当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

玉島防空高角砲台

岡山県倉敷市玉島乙島(おとしま)の高山には玉島防空高角砲台がありました。
玉島防空高角砲台 A 砲座 東から(岡山倉敷)
▲コンクリート製砲座

【探索日時】
平成20年7月28日、平成24年3月20日






装備・展開部隊について
『兵器需品目録 倉敷海軍航空隊』(『引渡目録』)によると

九八式十糎聯装高角砲 2基
三式陸用高射装置 1組
四式射撃装置 1基
電波探信儀 1個

が配備されていた様です。
空母「大鳳」、軽巡「大淀」、駆逐艦「秋月型」に搭載されていた新鋭の通称「長十糎砲」が据付けられ、射撃用電探も配備されており、三菱重工業㈱水島航空機製作所を防衛する防空砲台の中で最も強力な砲台だった事が伺えます。

『引渡目録』によると水島航空機製作所防衛の防空砲台は当地の他に高角砲台中畝(十年式十二糎高角砲4/二米測距儀1/二式陸用高射装置1)、王島山(倉敷空隊内含、八八式七糎野戰高射砲6/九七式二米高角測距儀1//八八式七糎野戰高射砲1)、機銃砲台が製作所内(二十五粍聯装機銃6二十五粍三聯装機銃3)にあり、
『倉敷の戦争遺跡マップ』・『岡山の戦跡』によると上記に加えさらに高角砲台東塚(型式不明5)、連島(型式不明5)、機銃砲台亀島山(型式・門数不明)にありました(聽測照射所は略)。
前者は停戦時の最終時配備、後者は配備当初の位置(のち移動)も含んでいると思われます。

当地に配備されていた部隊は資料が無く不明です。
『呉海軍警備隊戰時日誌 昭和二十年一月』に呉海軍警備隊第八十三分隊(廣田秀敏少尉)、同八十四分隊(石橋謙一少尉)が「倉敷空應急砲台、同第二應急砲台」(七高10門)に派遣されているものの備砲が異なる事から、これらの分隊では無く、倉敷海軍航空隊定員分隊の砲術科では無いかと思います。


行き方について
当砲台に行くには2通りの行き方があります。
東側(水溜公会堂横に3台程駐車場あり)は後述の倉敷市によって建てられた説明板があります。
説明板の横の小道から墓地の脇を抜け、三宝荒神宮に至り、社の裏の小道を進むと電探のあった削平地キに出ます。
西側は(主要道から入った道に路駐)民家の車庫脇から竹林に入る道を登ると、右側に地下弾薬庫L、窪地KJIがあり削平地キに出ます。
当然、後者をお薦めします。
玉島防空高角砲台 西側の登山道(岡山倉敷)
▲西側の登山道入口

また、探索の際は毎年1月頃に地元民が掃除してくれているので、2~4月に行くのがお薦めです。
玉島防空高角砲台 A 砲座 夏の惨状(岡山倉敷)
▲冬季は扉写真の様に綺麗ですが、夏季はこの様な有り様です。


遺構について※青字は地図にリンクしています
(名称については登り口の説明板を参照にしています)
玉島防空高角砲台 砲台 見取図(岡山倉敷)
▲玉島防空高角砲台 見取図(一部推定含む)

玉島防空高角砲台 説明板の地図(岡山倉敷)
▲説明板Mの見取図

ア 山頂削平地
高山山頂の削平地に砲座2基が遺ります。

A 砲座
山頂削平地を竪穴式に掘り下げ、砲座を形成しています。
法面はコンクリートで補強され直径9mあり、全周12ヶ所に砲側弾薬置場と思われる開口部、北東側に130㎝巾の出入口が築造されています。
玉島防空高角砲台 A 砲座 北東から(岡山倉敷)
▲写真左側が三菱重工業㈱水島製作所方向

玉島防空高角砲台 A 砲座内部から入口(岡山倉敷)
▲砲座出入口

夫々の開口部の寸法は
1・・・幅110x奥140x高64cm
2・・・155x55x135
3・・・100x155x90
4・・・160(-30)x210x115
5・・・165x56x137
6・・・103x153x64
7・・・143x206x73
8・・・126x52x140
9・・・100x152x70
10・・105x50x112
11・・140x225x60
12・・111x153x76
で、2・5・8・10は他の開口部より奥行が無く、砲弾の仮置場だったのかも知れません。
玉島防空高角砲台 A砲座内部 8・9・10・11・12(岡山倉敷)
▲開口部8・9・10・11・12(左から)

玉島防空高角砲台 A砲座 3砲側弾薬庫(岡山倉敷)
▲3開口部(巾100x奥155x高90㎝)

玉島防空高角砲台 A砲座 5開口部(岡山倉敷)
▲5開口部(巾165x奥56x高137㎝)

砲床は土の流出ですり鉢状になっていますが1~6にかけての端の部分にコンクリートaが遺っており、当時は砲床全面がコンクリート貼りだった様です。
玉島防空高角砲台 A 砲座内部 北東から(岡山倉敷)
▲開口部1~6付近に遺るコンクリート砲床

玉島防空高角砲台 砲座から水島方向(岡山倉敷)
▲A砲座から水島方向を望む


B 砲座
A砲座同様に山頂削平地を竪穴式に掘り下げ、砲座を形成しています。
法面は土製で一部石垣による土留めbdcがされ直径10.5mあり、北側に4基の砲側弾薬置場と思われるコンクリート製開口部が築造されています。
玉島防空高角砲台 B 砲座 南から (2)(岡山倉敷)
▲南側から

玉島防空高角砲台 B 砲座 南から(岡山倉敷)
▲土留の石垣

砲側弾薬置場4基はほぼ同寸で幅150x奥220、天板15cm厚、側壁厚30cmです。
玉島防空高角砲台 B砲座 1砲側弾薬庫(岡山倉敷)
▲殆ど埋まっている1砲側弾薬置場

玉島防空高角砲台 B砲座 4砲側弾薬庫(岡山倉敷)
▲最も状態の良い4砲側弾薬置場

内部は土砂でかなり埋まっているため掘り返せば、南側にも砲側弾薬庫や石垣が遺っている可能性があります。

工期短縮のためとも考えられますが、同じ砲台で砲座の形状がなぜ異なっているのか不明です。


イ・ウ・エ 削平地
砲座南側には巾3~5mの削平地が段々にあり、ア・ウ間に石垣土留めC、ウ・エ間に同Dがあります。
玉島防空高角砲台 C 石垣 イ・ウ接続部(西側)(岡山倉敷)
▲ア・ウ間の石垣土留めC

玉島防空高角砲台 D 石垣 (3)(岡山倉敷)
▲ウ・エ間の同D

平成20年に探索時はアからイに降りる通路にコンクリート補強があった様に思うのですが、平成24年には無くなっていた様に思います。
玉島防空高角砲台 イ 削平地下り口のコンクリート構造物(岡山倉敷)


オ・カ 削平地
砲座西側の一段低い場所に竹藪になった広い削平地がありましたが、後で探索しようと思ってそのまま帰ってしまいました・・・


キ 削平地
砲座北側から北西に伸びる削平地には射撃用電探や井戸、兵舎が設置されていた様です。

G 電波探信儀跡?
半円形の土塁が遺っています。
電探設置の窪地の跡でしょうか?
玉島防空高角砲台 キ 削平地(電探) 北西から(岡山倉敷)
▲削平地キと土塁G(左の高まり)

H 旭井?
土塁Gの北側に池がありますが、説明板にある井戸(旭井)でしょうか?
玉島防空高角砲台 H 旭井 南から(岡山倉敷)


ク 削平地
祠のある削平地ですが、石組みの構造物があります。
単なる祠の囲いか、何かの遺構か不明です。
玉島防空高角砲台 ク 削平地にある石組み(不明?)(岡山倉敷)
▲この様な石組みが崩れているのも含め3基程あります。


ケ 削平地
祠のある削平地に至る通路沿いの斜面下に下記E・Fの遺構が遺ります。
玉島防空高角砲台 F のある削平地を西上から(岡山倉敷)
▲この小道左側の削平地に下記の遺構があります。

E 発電機室
直径10m程の円形窪地で、斜面下に向かって出入口があります。
説明板では「発電所設置跡」となっています。
玉島防空高角砲台 E 窪地 南から(岡山倉敷)
▲南から

F 方形窪地
通路の一段下の削平地に方形窪地2ッを通路で連結した凹型の窪地があります。
詳細は不明です。
玉島防空高角砲台 F 窪地 内部 南東から(岡山倉敷)
▲何だか分からない写真ですが、方形窪地の内部から北西方向


IJK 窪地
西側の登山道の途中にあります。
Iは半円形、Jは三角形で砲座のある尾根線に接続、Kは三角形で、いずれもも詳細は不明です。
玉島防空高角砲台 J 窪地 西から(岡山倉敷)
▲J 西から

玉島防空高角砲台 K 窪地 北から(岡山倉敷)
▲K 北から

L 弾薬庫
入口が半分埋まっていますが、進入可能です。
入口は幅160x奥210x高210cmで、コンクリート厚は両側25、天井70cmです。
玉島防空高角砲台 L 弾庫 入口(岡山倉敷)
▲登山道から少し入った位置にあります。

玉島防空高角砲台 L 弾庫 入口 内部から(岡山倉敷)
▲入口を内部から

入口の上部に内寸16㎝の換気口が3本あります。
玉島防空高角砲台 L 弾庫 入口上部の通気口(岡山倉敷)
▲入口上部にある換気口

弾薬庫内寸は幅294x奥980x高320cmで、壁面の高さ150cmに柱固定用と思われるボルト(奥2、両側8本づつ)、床面両側に10cm程の排水口があります。
玉島防空高角砲台 L 弾庫 内部 入口から(岡山倉敷)
▲入口から内部

玉島防空高角砲台 L 弾庫 内部 奥から(岡山倉敷)
▲奥から入口


M 説明板
水溜公会堂脇に倉敷市の建てた説明板があります。
玉島防空高角砲台 M 説明板(岡山倉敷)
倉敷市は共産党が精力的に軍跡への説明板設置を働きかけている様ですが、共産党主導にしては非常にまともな内容で、大阪市や天理市とはえらい違いです。
ただ、内容はともかく備砲が九八式十糎聯装高角砲では無く「十二.七センチ高角砲」になっていたり、砲座が「三基」になっていたり事実誤認が多いのは問題です。


主要参考文献
『兵器需品目録 倉敷海軍航空隊』(アジア歴史資料センター C08011140100)

『呉海軍警備隊戰時日誌 昭和二十年一月』(アジア歴史資料センター C08030475300)

『倉敷の戦争遺跡マップ』(平成22年1月 倉敷市)

『岡山の戦跡』(平成21年10月 岡山県教職員組合教育運動センター)  
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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