当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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長宗我部国親の文書見つかる

長宗我部国親は元親の父ですが、人物像に不明な点が多い事でも知られています。





国親も巧みな外交 長宗我部家の文書確認 2012年05月18日09時00分


 県立歴史民俗資料館(南国市岡豊町)は寄贈を受けた史料の中から、長宗我部元親の父親で土佐統一の基礎をつくった国親が、勢力拡大に向けた外交戦略の一環で発給したと推測される文書を確認した。現存する国親の発給文書は少なく、その人物像を研究する上でも貴重。19日に同館で開かれる「第3回長宗我部フェス」に合わせて限定公開する。
 文書は縦13センチ、横33・4センチ。筆跡などから、野本亮学芸員は「原本と思われる。一部の研究家の間で存在は認識されていたが、内容は知られていなかった。非常に価値が高い」と評価している。
 国親が激しく軍事行動を展開していた天文16(1547)年付。香美郡の地侍、前田平左衛門に宛てて、土地に関する権利を認める内容が書かれている。
 野本学芸員は、同郡の大部分を支配していた強敵・山田氏を包囲するため、前田氏に土地を保障し、味方に引き込んだ可能性を指摘。「元親も外交上手として有名だが、親の代から巧妙に行われていたようだ」としている。
 同文書は、香美市の故・秦親公さんから昨年度に寄贈された260点の一つ。長宗我部氏関連ではほかに、幕末から明治期の絵師、河田小龍が描いた元親像の版画、元親の長男信親の文書(写本)、元親と四男盛親の連署状(写本)の3点も確認。随時公開するという。(高知新聞

一昨年の年末にも国親に加え、元親、信親(元親長子)、盛親(元親四子)、香宗我部親泰(元親弟)の書状が見つかりましたが、それとはまた別の文書です。

国親は一条房家の支援により滅亡していた長宗我部家を再興、その後勢力を回復して行きますが、「智将」と言うよりは「猛将」のように思われがちです。
某シミュレーションゲームでも最近こそ智謀や政治が高めに設定されるようになって来ましたが、一昔前までは両方ともまぁまぁの数値で、戦闘系の数値のみそこそこに設定されていました。

謎が多い長宗我部国親(元親の父)の人物像ですが、新たな文章が見つかり、また一歩人物像解明に近付いたのではないでしょうか。
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Author:盡忠報國
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 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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