当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

長崎旅行 3日目

11月27日・28日・29日・30日の4日間行って来た長崎旅行の3日目です。
大浦天主堂(長崎旅行)
▲大浦天主堂(国宝/長崎市)






少し大きい文字朝6:00に起床、昨日に続き早朝の探索に出かけます。

軍跡探索

※詳細は後日、ご紹介したいと思います。
まずは佐世保陸軍墓地跡の逢坂公園に向かいます。
が、車では近付くことができない場所のため、近くまいき歩いて公園まで行きます。
完全に公園化されており、植え込みの中に移設されたと思われる境界石標が1本あるだけでした。

続いて佐世保海軍墓地に向かいますが、途中から雨が降り出して来ました。
到着すると近所の人がラジオ体操をしていました・・・
しばらくすると解散したので、見学に向かいます。
墓地内には多くの個人墓標があり、有名な英霊としては『勇敢なる水兵』の三浦虎次郎三等水兵、『広瀬中佐』の杉野孫七上等兵曹が眠ります。
また、戦後に建立された佐世保鎭守府所属艦艇、部隊の慰霊碑が多数建立されています。
佐世保海軍墓地(長崎軍跡)
▲佐世保海軍墓地

続いて千尽町一体に遺る佐世保海軍軍需部の倉庫を見学に向かいます。
倉庫は全て民間企業に転用されていますが、現在でも10棟程が現役で使用されています。
また、周辺の斜面には閉鎖されていますが地下壕も遺ります。
時間があればゆっくり探索、民間企業に交渉し億まで入らせてもらうのですが、次第に雨が激しくなってきたため道路からの撮影にとどめました。
佐世保海軍軍需部 F 北から(長崎軍跡)
▲佐世保海軍軍需部 倉庫

最後に矢岳町に遺る佐世保鎭守府文庫に向かいます。
建物は現在、佐世保市森林組合が借りて入っています。
職員の方の了解を取り敷地、玄関まわりを探索させて頂きました。
雨が降り足元が悪いなか探索すると、建物の裏に小さい建物、さらにその先の斜面に「貯水所 佐世保鎭守府」と刻字された煉瓦貯水施設、建物横には防空壕3ヶ所、周辺に海軍用地の境界石標4本、錨印の止水栓蓋がありました。
佐世保鎮守府文庫 C 北から(長崎軍跡)
▲佐世保鎮守府文庫

ここで9時になったので友人をホテルに迎えに行きました。
予定ではこの後、残りの佐世保探索をする予定でしたが、あいにくの天候のため相浦駐屯地に向かいました。

相浦駐屯地 0956-47-2166

2週間前までに事前連絡のうえ日程調整、入場無料

相浦駐屯地は大東亜戰争停戦まで「相浦海兵團」(昭和16年から)がありました。
戦後、米軍に接収され訓練場となり、昭和30(1955)年8月、米軍から返還され10月、相浦駐屯地が開設されました。

現在は第3教育団、西部方面普通科連隊等が駐屯し、日夜我が国の平和を護っています。

当駐屯地には資料館がありませんが、敷地内に海兵團時代の遺構、干拓時代の史跡が遺されています。
まずは広報室でお茶を頂き、広大な駐屯地のため車で駐屯地を広報の方とともに巡ります。

海兵團時代の遺構として建物2棟、庭園、地下壕跡、ボートダビット跡、水練用の水門、干拓時代の遺構として水門、自然の造形である亀の甲羅石などを1時間半ほどかけて見学しました。
相浦海兵團 A 写真講堂 南東から(相浦駐屯地)(長崎軍跡)
▲寫眞講堂(現、映写講堂)

相浦海兵團 い 亀の甲羅石(相浦駐屯地)(長崎旅行)
▲亀の甲羅石

相浦海兵團 う 大潟新田水門(相浦駐屯地)(長崎旅行)
▲大潟新田水門

お忙しい中、また天候の悪い中かなり無理を効いて頂き御案内して頂いた広報のOさん、駐屯地の方、ありがとうございました。
この場を借りてお礼申し上げます。

この後、予定では小串の海軍水雷學校 川棚魚雷艇訓練所跡、諫早海軍航空隊跡を訪ねる予定でしたが、あいにくの天候のため断念、高速で一気に長崎市内に直行します。


長崎新地中華街 【公式サイト】

駐車場無し(近隣に有料駐車場多数)
新地中華街(長崎旅行)
長崎の中華街は神戸の中華街より若干小さいものの、店舗が密集していて昼食とお土産選びには程良い広さです。

車を有料駐車場に停め、一番奥にある会楽園で食事を摂ります。
僕は五目焼きそば、友人は太平燕を食べました。
五目焼きそば(長崎旅行)
▲五目焼きそば

太平燕(長崎旅行)
▲太平燕(春雨麺)

僕は硬麺が苦手なので五目焼きそばを頼んだのですが、出て来た料理は硬麺の焼きそばでした(^_^;)
しかし、具材たっぷりで美味しかったです。
単なる食わず嫌いだったのかも知れません。

食後はお土産などを見て、大浦天主堂に向かいました。


大浦天主堂(日本二十六聖殉教者天主堂) 【公式サイト】

8:00~6:00、大人300円、駐車場無し(近隣に有料駐車場多数)
大浦天主堂(長崎旅行)
▲大浦天主堂(国宝)
 内部は撮影禁止でした。

文久3(1863)年1月22日、パリ外国宣教会フューレ神父が来崎、2月14日、南山手の外国人居留地に隣接した現在地を入手、プチジャン神父の協力を得て、ジラール、フューレ両神父の設計図をもとに、12月、熊本県天草出身の棟梁・小山秀と契約し天主堂建立を開始しました。
天主堂は守護の聖人たちの殉教地である西坂に向けて建てられ、元治元(1864)年12月29日、俊工、慶応元(1865)年2月19日、祝別式を行い『日本二十六聖殉教者天主堂』と命名して落成しました。
明治12(1879)年、外壁を煉瓦構造に、間口を・奥行きを拡張、当初の2倍の大きさに増築しゴシック建築様式にしました。
昭和8(1933)年1月23日、国宝に指定されます。
昭和20(1945)年8月9日、原爆により屋根、正面大門扉、ステンドグラスその他の部分に甚大な被害を受けましたが、昭和27(1952)年6月30日、国庫補助により修復工事が開始、昭和32(1957)年、完了しました。
昭和28年(1953)3月31日、文化財保護委員会によって、再度国宝に指定されました。

我が家は仏教徒ですが、僕はカトリック系の幼稚園に通っていた事もあり、教会の雰囲気は当時を思い出し懐かしい気持ちになります。

天主堂は煉瓦造ですが表面は漆喰で白く塗られています。
大浦天主堂司祭館(長崎旅行)
▲天主堂に隣接する司祭館
 こちらも煉瓦造の古い建物です。


グラバー園 【公式サイト】

8:00~18:00(通常)、年中無休、入園600円、駐車場無し(近隣に有料駐車場多数)

南山手、東山手を中心に建築された洋館をグラバー、リンガー、オルトの旧邸があった敷地に移設、保存するためにグラバー園が作られました。
グラバー通り(長崎旅行)
▲グラバー園に続くグラバー通り
 土産物屋が軒を連ねますが、生憎の雨で人影もまばらです。

雨が降ったり止んだりと生憎の天候でしたが、建物の中に入れるのでそれほど苦にならず一通り見学、周辺のお土産屋で土産を見たりして普通の観光を楽しみました。
旧長崎地方裁判所長官舎(長崎旅行)
▲旧長崎地方裁判所長官舎

旧三菱第2ドックハウス(長崎旅行)
▲旧三菱第2ドックハウス
 明治29(1896)年築。

旧リンガー住宅(長崎旅行)
▲旧リンガー住宅(国重要文化財)
 フレデリック・リンガーの旧邸、明治2(1869)年竣工。

旧オルト住宅(長崎旅行)
▲旧オルト住宅(国重要文化財)
 ウィリアム・ジョン・オルトの旧邸、慶応元(1865)年竣工。

旧自由亭(長崎旅行)
▲旧自由亭
 明治11(1878)年築。

旧グラバー邸 パノラマ写真(長崎旅行)
▲旧グラバー邸(国重要文化財)
 トーマス・ブレーク・グラバーの旧宅、我が国最古の木造洋風建築。
昭和14(1939)、戦艦武蔵の建造を秘匿するため、三菱重工業・長崎造船所を見下ろす立地の同宅を三菱重工業が買収、昭和32(1957)年、同造船所の創業100周年記念として長崎市へ寄贈されました。

旧グラバー邸の隠し部屋(長崎旅行)
▲有名な旧グラバー邸の隠し部屋
 鏡で反射させて見学する仕組みです。

電話ボックス(長崎旅行)
▲電話ボックスも洋風です。

フリーメイソン・ロッジの門(長崎旅行)
▲フリーメイソンの印がある門柱
 グラバーや坂本龍馬はフリーメイソンの一員と言われています。

我が国最古のアスファルト道路(長崎旅行)
▲我が国最古のアスファルト道路


矢太樓(宿泊) 【公式サイト】

夜景で有名な観光ホテルの矢太樓に泊まります。
食事処での夕食、部屋を選べないの制約はありますが、宿泊代が半額の特別プランを利用しました。
料理は柳川鍋、ちゃんぽん付きの和洋懐石で、特に海の物が美味しかったです。
晩御飯(長崎旅行)

晩御飯 (2)(長崎旅行)

晩御飯 (3)(長崎旅行)

ただ、このホテルは本館と南館からなっているのですが斜面に建っているため、本館と南館で行ったり来たり、上がったり下がったりと非常に分かりづらく混乱する造りになっています。
年配の方がエレベーター内で混乱しているのを何度も目にしました(^_^;)
ホテルからの夜景(長崎旅行)
▲ホテルからの夜景
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カテゴリ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カウンター
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。


●Facebookやってますので本名ご存知の方はぜひ。
目印は水木しげる先生風の自画像です(笑)

検索フォーム
リンク
地図・史資料
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
ライオンズニュース
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる