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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

軍師官兵衛 最終回

昨日をもって今年の大河ドラマ「軍師官兵衛」が最終回を迎えました。





平成28年の大河ドラマは真田信繁(幸村)

先日、再来年の大河ドラマの発表がありました。





大河ドラマ「軍師官兵衛」配役発表

来年の大河ドラマは豊臣秀吉の軍師として名高い黒田孝高(如水、官兵衛)です。
主役の孝高には∨6の岡田准一氏が発表されていましたが、家族や近い人物の配役が発表されました。





再来年の大河ドラマ「軍師官兵衛」に決定

平成26年度の大河ドラマが「軍師官兵衛」に決定したそうです。
言わずと知れた稀代の名策略家黒田孝高(如水)です。





江~姫たちの戦国~ 第五回「本能寺の変」

今回は表題の通り「本能寺の変」が描かれました。





江~姫たちの戦国~ 第四回「本能寺へ」

今回は天正10(1582)年2月に行われた「京都御馬揃え」が描かれていました。





江~姫たちの戦国~ 第3話 信長の秘密

今回は天正7(1579)年9月の所謂「信康事件」の発生と、事件の真相を嗅ぎまわる江と言う内容でした。





江~姫たちの戦国~ 第2話 父の仇

今回は天正7(1579)年、お市の方と3姉妹が安土城落成祝いとして、信長を訪ねるところから始まりました。





天地人 第47回「愛を掲げよ」 最終回

今回は慶長20(1615)年秋の大坂の陣終結直後から、元和5(1619)年の直江兼続死去まででした。






天地人 第46回「大坂城炎上」

今回は慶長19(1614)年秋の大坂冬の陣直前から、同20(1615)年の夏の陣、豊臣家滅亡まででした。






天地人 第45回「大坂の陣へ」

今回は慶長10(1604)年3月の徳川秀忠の将軍就任から、同慶長19(1614)年の方広寺鐘銘事件までと一気に進みました。






天地人 第44回「哀しみの花嫁」

今回は慶長9(1604)年8月の本多政重婿入りから、同慶長10(1604)年秋の娘・於松の死去まででした。






天地人 第43回「実頼追放」

今回は慶長9(1604)年6月の玉丸(のち上杉定勝)誕生から、同慶長9(1604)年9月の大国実頼の高野山追放まででした。






天地人 第42回「将軍誕生」

今回は慶長7(1602)年晩秋から、慶長9(1604)年正月、上杉景勝の正室・菊姫逝去と豊臣秀頼への年始挨拶まででした。






天地人 第41回「上杉の生きる道」

今回は慶長6(1601)年10月の上杉家の出羽国米沢への減封から翌慶長7(1602)年9月12日の樋口惣右衛門(兼豊)死没までの話でした。
ドラマでは冬を越した描写が無かったのですが、年が変わってます






天地人 第40回「上杉転落」

今回は慶長6(1601)年7月の上杉景勝、直江兼続上洛から、8月16日の徳川家康より出羽国米沢30万石への減転封までの話でした。






天地人 第39回「三成の遺言」

今回は慶長5(1600)年9月21日の石田三成補縛から同慶長6(1601)年7月の上杉景勝、直江兼続上洛(ドラマでは兼続のみ先行して上洛)の話でした。






天地人 第38回「ふたつの関ヶ原」

今回は慶長5(1600)年8月の福島正則、池田輝政ら東軍先鋒による岐阜城攻略から同慶長5(1600)年9月29日の上杉勢撤退までの話でした。






天地人 第37回「家康への挑戦状」

今回は慶長5(1600)年3月の上杉家による神指城普請から同慶長5(1600)年7月の小山評定、家康の西進までの話でした。






天地人 第36回「史上最大の密約」

今回は慶長4(1599)年閏3月3日の前田利家病没から同慶長3(1598)年3月10日の石田三成襲撃、三成蟄居までの話でした。






天地人 第35回「家康の陰謀」

今回は慶長3(1598)年3月の上杉家の会津移封から、慶長4(1599)年閏3月の前田利家病没までの話でした。






天地人 第34回「さらば、越後」

今回は慶長2(1597)年9月から、慶長3(1598)年春の上杉家の会津移封までの話でした。






天地人 第33回「五人の兼続」

今回は文禄4(1595)年春の豊臣秀次失脚から、文禄年間末の所謂「五大老」「五奉行」発足までの話でした。






天地人 第32回「世継ぎの運命」

だいぶ遅くなりましたが、今回は文禄2(1593)年8月の文禄の役(朝鮮出兵)における上杉景勝勢の撤退開始、文禄4(1595)年春の豊臣秀次失脚までの話でした。






天地人 第31回「愛の花戦」

今回は天正19(1591)年7月の出羽庄内一揆鎮圧から、文禄2(1593)年6月の文禄の役(朝鮮出兵)における上杉景勝の渡海までの話でした。






天地人 第30回「女たちの上洛」

今回は天正18(1590)年冬の小田原の役後から、天正19(1591)年7月頃の景勝正室・菊姫の上洛までの話でした。






天地人 第29回「天下統一」

今回は天正18(1590)年3月の小田原の役で北国勢が出陣する辺りから、天正18(1590)年冬までの話でした。






天地人 第28回「北の独眼竜」

今回は天正16(1588)年から、天正17(1589)年11月の後北条家の沼田城将猪俣範直による真田領名胡桃城占領までの話でした。






天地人 第27回「与六と与七」

遅くなりましたが、1週間遅れでの記事です
今回は天正15(1587)年10月の新発田重家討伐から、天正16(1588)年の聚楽第での再度の秀吉との謁見までの話でした。






天地人 第26回「関白を叱る」

今回も前回に引き続き上洛中の天正14(1586)年6月中ごろから、帰越の天正14(1586)年6月24日までの話です。






天地人 第25回「天下人の誘惑」

今回も前回に引き続き上洛中の天正14(1586)年6月中ごろの話です。






再来年の大河ドラマは「お江」 

今週の水曜に発表がありました。






天地人 第24回「戸惑いの上洛」

天正14(1586)年5月20日の上杉景勝の上洛出発から同天正14(1586)年6月中ごろまでです。






天地人 第23回「愛の兜」

天正14(1586)年正月から同天正14(1586)年5月の上杉景勝の上洛出発までです。






天地人 第22回「真田幸村参上」

天正13(1585)年閏8月の第一次上田合戦前夜から同年末の合戦終了までです。






天地人 第21回「三成の涙」

前回に続き天正13(1585)年8月の落水の会談です。






天地人 第20回「秀吉の罠」

天正10(1582)年6月13日の明智光秀が敗死したところから天正13(1585)年8月の落水の会談までです。






天地人 第19回「本能寺の変」

天正10(1582)年5月の本能寺の変から天正10(1582)年6月13日の明智光秀が山崎の合戦で敗れ敗走中に土民に襲撃され落命したところまでです。






天地人 第18回「義の戦士たち」

天正10(1582)年4月の織田勢による魚津城攻囲から天正10(1582)年6月3日の魚津城落城直前までです。






天地人 第17回「直江兼続誕生」

天正9(1581)年9月9日の毛利秀広による山崎秀仙、直江信綱殺害事件から天正10(1582)年4月の織田勢による魚津城攻囲までです。






天地人 第16回「武田家の娘」

今回は御館の乱で景虎が自害した直後の天正7(1579)年3月24日から、直江信綱が殺害された天正9(1581)年9月9日の話です。






天地人 第15回「御館落城」

規模小っさ!!な御館の乱もいよいよ終了です。
今回は武田勝頼と景勝が不戦同盟を結んだ天正6(1578)年6月12日から、上杉景虎が自害する翌天正7(1579)年3月24日の話です。






天地人 第14回「黄金の盟約」

遅くなりましたが、先週分です。
今回は前回に引き続き武田勝頼が出陣した天正6(1578)年5月29日頃から、勝頼が同盟締結を受け入れた6月12日の話です。






天地人 第13回「潜入!武田の陣」

今回は天正6(1578)年5月中ごろから、武田勝頼が出陣した5月29日頃の話です。






天地人 第12回「命がけの使者」

今回も前回同様景虎が御館に退いた天正6(1578)年3月24日頃から5月中ごろの話です。






天地人 第11回「御館の乱」

今回は天正6(1578)年3月24日頃から5月中ごろの話です。






天地人 第10回「二人の養子」

今回は天正6(1578)年3月14日頃から24日前後の話です。






天地人 第9回「謙信死す」

今回は天正6(1578)年3月9日の謙信が倒れた日から13日の謙信死去までです。






天地人 第8回「謙信の遺言」

今回は天正5(1577)年閏7月~天正6(1578)年3月5日までです。

兼続は相変わらず謹慎中のため、目立った活躍もなく蟄居が解かれて弟の小国定頼とともに景勝に出仕していました。
謙信が兼続をえらく高く評価していますが、はっきり言って今までの兼続はヘタレなのでこの人物から後の兼続の活躍を見抜くとなると、謙信の眼力は異常なほど優れていますね






天地人 第7回「母の願い」

今回は天正5(1577)年初旬~春頃です。

冒頭で後北条家との係わりが説明されていましたが、上杉景虎の実家であり謙信の関東出兵の最大の原因ともなっているにも関わらず武田家とともにほとんど無視されています。
今後の御館の乱はともかくとして、秀吉の関東征伐はどうするのでしょうか?
また説明では北条氏康が肖像画で登場していましたが、天正5(1577)年はすでに子の氏政の代で、氏康は元亀2(1571)年に亡くなっていますね。

景虎からすれば兄と戦うわけで、その辺りの心の葛藤を描けばまた景虎の人物に厚みが増すように思うのですが?
また謙信が七尾城の攻囲を説く際に、景虎に「助けを求める者あらば、万難を排し駆け付けるのが上杉の務め」と言ってましたが越相同盟中、北条氏康は武田信玄と戦うにあたり何度も出陣を求めましたが、謙信は動きませんでしたね。景虎にしてみれば、お前が言うなぁ~ですね。

今回こそは手取川合戦かと思っていたのに、来週のようですね。






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プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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