当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

大村海軍航空基地 (大村海軍航空隊・第三五二海軍航空隊)

長崎県大村市に霞ヶ浦とともに多くの荒鷲を育てた大村海軍航空基地がありました。
大村海軍航空基地・航空隊  E 廃潤滑油再生米置場 ・D 潤滑油庫 南東から(長崎)
▲陸上自衛隊・竹松駐屯地に遺る廃潤滑油再生米置場(左)・潤滑油庫(右)

【探索日時】
平成24年11月27日・平成27年9月26日





第二十一海軍航空廠 鈴田呂號隧道(空廠本部・會計部・補給部 地下壕)

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南西の山中に鈴田呂號隧道がありました。
第二十一海軍航空廠の遺構紹介もいよいよ最後です。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 扉⑥ト(右)(長崎)
▲隧道内部

【探索日時】
平成24年11月28日





大村海軍病院

わが国初の切支丹大名として知られる大村純忠が治めた長崎県大村市に、大村海軍病院がありました。
ア 大村海軍病院門柱(移設)・顕彰碑(長崎)
▲長崎医療センター構内に移設された大村海軍病院の正門門柱と顕彰碑

【探索日時】
平成27年9月25日





第二十一海軍航空廠 杭出津工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南東側に廠員(工員)の三・四區 杭出津工員住宅がありました。
二十一空廠 杭出津工員住宅 30(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅(30 位置は下掲地図参照)

一ヶ月半に渡り長々と続けてきた第二十一海軍航空廠の工員住宅シリーズでしたが、いよいよ最後です。

【探索日時】
平成27年9月28日





第二十一海軍航空廠 水田工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南東側に廠員(工員)の二區 水田工員住宅がありました。
二十一空廠 水田工員住宅 7(手前)・17(奥)(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅 (7・17 位置は下掲地図参照)

【探索日時】
平成27年9月28日





第二十一海軍航空廠 大佐古工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南東側に廠員(工員)の一區 大佐古工員住宅がありました。
二十一空廠 大佐古工員住宅 3(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 古町工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に廠員(工員)用の五・六區 古町工員住宅、隣接して女子寄宿舎杭出津工員寄宿舎がありました。
二十一空廠 古町工員住宅 58(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅 (58 位置は下掲地図参照)

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 住宅營團諏訪工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に住宅営団の建設した廠員(工員)用の諏訪工員住宅がありました。
二十一空廠 営団諏訪工員住宅 5(長崎)
▲一般住宅に転用された営団工員住宅

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 諏訪工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に廠員(工員)の七・八區 諏訪工員住宅がありました。
二十一空廠 諏訪工員住宅 5(手前)・4(奥)(長崎)
▲一般住宅に転用された工員住宅 (5・4 位置は下掲地図参照)

【探索日時】
平成27年9月27日





第二十一海軍航空廠 池田工員住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に廠員(工員)の九・十・十一區 池田工員住宅がありました。
二十一空廠 池田工員住宅 27(長崎)
▲一般住宅として活用されている2階建の工員住宅

【探索日時】
平成27年9月26日





第二十一海軍航空廠 高等官住宅

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠北側に廠員(文官)の高等官住宅、及び工員の寄宿舎がありました。
二十一空廠 高等官住宅 1(長崎)
▲民家に転用された高等官住宅

【探索日時】
平成27年9月26日





第二十一海軍航空廠 官舎

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠北側に廠員(武官)の官舎がありました。
二十一空廠 官舎 8(左)・9(右)(長崎)
▲一般住宅に転用された幹部将校用の官舎

勘の良い方なら第二十一海軍航空廠の記事でお気付きと思いますが、この後しばらく空廠の官舎・工員住宅関係の記事が続き、最後に大きいのを紹介する予定なので暫しお付き合いください。

【探索日時】
平成27年9月26日





第二十一海軍航空廠 工員養成所

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の東側に工員養成所がありました。
二十一空廠 工員養成所 ア 工員養成所 門柱 西から (2)(長崎)
▲西大村中学校の校門として転用されている工員養成所正門

【探索日時】
平成24年11月27日





第二十一海軍航空廠

切支丹大名・大村芳忠の領国だった長崎県大村市に、東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠がありました。
第二十一海軍航空廠 A 第十八倉庫 東から(長崎)
▲海上自衛隊・大村航空基地に遺る補給部第十八倉庫

【探索日時】
平成24年11月27日





八日市憲兵分遣隊

滋賀県東近江市に所在する世界凧博物館 東近江大凧会館は八日市憲兵分遣隊の跡地にあります。
八日市憲兵分遣隊 ク 陸軍省所轄地 四 (2)(滋賀)
▲大凧会館に遺る「陸軍省所轄地」の境界石標

【探索日時】
平成24年12月27日





第八航空教育隊

滋賀県東近江市に所在した八日市陸軍飛行場及び飛行第三戰隊に隣接し、航空機整備兵の教育を担当した第八航空教育隊がありました。

第八航空教育隊は往年の名俳優・三船敏郎氏が在営していた事でも知られます。
八日市 第八航空教育隊 エ 「陸軍」(滋賀)
▲大昭和紙工産業㈱八日市工場内に遺る境界石標

【探索日時】
平成24年12月27日





飛行第三戰隊

滋賀県東近江市に所在した八日市陸軍飛行場に隣接し飛行第三戰隊がありました。
兵営では後に飛行第七大隊が編成され、飛行第三戰隊が転出した後は第百四教育飛行聯隊(のち第四教育飛行隊)が編成、同飛行隊の転出後は飛行第二百四十四戰隊が移駐して来ます。

飛行第三戰隊は跳飛爆撃を修業し初陣のレイテ航空戦に挑みますが、初回の攻撃で1機を除いて全機未帰還となった悲運の航空戰隊として知られます。
八日市 飛行第三戦隊 イ 隊門(移設) 南西から(滋賀)
▲沖原神社境内に移設されている飛行第三戰隊の営門門柱

【探索日時】
平成24年12月27日





第四師團司令部 近況

先月、飲食店が入る複合施設に改装が決まった第四師團司令部庁舎ですが、近くまで行く用事があったので見てきました。
第四師團司令部(平成29年1月の様子)(大阪陸軍遺構)
▲現在の様子





八日市陸軍飛行場

大凧で有名な滋賀県東近江市に八日市陸軍飛行場がありました。
八日市陸軍飛行場 I 北西から (2)(滋賀)
▲遊歩道沿いに遺る大型機用コンクリート製有蓋掩体壕

【探索日時】
平成24年12月27日、平成26年2月4日





福山陸軍墓地

琴の一大産地として知られる広島県福山市に福山陸軍墓地がありました。
福山陸軍墓地 ス 墓地側から (2)(福山)
▲墓地周辺に遺るコンクリート製の境界石標

【探索日時】
平成24年5月13日





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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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