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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

久居・半田地下工場 北側地区

津市半田の郊外に地下工場が設営されていました。
久居・半田地下工場 H 壕口(三重半田青谷)
▲地下工場の入口

【探索日時】
平成26(2014)年3月8日





久居・半田地下工場 南側地区

津市半田の郊外に地下工場が設営されていました。
三菱重工業㈱ 第三製作所久居地下工場 A 内部 (30)(三重久居半田青谷)
▲地下工場跡の内部

【探索日時】
平成26(2014)年3月8日





千種陸軍演習場・千種陸軍演習廠舎

菰野町に千種陸軍演習場、その北東端に千種陸軍演習廠舎がありました。
千種陸軍演習場 A 北堡塁(三重菰野千種)
▲林に遺る北堡塁の演習用特火点(の残骸)

【探索日時】
平成26(2014)年3月21日





竹永陸軍飛行場

菰野町竹永に陸軍の秘匿飛行場の一つ、竹永陸軍飛行場がありました。
竹永陸軍飛行場 B 戦闘指揮所 南東から(三重菰野竹永)
▲雑木林に遺る戦闘指揮所

【探索日時】
平成26(2014)年3月21日





菰野町の千種村凱旋門と里程標

菰野町に千種村凱旋門と朝上村の里程標が遺ります。
凱旋門 西から(三重菰野)
▲千種村凱旋門

【探索日時】
平成26(2014)年3月20日





鈴鹿陸軍飛行場

鈴鹿市北西部の追分町、椿一宮町一帯に鈴鹿陸軍飛行場がありました。
鈴鹿陸軍飛行場 B 掩体壕 南東から(三重鈴鹿椿)
▲杉林に遺る航空機用の無蓋掩体壕

【探索日時】
平成26(2014)年3月10日





第二海軍燃料廠 官舎

四日市市に所在した海軍燃料廠最大の第二海軍燃料廠の西側に高等官用の官舎がありました。
第二海軍燃料廠 官舎 9(三重四日市)
▲民家に転用されている官舎

【探索日時】
平成31(2019)年1月16日





第二海軍燃料廠 山手工場

四日市市に所在した海軍燃料廠最大の第二海軍燃料廠の西側に山手工場がありました。
第二海軍燃料廠 山手工場 D 内部(三重四日市)
▲試製「秋水」の燃料のうち甲液保管用に設営された貯蔵用隧道

【探索日時】
平成26(2014)年3月19日、平成31(2019)年1月15日





第二海軍燃料廠 鈴鹿川取水場

四日市市に所在した海軍燃料廠最大の第二海軍燃料廠の南側に鈴鹿川取水場がありました。
第二海軍燃料廠 鈴鹿川取水場 K 取水場 南東から (2)(三重四日市)
▲現在も稼働中の鈴鹿川取水場 河原田第一喞筒所と境界石標

【探索日時】
平成31(2019)年1月15日





第二海軍燃料廠

三重県四日市市塩浜町に所在する昭和四日市石油㈱は海軍最大の燃料製造所であった第二海軍燃料廠の跡地にあります。
第二海軍燃料廠 ウ 電氣員詰所 南西から(三重四日市)
▲昭和四日市石油㈱に遺る電氣員詰所

【探索日時】
平成31(2019)年1月15日





第一鈴鹿海軍航空基地(鈴鹿海軍航空隊)格納庫 【移設】

近鉄の塩浜検修車庫に鈴鹿市に所在した鈴鹿海軍航空隊第一鈴鹿海軍航空基地)の格納庫が移設されています。
鈴鹿海軍航空隊 第二格納庫(移設) 南西から(三重鈴鹿)
▲移設された第二格納庫

【探索日時】
平成26(2014)年3月19日





鈴鹿海軍航空隊(第一鈴鹿海軍航空基地)

鈴鹿市に設営された第一鈴鹿海軍航空基地鈴鹿海軍航空隊がありました。

また、隣接して第二鈴鹿海軍航空基地、第二海軍航空廠 鈴鹿分廠、三菱重工業㈱名古屋航空機製作所 三重工場が設置されます。
鈴鹿海軍航空隊 隊門(三重鈴鹿)
▲移設・保存されている隊門と番兵塔

【探索日時】
平成26(2014)年3月19日、平成31(2019)年4月30日1月17日





鈴鹿海軍工廠 關分工場

亀山市関町に鈴鹿海軍工廠の疎開工場である關分工場がありました。
關分工場は他に関出張所、関町防空工場、関地下工場と呼称されていた様です。
鈴鹿海軍工廠 関分工場 P 内部奥のコンクリート巻立て 壕口方向から(三重鈴鹿)
▲森林公園に遺る地下工場の隧道

【探索日時】
平成26(2014)年3月18日、令和元(2019)年12月5日





鈴鹿海軍工廠 道伯工員住宅・大池工員住宅

鈴鹿市に所在した鈴鹿海軍工廠の東側に工員用の道伯工員住宅・大池工員住宅がありました。
鈴鹿海軍工廠 道伯工員住宅 1(三重鈴鹿)
▲民家に転用されている工員住宅(空家)

【探索日時】
平成31(2019)年1月19日





鈴鹿海軍工廠 住吉工員住宅

鈴鹿市に所在した鈴鹿海軍工廠の東側に工員用の住吉工員住宅がありました。
鈴鹿海軍工廠 住吉工員住宅 7(三重鈴鹿)
▲民家に転用されている工員住宅

【探索日時】
平成31(2019)年1月19日





鈴鹿海軍工廠 國府工員住宅

鈴鹿市に所在した鈴鹿海軍工廠の西側に工員用の國府工員住宅がありました。
鈴鹿海軍工廠 國府工員住宅 5(三重鈴鹿)
▲民家に転用されている工員住宅

【探索日時】
平成31(2019)年1月19日





鈴鹿海軍工廠 官舎

鈴鹿市に所在した鈴鹿海軍工廠の北側に軍人、軍属用の官舎がありました。
鈴鹿海軍工廠 官舎 1 乙二 (3)(三重鈴鹿)
▲空家になっている高等官用の乙二號官舎

【探索日時】
平成25(2013)年10月8日、平成31(2019)年1月19日





鈴鹿海軍工廠 山の手発射場

鈴鹿市に所在した鈴鹿海軍工廠の南側に山の手発射場がありました。
鈴鹿海軍工廠 山の手発射場 I 着弾場 内部 東から (1)(三重鈴鹿)
▲リサイクルセンター内に遺る停弾覆洞

【探索日時】
平成26(2014)年3月18日





鈴鹿海軍工廠

サーキット場で有名な鈴鹿市に鈴鹿海軍工廠がありました。
鈴鹿海軍工廠 F 鈴鹿海軍工廠 門札(移設) (2)(三重鈴鹿)
▲鈴鹿海軍工廠の門札

【探索日時】
平成26(2014)年3月18・19日





横須賀海軍警備隊 高茶屋高角砲台

津市高茶屋に所在した津海軍工廠の北側に横須賀海軍警備隊 高茶屋高角砲台がありました。
同砲台は後に名古屋港湾警備隊に移管されます。
高茶屋防空高角砲台 イDから内部 (2)(三重津)
▲砲座と思われる円形窪地

【探索日時】
平成31(2019)年1月18日





津海軍工廠 櫻茶屋工員住宅

津市高茶屋に所在した津海軍工廠の北側に官舎、い號・ろ號工員住宅櫻茶屋工員住宅がありました。
津海軍工廠 工員住宅 12(三重津)
▲4戸連棟の残存2棟を1棟に改築した住宅

【探索日時】
平成31(2019)年1月18日





津海軍工廠 い號・ろ號工員住宅

津市高茶屋に所在した津海軍工廠の北側に官舎、い號・ろ號工員住宅がありました。
津海軍工廠 工員住宅 22(三重津)
▲一般住宅として使用中の2階建て工員住宅

【探索日時】
平成31(2019)年1月18日





津海軍工廠 官舎

津市高茶屋に所在した津海軍工廠の北側に官舎工員住宅がありました。
津海軍工廠 官舎 1 丙 (4)(三重津)
▲空家になっている丙號官舎

【探索日時】
平成31(2019)年1月17日





津海軍工廠 浄水場

三重県津市高茶屋に所在する津市役所高茶屋浄水場は、津海軍工廠 浄水場を引き継いだ施設です。
津海軍工廠 浄水場 B 沈殿槽建屋 西から パノラマ(三重)
▲津市高茶屋浄水場に遺されていた津海軍工廠 浄水場の沈殿槽上屋

【探索日時】
平成25年10月8日





龜山陸軍病院

三重県鈴鹿市加佐登(かさど)町に所在する国立病院機構 鈴鹿病院は龜山陸軍病院の後身です。
亀山陸軍病院 A 東門 北西から鈴鹿(三重)
▲国立病院機構 鈴鹿病院に遺る龜山陸軍病院の東門

【探索日時】
平成25年4月19日





第一航空軍教育隊

講談『血煙荒神山』の舞台として知られる三重県亀山市の荒神山観音寺の北側に第一航空軍教育隊がありました。
第一航空軍教育隊 A 油脂庫?(薬品庫?) 南東から(亀山三重)
▲畑に遺る弾薬庫

【探索日時】
平成25年4月20日





名古屋陸軍造兵廠 亀山疎開工場

三重県亀山市の安楽川沿いに名古屋陸軍造兵廠 鳥居松製造所の疎開工場と思われる地下工場がありました。
名古屋陸軍造兵廠 亀山疎開工場 B 壕口から内部(亀山三重)
▲畑地の奥に遺る地下工場

【探索日時】
平成25年4月19日





明野陸軍飛行學校 北伊勢分教所(北伊勢陸軍飛行場)

三重県亀山市と鈴鹿市にまたがる地域に北伊勢陸軍飛行場があり、明野陸軍飛行學校 北伊勢分教所が所在しました。
北伊勢陸軍飛行場A(左)・B(右) 油脂庫 南東から(亀山三重)
▲畑に遺る油脂庫2棟

【探索日時】
平成25年4月19日





龜山陸軍病院 明星分院

三重県多気郡明和町に所在する済生会明和病院は龜山陸軍病院 明星分院の跡地にあります。
龜山陸軍病院明星分院 イ 西門と土留 南東から(三重)
▲済生会明和病院に遺る龜山陸軍病院明星分院の西門

【探索日時】
平成24年3月9日





明野陸軍飛行學校 監的所/通信所

三重県伊勢市伊勢市東大淀町に明野陸軍飛行學校監的所、同小俣町元町に通信所と言われる構築物が遺ります。
明野陸軍飛行學校 H 通信所 南西から(明野)
▲小俣町元町の水田に遺る耐弾通信所

【探索日時】
平成21年7月16日、平成25年11月8日





明野陸軍飛行場 (明野陸軍飛行學校)

三重県伊勢市小俣町明野に所在する陸上自衛隊 明野駐屯地は明野陸軍飛行場、及び明野陸軍飛行學校の跡地にあります。
明野陸軍飛行學校 A 将校集会所 南西から パノラマ写真(明野)
▲陸上自衛隊 明野駐屯地に遺る明野陸軍飛行學校 将校集会所

【探索日時】
平成21(2009)年7月16日、平成25(2013)年10月10日、10月20日、11月8日

【更新情報】
平成27(2015)年6月24日:遺構追加
令和2(2020)年5月11日:地図差し替え





三重海軍航空隊 營外宿舎

三重県津市香良洲町にあった三重海軍航空隊の西500mに航空隊の營外宿舎がありました。
三重海軍航空隊 營外宿舎  官舎j 北西から(三重)
▲營外宿舎の1棟

【探索日時】
平成25年10月8日





三重海軍航空隊

三重県津市香良洲町に三重海軍航空隊がありました。
三重海軍航空隊 ア 短艇用具庫 北西から(三重)
▲今は無き唯一の現存建物だった短艇用具庫

【探索日時】
平成21年7月16日、平成25年4月20日、10月8日

【更新情報】
平成25(2013)年10月28日:大幅改訂(遺構追加、文章加筆訂正)
平成29(2017)年5月29日:情報追加





第七航空通信聯隊

三重県多気郡明和町大字斎宮に第七航空通信聯隊の兵営がありました。
兵営では後に第十一航空通信聯隊第十七航空通信隊第二十二航空通信隊第五十五対空無線隊が編成されます。
第七航空通信聯隊 C 送信所 南から(三重)
▲送信所

【探索日時】
平成21年7月16日、平成25年4月20日、10月8日

【更新情報】
平成25(2013)年7月20日:大幅改訂(遺構追加、文章加筆訂正)
平成25(2013)年10月22日:遺構追加





高射第二師團 伊勢離宮高射砲陣地

三重県伊勢市中村町の伊勢離宮予定地跡地に、伊勢神宮を御護りするための高射砲陣地がありました。
伊勢離宮 高射砲陣地 全景 南東(三重 宇治山田)
▲高射砲座に遺る砲側弾薬置場

表題は「伊勢離宮 高射砲陣地」としていますが、正式な名称は不明です。

【探索日時】
平成21年7月15日





宇治山田憲兵分遣隊

4年後の平成25(2013)年に式年遷宮を迎える豊受大神宮(外宮)の東側、三重県伊勢市岡本に宇治山田憲兵分遣隊がありました。
京都憲兵隊津分隊 宇治山田分遣隊  イ 門 北西から(三重 宇治山田) (2)
▲通用門

【探索日時】
平成21年7月15日





津聯隊區司令部

津城西側の三重県津市西之丸に津聯隊區司令部がありました。
津聯隊區司令部 ソ 塀 南西から(津 久居)
▲現存の塀

【探索日時】
平成21年7月15日、平成24年5月3日





津憲兵分隊

三重県津市大倉のJR紀勢線・阿漕駅前に津憲兵分隊がありました。
京都憲兵隊 津分隊 シ 塀 北東から(津 久居)
▲現存の塀

【探索日時】
平成24年5月3日、平成25年4月21日





津陸軍墓地

三重県津市久居野村に津陸軍墓地がありました。
津陸軍墓地 陸軍墓地 入口(津 久居)
▲津陸軍墓地 参道入口

【探索日時】
平成21年7月15日、平成24年5月3日

【更新情報】
平成25年6月22日:大幅改訂(遺構追加、地図訂正、加筆訂正)





津陸軍練兵場/津陸軍射撃場/津歩兵作業場

三重県津市久居の陸上自衛隊・久居駐屯地にあった歩兵第三十三聯隊兵営に隣接して津陸軍練兵場、兵営の北2kmに津陸軍射撃場、射撃場の西600mに津歩兵作業場がありました。
津陸軍練兵場 ケ「陸軍用地」 北から(津 久居)
▲津陸軍練兵場の境界石標「陸軍用地」

【探索日時】
平成24年5月3日、平成25年4月21日

【更新情報】
平成25年6月22日:大幅改訂(遺構追加、地図訂正、加筆訂正)





津陸軍病院

三重県津市久居の陸上自衛隊・久居駐屯地にあった歩兵第三十三聯隊兵営に隣接して津陸軍病院がありました。
津陸軍病院 R 浴場 南東から(津 久居)
▲浴場

【探索日時】
平成21年7月15日、平成24年5月3日、平成25年4月21日

【更新情報】
平成25年6月22日:大幅改訂(遺構追加、地図訂正、加筆訂正)





歩兵第三十旅團司令部

三重県津市久居の陸上自衛隊・久居駐屯地にあった歩兵第三十三聯隊兵営に隣接して歩兵第三十旅團司令部がありました。
歩三十三・歩五十一 Q 第三十旅團司令部 南西から(津 久居)
▲歩兵第三十旅團司令部庁舎

【探索日時】
平成21年7月15日、平成24年5月3日、平成25年4月21日

【更新情報】
平成25年6月22日:大幅改訂(遺構追加、地図訂正、加筆訂正)





歩兵第三十三聯隊 (旧歩兵第五十一聯隊)

三重県津市久居の陸上自衛隊・久居駐屯地には歩兵第三十三聯隊の兵営がありました。
兵営は先に歩兵第五十一聯隊が衛戍、後に歩兵第百三十三聯隊歩兵第百五十一聯隊歩兵第四百十二聯隊歩兵第三百三十九聯隊が編成されます。
歩三十三・歩五十一 G 聯隊本部 北西から (2)(津 久居)
▲聯隊本部(手前)と大隊本部(経理部?)(奥)

歩兵第三十三聯隊はプロ野球草創期の伝説の名投手・澤村榮治氏(巨人)が入営(徴集:昭和13年1月10日~昭和15年1月、召集:昭和16年10月8日~昭和18年1月11日、昭和19年10月2日に2度目の召集に応じますが、その際は留守第五十三師團司令部に応召、12月2日、台湾沖で海没散華)した事で知られます。

【探索日時】
平成21年7月15日、平成24年5月3日、平成25年4月21日

【更新情報】
平成25年6月22日:大幅改訂(遺構追加、地図訂正、加筆訂正)
平成31年4月11日:遺構の現状情報改訂





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プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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