当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

高射第二師團 伊勢離宮高射砲陣地

三重県伊勢市中村町の伊勢離宮予定地跡地に、伊勢神宮を御護りするための高射砲陣地がありました。
伊勢離宮 高射砲陣地 全景 南東(三重 宇治山田)
▲高射砲座に遺る砲側弾薬置場

表題は「伊勢離宮 高射砲陣地」としていますが、正式な名称は不明です。

【探索日時】
平成21年7月15日






伊勢離宮 高射砲陣地周辺
伊勢離宮 高射砲陣地 国土地理院(231217)NI-53-9-6(三重 宇治山田)
▲昭和23(1948)年12月17日の空撮(国土地理院 NI-53-9-6)
 中央の削平地が伊勢離宮用地
 現存の砲座(砲側弾薬置場)の南西にも1基砲座の様な物が見えます。


遺構について※青字は地図にリンクしています
伊勢離宮 高射砲陣地
昭和16(1941)年7月11日、国土防空を一元管理する防衞總司令部(山田乙三大将、東京)が新設され、東部軍、中部軍、西部軍、北部軍、朝鮮軍、臺灣軍を区処下に置き、20日、区処下の各軍に対し『國土防衞作戰計畫要項』を示達します。

7月下旬、中部軍は『要項』により臨時編成された防空部隊を中部軍管區内の要地に配置、宇治山田地区には獨立高射砲第九中隊(七糎野戰高射砲×4)が配置(場所不明)されます。

昭和20(1945)年2月28日、三重県は京都師管區から名古屋師管區に移管されます。

4月5日、獨立高射砲第五大隊が編成(津田惣一少佐)され、名古屋高射砲隊(入江莞爾少将、5月10日、高射第二師團に改編)隷下となり宇治山田に配備(配備は2月から逐次)され伊勢神宮の防空にあたるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

伊勢離宮陣地は、昭和20(1945)年2月頃より築造が開始され、備砲されました。
停戦後、伊勢離宮用地は払い下げられ住宅地、学校、畑になっています。

宇治山田市には獨立高射砲第五大隊(高射砲3個、各中隊九九式八糎高射砲x6・照空1個)の他、名古屋師管區司令部(鷲津鈆平予中将、名古屋)隷下の伊勢警備隊機關砲大隊(機關砲6個中隊、各中隊ソキ砲(双聯二十粍高射機關砲)x3)が配備され伊勢離宮用地、虎尾山、徳川山、朝熊山、御薗町、高倉山、伊勢神宮付近に展開し伊勢神宮の防空にあたっていた様です。


砲側弾薬置場
伊勢神宮の内宮の北2km、伊勢離宮(皇族方のご宿泊所)に高射砲1基分3個の砲側弾薬置場が遺されています。
弾薬置場が3個である事から、獨立高射砲第五大隊が装備していた九九式八糎高射砲の物と思われます。
伊勢離宮 高射砲陣地 西側弾薬置場(三重 宇治山田)
▲弾薬置場の大きさは幅3.5×奥行2.0×高1.5m、コンクリート厚13㎜です。

伊勢離宮 高射砲陣地 東側弾薬置場(三重 宇治山田)
▲3個中1個は正面を塞ぐように壁が付いた変わった形状をしています。
 通常、砲側弾薬置場は湿気防止も兼ねて内部は板張、正面は引き違い戸が付くのですが、この形状では砲弾の出し入れも面倒ですし、どの様に使われていたのか興味深いです。

本来、1個中隊6門編制なので、この3個1組の弾薬庫が6組あったはずですが、現状この1組しか遺っていません。
伊勢離宮用地は大正期より用地買収が行われており、かなり広大な敷地且つ高台にあったので、高射砲陣地には最適だったと思われます。
土地の方の話によるとかつては現存の弾薬置場の他にも何個か遺っており、斜面には地下壕もあったそうですが、開発により破壊されてしまったそうです。

砲座がどのように配備されていたか、国土地理院の空撮も解像度が低く判別できず不明です。


主要参考文献
『高射戦史』(昭和53年 下志津(高射学校)修親会)
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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