当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

竹生島、彦根観光

今日は後輩との観光の最終日です。
彦根城 玄宮園と彦根城
▲国宝「彦根城」天守を借景とした玄宮園







朝8:30に起床し、今日も後輩宅で軽く朝食を済ませ、出発します。

竹生島 (宝厳寺/都久夫須麻神社

途中、渋滞に巻き込まれながら11時ギリギリに観光船乗り場に到着、切符を買って40分かけて竹生島に渡ります。
竹生島  観光船
▲観光船「わかあゆ」号(往復大人3,300円)

竹生島  観光船乗り場
▲乗り場を後にします。

竹生島  湖上からの彦根城
▲湖上から見た彦根城
 麓のホームセンターが残念ですが・・・

竹生島 多景島
▲多景島

竹生島  全景
▲観光船に揺られること40分、竹生島に到着します(写真は帰りのもの)。

竹生島は戦国時代の文献にも度々登場する、歴史の香る島です。

ただ、滞在目安時間が70分(70分後に彦根行きが出発)しか無く、ゆっくり見学と言うワケには行きません。
撮影も何時ものように「人がいなくなるのを待って撮影」とは行きません。
竹生島  島内
▲観光客で溢れる船着場

竹生島  参道
▲入島料(400円)を払い急な石段を登って行きます。

竹生島  鐘楼
▲鐘楼
 参道の途中にあります。

竹生島  本堂(弁才天堂)
▲宝厳寺本堂(弁才天堂)

竹生島  弁才天(本尊)
▲ご本尊の「弁財天」
 元々は「湖上の道を守る神」として信仰されてきましたが、楽器を持っていることから現在は「芸能の神」として参拝される方も増えているそうです。

竹生島  だるま
▲弁天様の幸せ願いダルマ(500円)
 弁天様の中に願いを書いた紙を入れて奉納します。

竹生島  三重塔
▲三重塔
 文明16(1484)年に建立されましたが江戸時代初期に落雷で焼失、平成12年(2000年)に再建されました。

竹生島 モチの木
▲モチノキ
 賤ヶ岳七本槍の1人・片桐且元が「観音堂」の普請奉行を務めた際、記念樹として植えたモチノキ

竹生島  三重塔付近からの景色
▲三重塔からの琵琶湖

竹生島  唐門(国宝)
▲国宝 宝厳寺唐門
 豊臣秀頼が京都・東山の豊国廟から移築したものです。

竹生島  渡廊(重文)
▲重要文化財 宝厳寺船廊下
 宝厳寺観音堂と都久夫須麻神社本殿を結んでいる廊下で、豊臣秀吉の御座舟「日本丸」の船櫓を転用したものと言われます。

竹生島  渡廊(重文) (2)
▲重要文化財 宝厳寺船廊下 下から

竹生島  都久夫須麻神社
▲国宝 都久夫須麻神社拝殿
 伏見城の「日暮御殿」を移築したもので、明治維新後の神仏分離令まで宝厳寺の本堂として使用されていました。

竹生島  都久夫須麻神社 かわらけ投げ
▲都久夫須麻神社 鳥居
 この鳥居に向かって願い事が描かれた「かわらけ」を投げます。

急いで参拝、見学、撮影をしたつもりでしたが、乗船券に書かれた70分を超え乗り遅れた(゜Д゜;) ので、25分後の13:15の便に乗り彦根に帰りました。

公式サイトや乗船券、船内放送でしきりに帰路の時間は決まっている様な事が告げられていますが、特に遅れても問題無いようです。
竹生島  糞害
▲カワウによる糞害
 島の半分がカワウによる営巣と糞で樹木が枯死しており、悲惨なことになっています。

彦根城・玄宮園


続いて彦根城に向かい、遅めの昼ご飯を彦根城南側に伸びる夢京橋キャッスルロードで済ませます。
GWと言う事もあり、どの店も大混雑です。
食事が終わる頃には15時を過ぎており、急いで彦根城に行きます。
彦根城は3回目なのですが特徴の1つである登り石垣を今まで見逃していたので、大手門跡から天守に向かわず米蔵跡(梅園)を回り、これまた行った事の無い庭園・玄宮園に抜けます。
彦根城 外濠
▲外濠

彦根城 内壕(鉢巻・腰巻石垣)
▲内壕の見事な鉢巻・腰巻石垣
 土塁上にあるのが鉢巻石垣、下にあるのが腰巻石垣です。

彦根城 中郭
▲中郭
 残念ながら観光客の少ない北側一帯はあまり整備されていません。

彦根城 西の丸三重櫓下の登り石垣
▲西の丸三重櫓下の「登り石垣」
「登り石垣」は曲輪を目指して登って来る敵の横移動を防ぐため、斜面に登るように築かれた石垣です。
中世城郭に見られる竪堀と同様の防御施設で、国内では洲本城(淡路島)と松山城(愛媛)にしか見られない珍しい施設です。

彦根城 西の丸堀切に繋がる登り石垣 (3)
▲西の丸堀切に繋がる登り石垣
 余り保存状態が良くありません。

彦根城 玄宮園と彦根城
▲彦根城天守を借景とした玄宮園

彦根城 佐和口多聞櫓(外観復元)
▲佐和口多聞櫓(北側は鉄筋コンクリートによる外観復元)

彦根城 佐和口多聞櫓(現存)
▲佐和口多聞櫓(南側は現存)

登り石垣と玄宮園からの天守を撮影していると次第に雨が降り出し、また券売所の表示では天守入場が90分待ちでもあり、閉園時間も間近かったので天守は良い写真が撮れないと判断し、本丸行きは断念しました。
個人的には小さい天守にゴチャゴチャした飾りを付けた彦根城天守は余り好きではないので、天守は見れなくても目当ての登り石垣や本丸を囲む石垣を見れたので満足です。

最後に滋賀縣護國神社を参拝し彦根を後にし、後輩に野洲駅まで送ってもらい帰宅しました。
彦根城も良いですが、すぐ隣にある滋賀縣護國神社もぜひ参拝し、殉国の英霊達に感謝の誠を捧げて欲しいものです。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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