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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

名古屋陸軍病院 管理棟・第五病棟 【明治村移築】

貴重な近代建築が多数移築・展示され「本物の価値を残す、伝える」で知られる明治村名古屋陸軍病院 管理棟及び第五病棟が移設されています。
名古屋陸軍病院 管理棟 北から パノラマ(愛知名古屋犬山)
▲移設されている名古屋陸軍病院の管理棟(左)と第五病棟(右)

【探索日時】
平成19(2007)年5月30日、平成27(2015)年12月4日





歩兵第六聯隊 第十中隊兵舎 【明治村移設】

貴重な近代建築が多数移築・展示され「本物の価値を残す、伝える」で知られる明治村歩兵第六聯隊 第十中隊兵舎が移設されています。
歩兵第六聯隊 南西から(愛知名古屋犬山)
▲移設されている兵舎

【探索日時】
平成19(2007)年5月30日、平成27(2015)年12月4日





各務原陸軍飛行場 格納庫 【移設】

大垣城の南側に所在する大垣城ホールは各務原陸軍飛行場(岐阜県各務原市)から移設した格納庫です。
各務原移設格納庫 南西から(滋賀大垣)
▲移設された格納庫を改修した大垣城ホール

【探索日時】
令和2(2020)年1月5日





名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠 横穴式疎開火薬庫

関ヶ原町に所在した名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠の周辺谷筋に横穴式疎開火薬庫が130箇所ほど設定されていました。
名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原町分廠 疎開火薬庫76 地下壕(奥)と爆風除け(前)(岐阜関ヶ原)
▲爆風避けを備えた横穴式疎開火薬庫

【探索日時】
平成26(2014)年2月4・12日





名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠(火薬庫・弾薬庫編)

慶長5(1600)年9月15日、天下分け目の関ヶ原合戦で知られる関ヶ原町に名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠が所在しました。
名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原町分廠 H 洞窟火薬庫 本室(滋賀関ヶ原)
▲洞窟式火薬庫

※第二回目は關ヶ原分廠の核心である火薬庫の紹介です。

【探索日時】
平成26年2月4・12日





名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠(管理・試験設備編)

古戦場で知られる関ヶ原の西側に名古屋陸軍兵器補給廠 關ヶ原分廠がありました。
名古屋陸軍兵器補給廠 関ヶ原町分廠 ア 営門門柱 南東から (2)(滋賀関ヶ原)
▲道路沿いに遺る営門

※遺構が多いので、今回は關ヶ原分廠の管理・試験設備のみを紹介します。

【探索日時】
平成26年2月4・12日





神鋼兵器工業㈱ 大垣工場

岐阜県大垣市に所在する神鋼造機㈱は神鋼兵器工業㈱ 大垣工場の後身です。
神鋼兵器工業㈱ 大垣工場 C 南西から(岐阜大垣)
▲神鋼兵器工業㈱ 大垣工場の建屋

【探索日時】
平成26年2月6日





岐阜憲兵分隊

岐阜県岐阜市に岐阜憲兵分隊がありました。

同じく市内に岐阜聯隊區司令部がありました。
岐阜憲兵分隊 ア 陸軍(裏:第?) (3)(岐阜)
▲金園公園に遺る境界石標

【探索日時】
平成28年12月4日





各務原陸軍飛行場 神明神社退避壕

岐阜県各務原市に所在した各務原陸軍飛行場の南側丘陵地に鎮座する神明神社の裾野に退避壕が遺ります。
各務原陸軍飛行場 退避壕 2 (2)(岐阜各務原)
▲神明神社裾野に遺る退避壕

【探索日時】
平成28年12月4日





各務原陸軍飛行場 高射砲陣地

各務原陸軍飛行場(西飛行場)の東端に高射砲陣地がありました。
高射砲陣地 イ 陣営具庫 北東から(岐阜各務原)
▲航空自衛隊岐阜基地内に遺る高射砲陣地陣営具庫

【探索日時】
平成22年7月23日、平成29年4月10日





㈱大垣鐵工所 各務原工場

岐阜県各務原市に所在した川崎航空機工業㈱岐阜工場に隣接して㈱大垣鐵工所 各務原工場がありました。
大垣鉄工所各務原工場 サ 北西から (2)(岐阜各務原)
▲川崎重工業㈱岐阜工場内に遺る㈱大垣鐵工所各務原工場の建屋

【探索日時】
平成28年4月10日





川崎航空機工業株式會社 岐阜工場

岐阜県各務原市に所在する川崎重工業株式会社 岐阜工場の前身は、川崎航空機工業株式會社 岐阜工場でした。
当工場はB29邀撃に活躍した二式複戦(屠龍)、三式戦(飛燕)、五式戦を生産した事で知られています。
川崎航空機工業岐阜 ア 本館 南から(岐阜各務原)
▲今は無き川崎航空機工業㈱岐阜工場 本館

【探索日時】
平成22年7月23日、平成28年4月10日





各務原陸軍飛行場(各務原陸軍航空廠・同技能者養成所)

岐阜県各務原市に所在する航空自衛隊・岐阜基地は各務原陸軍航空廠の跡地にあります。

同廠は陸軍航空部 補給部各務原支部として発足、その後数度の改称を経て各務原陸軍航空廠になります。

また隣接して技能者養成所各務原憲兵分隊がありました。
航廠技能者養成 ウ 25m遊泳池(東側のみ) 北から(岐阜各務原)
▲国有地に遺る遊泳池(プール)

【探索日時】
平成22(2010)年7月23日、平成29(2017)年4月10日

【改訂情報】
平成29(2017)年5月21日・・・遺構追加





岐阜陸軍航空整備學校 ・ 岐阜第一航空教育隊

岐阜県各務原市鵜沼に岐阜陸軍航空整備學校がありました。

同校は岐阜陸軍飛行學校の跡地に開校、後に第四航空教育團 岐阜第一航空教育隊に改編され、第四十教育飛行隊が移駐して来ます。
岐阜第一航空教育隊 カ 格納庫基礎 南から(岐阜各務原)
▲畑の中に遺る格納庫基礎

【探索日時】
平成22年7月23日、平成28年12月5日





各務原陸軍飛行場(飛行第二戰隊・岐阜陸軍飛行學校)

岐阜県各務原市鵜沼に飛行第二戰隊がありました。

兵営には一時、熊谷陸軍飛行學校桶川分教場が所在し、飛行第二戰隊の転営後は熊谷陸軍飛行學校各務原分教場岐阜陸軍飛行學校岐阜陸軍航空整備學校(第一教育隊)が開校、後に第四航空教育團司令部が設置され、同團岐阜第一航空教育隊に改称、第四十教育飛行隊が移駐して来ます。
飛行第二戦隊 ア(手前)・イ(奥)薬品庫 北西から(岐阜各務原)
▲畑に遺る薬品庫

【探索日時】
平成22(2010)年7月23日、平成28(2016)年12月5日

【改訂情報】
平成29(2017)年5月18日・・・記事分離・遺構追加





第一飛行集團長、同副官官舎

岐阜市に加納城跡に設置された第一飛行集團司令部 (のち第五十一教育飛行師團司令部第五十一航空師團司令部)の集團長(師團長)、同副官官舎がありました。
第一飛行集團司令部 (のち第五十一教育飛行師團司令部、第五十一航空師團司令部)の集團長(師團長)、同副官官舎 ア 「陸」 (3)(岐阜)
▲跡地に遺る境界石標

【探索日時】
平成28年12月4日





各務原陸軍飛行場

岐阜県各務原市に所在する航空自衛隊・岐阜基地は各務原陸軍飛行場の跡地にあります。
各務原陸軍飛行場 ウ 南西から(岐阜)
▲山林に遺る有蓋掩体壕

【探索日時】
平成22年7月23日、平成28年4月10日

【改訂情報】
平成29年6月10日・・・遺構追加・記事分割





第一飛行集團司令部 (のち第五十一教育飛行師團司令部、第五十一航空師團司令部)

戦国時代、長篠の合戦の要因となった奥平信昌が初代藩主で知られる岐阜県・加納城阯には第一飛行集團司令部がありました。
同司令部は後に第五十一教育飛行師團司令部、さらに第五十一航空師團司令部に改編されます。
第一飛行集團司令部 正門門柱 (7)(岐阜)
▲加納城阯に遺る正門門柱

【探索日時】
平成22年7月24日





岐阜陸軍墓地

歩兵第六十八聯隊兵営から北東に2km、各務原市那加桐野町に岐阜陸軍墓地があります。
岐阜陸軍墓地 全景(岐阜)
▲岐阜陸軍墓地 全景

【参拝日時】
平成22年7月24日、平成28年12月5日





岐阜陸軍病院

歩兵第六十八聯隊に隣接して岐阜陸軍病院がありました。

岐阜陸軍病院は現在、後身の岐阜県総合医療センターになっています。
岐阜陸軍病院 イ 岐阜陸軍病院東門門柱と練兵場境界石標(移築)(岐阜)
▲長森中学校に移設されている東門門柱と境界石標

【探索日時】
平成22年7月24日、平成28年12月5日





歩兵第六十八聯隊

岐阜県岐阜市に「ろっぱち」の愛称で知られた歩兵第六十八聯隊がありました。

兵営では後に歩兵第百九十八聯隊歩兵第三百三十八聯隊歩兵第四百十一聯隊が編成されます。
また隣接して岐阜陸軍練兵場、北1.5kmに岐阜陸軍射撃場がありました。
歩兵第六十八聯隊 h コンクリート②③入口(岐阜)
▲野一色山に遺る演習陣地

【探索日時】
平成22年7月24日、平成28年12月5日





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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住の探索者。

明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達の足跡に触れ感じるため各地(西日本が多いです)を探索しています。
軍跡(軍事関連遺構)は当時を知る生きた教科書です。

精強帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、及び祖国の弥栄を願い国難に殉じた英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介しています。

戦後極端に盛られ歪められた歴史を公平に記述し、英霊の名誉回復、真の姿を知る一助になる事を目指し記述しています。


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