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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

第三十一突撃隊 矢岳特攻基地

佐世保市小佐々(こさざ)町矢岳に所属する、北九十九島の一つ前島に第三十一突撃隊本部が置かれた矢岳特攻基地がありました。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 ツ 壕口(長崎川棚)
▲海岸に遺る蛟龍の魚雷調整室

【探索日時】
平成28年1月26日





第三特攻戰隊司令部 ・ 川棚突撃隊本部 (旧臨時魚雷艇訓練所)

美しい自然を活かした観光開発で知られる長崎県川棚町白石郷に第三特攻戰隊司令部、及び川棚突撃隊本部がありました。

当地は先に臨時魚雷艇訓練所が開設され、次いで川棚海軍警備隊が併設、後に第三特攻戰隊司令部、川棚突撃隊本部に改編されます。
第三特攻戰隊・川棚突撃隊 イ 烹炊所壕 壕口(長崎川棚)
▲畑に遺る横穴式格納壕

【探索日時】
平成28年1月28日





川棚海軍工廠 石木工場 (本部・總務部指揮所、戦時治療所)

長崎県東彼杵郡川棚町に所在した川棚海軍工廠(百津工場)より北2kmの石木郷に川棚海軍工廠 石木工場がありました。

石木工場は石木川に沿って広範囲に設営され、八幡山南麓には本部・總務部指揮所、戦時治療所、刷版工場、電気係作業場、會計部格納庫、油庫、薬品庫が配置されました。
川棚海軍工廠 石木工場 N k電話交換所 西から(長崎川棚)
▲民家裏に遺る本部・総務部指揮所壕の電話交換所

【探索日時】
平成24年11月28日、平成28年1月27・28日





川棚海軍工廠 石木工場 (第二水雷部 機械工場、電気倉庫)

長崎県東彼杵郡川棚町に所在した川棚海軍工廠(百津工場)より北2kmの石木郷に川棚海軍工廠 石木工場がありました。

石木工場は石木川に沿って広範囲に設営され、川原(こうばる)地区、岩屋地区には第二水雷部が配置されました。
川棚海軍工廠 石木工場 L 内部(長崎川棚)
▲畑地に遺る電気倉庫

【探索日時】
平成24年11月28日、平成28年1月27・28日





川棚海軍工廠 石木工場 (仕上組立治具工具・第二機械・第一・第二・第三組立工場・発電所)

長崎県東彼杵郡川棚町に所在した川棚海軍工廠(百津工場)より北2kmの石木郷に川棚海軍工廠 石木工場がありました。

石木工場は石木川に沿って広範囲に設営され、風南山東麓には仕上・組立・治具・工具工場、第二機械工場、第一組立工場、第二組立工場、第三組立工場、発電所が配置されました。
川棚海軍工廠 石木工場 ① 南西から(長崎川棚)
▲民家に遺る第二機械工場の半地下工場防弾壁

【探索日時】
平成24年11月28日、平成28年1月27・28日





川棚海軍工廠 石木工場 (第一機械工場・器具工場)

長崎県東彼杵郡川棚町に所在した川棚海軍工廠(百津工場)より北2kmの石木郷に川棚海軍工廠 石木工場がありました。

石木工場は石木川に沿って広範囲に設営され、風南山北麓には第一機械工場、器具工場が配置されました。
川棚海軍工廠 石木工場 Aオ 壕口(長崎川棚)
▲道路沿いに遺る第一機械工場の地下工場入口(現在この壕口はフェンスで閉鎖されています)

【探索日時】
平成24年11月28日、平成28年1月27・28日





佐世保海軍警備隊 川棚防空砲台

長崎県東彼杵郡川棚町に所在した川棚海軍工廠(百津工場)北側の城山に佐世保海軍警備隊 川棚防空砲台がありました。
川棚防空砲台 a 高角砲座 西から (2)(長崎川棚)
▲畑に遺る高角砲座

【探索日時】
平成24年11月28日、平成28年1月28日





川棚海軍工廠 百津工場

小串トマトの産地として知られる長崎県東彼杵郡川棚町百津(ももづ)郷に川棚海軍工廠 百津工場がありました。
川棚海軍工廠 A 第一配電所 南から (2)(長崎川棚百津)
▲クアーズテック長崎㈱内に遺る第二配電所

【探索日時】
平成24年11月28日、平成28年1月27日





佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離發射場

長崎県川棚町片島に佐世保海軍工廠 川棚魚雷遠距離發射場がありました。
発射場には後に佐世保海軍工廠造兵部分工場が併置されます。
川棚魚雷遠距離發射場 全景 北西から(長崎川棚片島)
▲川棚魚雷遠距離發射場 全景

【探索日時】
平成24年11月28日





第二大村海軍航空基地(竹松牧場) 隧道式爆彈庫・同燃料庫

長崎県大村市に所在した大村海軍航空基地の東側、今富町一帯に第二大村海軍航空基地、及び隧道式燃料庫・同爆彈庫がありました。
第二大村海軍航空基地・航空隊 扉Hoからケ・コ方向(長崎)
▲今富町に遺る隧道式爆弾庫

【探索日時】
平成24年11月27日・平成26年1月29日





大村海軍航空基地 (大村海軍航空隊・第三五二海軍航空隊)

長崎県大村市に霞ヶ浦とともに多くの荒鷲を育てた大村海軍航空基地がありました。
大村海軍航空基地・航空隊  E 廃潤滑油再生米置場 ・D 潤滑油庫 南東から(長崎)
▲陸上自衛隊・竹松駐屯地に遺る廃潤滑油再生米置場(左)・潤滑油庫(右)

【探索日時】
平成24年11月27日・平成27年9月26日





第二十一海軍航空廠 鈴田呂號隧道(空廠本部・會計部・補給部 地下壕)

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南西の山中に鈴田呂號隧道がありました。
第二十一海軍航空廠の遺構紹介もいよいよ最後です。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 扉⑥ト(右)(長崎)
▲隧道内部

【探索日時】
平成24年11月28日





大村海軍病院

わが国初の切支丹大名として知られる大村純忠が治めた長崎県大村市に、大村海軍病院がありました。
ア 大村海軍病院門柱(移設)・顕彰碑(長崎)
▲長崎医療センター構内に移設された大村海軍病院の正門門柱と顕彰碑

【探索日時】
平成27年9月25日





第二十一海軍航空廠 杭出津工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南東側に廠員(工員)の三・四區 杭出津工員住宅がありました。
二十一空廠 杭出津工員住宅 30(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅(30 位置は下掲地図参照)

一ヶ月半に渡り長々と続けてきた第二十一海軍航空廠の工員住宅シリーズでしたが、いよいよ最後です。

【探索日時】
平成27年9月28日





第二十一海軍航空廠 水田工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南東側に廠員(工員)の二區 水田工員住宅がありました。
二十一空廠 水田工員住宅 7(手前)・17(奥)(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅 (7・17 位置は下掲地図参照)

【探索日時】
平成27年9月28日





第二十一海軍航空廠 大佐古工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南東側に廠員(工員)の一區 大佐古工員住宅がありました。
二十一空廠 大佐古工員住宅 3(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 古町工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に廠員(工員)用の五・六區 古町工員住宅、隣接して女子寄宿舎杭出津工員寄宿舎がありました。
二十一空廠 古町工員住宅 58(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅 (58 位置は下掲地図参照)

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 住宅營團諏訪工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に住宅営団の建設した廠員(工員)用の諏訪工員住宅がありました。
二十一空廠 営団諏訪工員住宅 5(長崎)
▲一般住宅に転用された営団工員住宅

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 諏訪工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に廠員(工員)の七・八區 諏訪工員住宅がありました。
二十一空廠 諏訪工員住宅 5(手前)・4(奥)(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅 (5・4 位置は下掲地図参照)

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 池田工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に廠員(工員)の九・十・十一區 池田工員住宅がありました。
二十一空廠 池田工員住宅 27(長崎)
▲一般住宅として活用されている2階建の工員住宅

【探索日時】
平成27年9月26日





第二十一海軍航空廠 高等官住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠北側に廠員(文官)の高等官住宅、及び工員の寄宿舎がありました。
二十一空廠 高等官住宅 1(長崎)
▲民家に転用された高等官住宅

【探索日時】
平成27年9月26日





第二十一海軍航空廠 官舎

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠北側に廠員(武官)の官舎がありました。
二十一空廠 官舎 8(左)・9(右)(長崎)
▲一般住宅に転用された幹部将校用の官舎

勘の良い方なら第二十一海軍航空廠の記事でお気付きと思いますが、この後しばらく空廠の官舎・工員住宅関係の記事が続き、最後に大きいのを紹介する予定なので暫しお付き合いください。

【探索日時】
平成27年9月26日





第二十一海軍航空廠 工員養成所

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に工員養成所がありました。
二十一空廠 工員養成所 ア 工員養成所 門柱 西から (2)(長崎)
▲西大村中学校の校門として転用されている工員養成所正門

【探索日時】
平成24年11月27日





第二十一海軍航空廠

切支丹大名・大村芳忠の領国だった長崎県大村市に、東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠がありました。
第二十一海軍航空廠 A 第十八倉庫 東から(長崎)
▲海上自衛隊・大村航空基地に遺る補給部第十八倉庫

【探索日時】
平成24年11月27日





相浦海兵團

長崎県佐世保市大潟町に所在する陸上自衛隊・相浦(あいのうら)駐屯地は相浦海兵團の跡地にあります。
相浦海兵團 エ ボートダビット基礎 南東から(長崎)
▲相浦駐屯地内に遺る短艇ダビットの基礎

【探索日時】
平成24年11月29日





大村陸軍墓地 ・ 長崎縣忠霊塔

切支丹大名として有名な大村純忠の居城、長崎県大村市の三城(さんじょう)城跡に大村陸軍墓地、隣接して長崎縣忠霊塔があります。
大村陸軍墓地 I 長崎縣忠霊塔 (3)(長崎)
▲大村陸軍墓地に隣接して建つ長崎縣忠霊塔

【探索日時】
平成24年11月30日、平成27年9月25日





大村聯隊區司令部

長崎県大村市の大村公園(玖島城跡)に大村聯隊區司令部がありました。
大村聯隊區司令部 カ「陸軍所轄」 境界石標(長崎)
▲大村聯隊區司令部跡に遺る境界石標

【探索日時】
平成24年11月27日





大村憲兵分隊

長崎県大村市本町には大村憲兵分隊がありました。
大村憲兵分隊 オ 塀(西側) 南東から~前側10m程はコンクリート塗(長崎)
▲駐車場に遺る大村憲兵分隊の煉瓦塀

【探索日時】
平成24年11月27日





大村陸軍病院/歩兵第二十三旅團司令部/放虎原陸軍練兵場/池田陸軍射撃場

長崎県大村市にあった歩兵第四十六聯隊の兵営に隣接して大村陸軍病院歩兵第二十三旅團司令部放虎原陸軍練兵場池田陸軍射撃場がありました。
第二十三旅團 ア 門柱 南から(長崎)
▲児童養護施設に遺る歩兵第二十三旅團司令部の正門門柱と塀

【探索日時】
平成24年11月27日





歩兵第四十六聯隊

長崎県大村市には歩兵第四十六聯隊の兵営がありました。
兵営では後に歩兵第五十五聯隊歩兵第百四十六聯隊歩兵第百八十八聯隊歩兵第二百二十七聯隊歩兵第二百九十三聯隊歩兵第二百九十四聯隊歩兵第三百六十聯隊歩兵第四百五十四聯隊歩兵第五百十八聯隊が編成されます。
歩兵第四十六聯隊 A 聯隊本部庁舎(現、資料館) 南東から (2)(長崎)
▲陸上自衛隊・大村駐屯地内に遺る聯隊本部庁舎





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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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