兵分遣隊がありました。
高槻分遣隊 ウ 「陸軍?」 南から (2)(高槻)
▲境界石標

【探索日時】
平成25年9月27日





工兵第四聯隊

大阪府高槻市の高槻城祉に工兵第四聯隊がありました。
兵営では後に工兵第百四聯隊同第三十四聯隊同第四十四聯隊第二百二十五師團工兵隊が編成されます。

また隣接して大阪陸軍病院 高槻分院高槻陸軍練兵場、北側に高槻陸軍射撃場、北西の芥川沿いに高槻工兵作業場、東側の淀川に高槻工兵演習場・架橋材料庫がありました。
工兵第四聯隊 ア 営門 北西から(高槻)
▲営門と歩哨舎

【探索日時】
平成21年1月11日、平成24年1月6日、平成25年9月27日

【更新情報】
平成25年10月1日:大幅改訂(地図訂正、加筆訂正)





大阪陸軍造兵廠 枚方製造所 第五製造所 地下疎開工場予定地

大阪府交野(かたの)市私市(きさいち)には枚方市にあった大阪陸軍造兵廠 枚方製造所第五製造所を疎開させる予定だった地下壕が遺されています。
枚方製造所 地下疎開工場 A 壕口 (2)(大阪)
▲交野市に遺る大阪陸軍造兵廠枚方製造所の地下疎開工場予定地下壕

【探索日時】
平成21年12月27日、平成22年1月2日





東京第二陸軍造兵廠 香里製造所

大阪府枚方(ひらかた)市には東京第二陸軍造兵廠 香里製造所がありました。
東京第二陸軍造兵廠 香里製造所 A 第二工場 収函室 南西から (3)(大阪)
▲製造所跡に唯一遺る「第二工場 収函室」(現、病院)

【探索日時】
平成21年12月23日・27日、平成22年1月2日、平成27年1月16日・20日

【更新情報】
平成27年6月8日・・・大幅改訂





大阪陸軍兵器補給廠 枚方分廠

大阪府枚方(ひらかた)市には大阪陸軍兵器補給廠 枚方分廠がありました。
大阪陸軍兵器補給廠 枚方分廠 サ 電柱(大阪)
▲側線跡に移設された電柱と境界石標

【探索日時】
平成22年1月2日、10日、平成27年1月20日、7月18日

【更新情報】
平成22年11月16日・・・地図追加
平成27年5月30日・・・大幅改訂
平成27年7月18日・・・現地説明会追加





佐野陸軍飛行場 (明野陸軍飛行學校 佐野分教所)

大阪府泉佐野市の北西部に佐野陸軍飛行場 (明野陸軍飛行學校 佐野分教所) がありました。
ア 門柱 東から(佐野陸軍飛行場)
▲民家に遺るコンクリート製の門柱

【探索日時】
平成21年5月10日

【更新情報】
平成24(2012)年11月6日:大幅改訂(書式変更、探索記分離)





信太山陸軍墓地

大阪府和泉市黒鳥町の黒鳥山公園(陸上自衛隊・信太山駐屯地の南東側)には信太山陸軍墓地がありました。
信太山陸軍墓地    忠霊塔(信太山)
▲信太山陸軍墓地の忠霊塔

【探索日時】
平成22年4月29日





野砲兵第四聯隊

大阪府和泉市伯太(はかた)町に所在する陸上自衛隊・信太山駐屯地は野砲兵第四聯隊の兵営跡にあります。
兵営では後に野砲兵第百四聯隊同第三十四聯隊同第四十四聯隊が編成されます。
また、隣接して大阪陸軍病院 信太山分院伯太陸軍練兵場がありました。
野砲兵第四聯隊   M 砲廠 南西から(信太山)
▲信太山駐屯地に遺る野砲廠

【探索日時】
平成21年5月10日、平成22年4月29日
平成23年12月27日、平成24年4月29日

【更新情報】
平成24年10月26日:大幅改訂(地図訂正、写真追加、書式変更)
平成25年9月5日:和泉憲兵分遣隊追加(地図改訂、位置訂正)
平成26年12月10日:和泉憲兵分遣隊追加(別記事に分離)





堺市北部の高射第三師團 高射砲・照空隊陣地

堺市には高射砲及び照空隊陣地の物と思われる遺構が遺されています。
大浜照空陣地 ウ 北側台座(堺 防空陣地)
▲大浜北公園(照空陣地跡)に遺る台座

【探索日時】
平成21年2月26日

【更新情報】
平成24年10月12日:地図訂正、書式変更





大阪陸軍病院 金岡分院 (大阪第一陸軍病院)

大阪府堺市北区長曽根町には大阪陸軍病院 金岡分院がありました。
同院は大阪衛戍病院 金岡分院として発足、大阪陸軍病院 金岡分院を経て大阪陸軍病院大阪第一陸軍病院に改編されます。

また隣接して馬糧倉庫金岡陸軍練兵場、北側に堺憲兵分隊がありました。
大二病院 ス 大阪陸軍病院金岡分院 忠魂碑(堺)
▲金岡公園に遺る大阪陸軍病院 金岡分院の忠魂碑

【探索日時】
平成21年2月26日
平成23年12月14日

【更新情報】
平成24年10月2日:大幅改訂(写真追加、書式変更、「探索記」分離)
平成29年5月27日:大阪陸軍病院金岡分院の位置、説明訂正





輜重兵第四聯隊

大阪府堺市北区長曽根町に輜重兵第四聯隊がありました。

兵営では後に輜重兵第百四聯隊同第三十四聯隊同第四十四聯隊第百四十四師團輜重隊第二百二十五師團輜重隊などが編成されます。
輜重兵第四聯隊 サ 南門門柱 北西から(堺)
▲金岡公園の駐車場に遺る南門門柱

【探索日時】
平成21年2月26日
平成23年12月14日

【更新情報】
平成24年10月5日:大幅改訂(写真追加、書式変更、「探索記」分離)





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プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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