当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

黒崎 防空監視哨

岡山県倉敷市玉島黒崎沙美西の水島灘に面した標高100mの山頂に黒崎防空監視哨がありました。
黒崎 防空監視哨 A 聴音壕 南西から(岡山倉敷)
▲黒崎防空監視哨の聴音壕

【探索日時】
平成24年3月22日






遺構について※青字は地図にリンクしています
黒崎 防空監視哨 玉島黒崎 防空監視哨(岡山倉敷)
▲防空監視哨までの行き方(詳細は後述)と周辺図、聴音壕詳細図

黒崎防空監視哨
黒崎防空監視哨の設置時期や監視哨員については資料が無く不明ですが、他の防空監視哨の例から付近の青年団、警防団の協力で建設され、近隣の町村から選抜して編成されたと思われます。

倉敷には当地の他に判明しているだけで下津井、足高(ともに遺構無し)、詳細不明の場所が味野、連島、玉島に、岡山県下では足守、金川、周匝、日生、和気、牛窓、宇野、笠岡、北木島大浦、井原西江原、井原、宇戸、矢掛、高梁、成羽吹屋、津山、奥津、勝山、湯原、新庄、勝間田、真加部、大原、加美に、未確認の物が岡山京山、医大、西大寺金岡、瀬戸、福渡、笠岡、総社、高梁有漢、成羽東遊山、新見、津山加茂、久米坪井、真庭蒜山、美作林野に設置されていました。

各防空監視哨では、敵機を発見次第「発見時刻、方位、敵味方、機数、高度、方向」を電話で所轄の警察署に連絡しました。
敵機の情報は警察署から岡山県警察警防課、さらに岡山県監視隊本部(県庁)を経由し、第三十五航空情報隊(大阪)に伝達され、女子通信隊が鍵盤(スイッチ)を操作すると中部軍管區司令部(兼第十五方面軍)の参謀が詰める作戦室の情報盤(日本地図)に情報が投影、各参謀は伝えられた情報から敵状を判断し方面軍から隷下防空部隊に邀撃の命令、放送隊が警戒警報、空襲警報等のラジオ放送を行いました。

A 聴音壕
標高100mの山上にコンクリート製の聴音壕が完存しています。
黒崎 防空監視哨 A 聴音壕 南西から(岡山倉敷)
▲聴音壕 南西から

牛窓防空監視哨(岡山倉敷)
▲牛窓防空監視哨(屋根が付いている場所が聴音壕)
 黒崎も牛窓同様に屋根が付いていました。

内径は300cm×高さ175cmの半地下式で、コンクリート厚23cmあります。
黒崎 防空監視哨 A 聴音壕 西から(岡山倉敷)
▲聴音壕 近影

内部の4ヶ所に椅子(幅48x奥48x高27cm)があり、椅子間の壁面に2ヶ所づつ8ヶ所(幅8cm)の溝(柱の溝か?)、南東のみ21x6cmの切込があります。
黒崎 防空監視哨 A 聴音壕 内部 西から(岡山倉敷)
▲聴音壕内部にある椅子

黒崎 防空監視哨 A 聴音壕 内部 東側(岡山倉敷)
▲聴音壕内部の柱跡

聴音壕は内部・外部とも雑木、雑草に覆われており入れない状態でしたが、掃除して入ってみると驚くほど飛行機の音が良く聞こえ驚きました。
愛用の鎌を直前の玉島乙島の防空砲台で落としてしまい、掃除に苦労しました・・・。


B 事務所跡
聴音壕の一段低い北西の削平地に崩壊していますが、コンクリート基礎があります。
各種防空監視哨の資料に見られる、待機所兼事務所跡の様です。
黒崎 防空監視哨 B 基礎 北側 西から(岡山倉敷)
▲北側の基礎

黒崎 防空監視哨 B 基礎 東側 南西から(岡山倉敷)
▲東側の基礎


防空監視哨への行き方
黒崎 防空監視哨 玉島黒崎 防空監視哨(岡山倉敷)
▲防空監視哨までの行き方
『倉敷の戦争遺跡マップ』には「水島方面と瀬戸内海が一望できる標高約100mの山上に・・・」と記載されていたので、「防空監視哨適地」・「玉島黒崎」・「標高100mの山上」を頼り地図から場所を割り出し、等高線の状態から登山道を設定すると同時に、倉敷市に問い合わせました。

探索前日になり倉敷市から回答があったのですが、その位置は僕が割り出した場所の尾根線伝いに西に500m行った標高174mの山頂でした。

多少の疑問はあったものの踏査した方が言うのであればと思い、教示された山頂を目指すため山の北側にある溜池付近に車を停めます。
①山奥公会堂へ抜ける山道(周辺は造成され山肌がかなり削られています)の途中に斜面に登る手掘りの階段があるので、そこを登り尾根線に取り付きます。

②中国電力の鉄塔保守道が何となくあり、左手に物置を見ながら鉄塔を目指します。

③途中、道がシダに覆われ不明瞭になりますが、進めない程では無いので鉄塔を目指します。

④1本めの鉄塔に到着、さらに2本目の鉄塔を目指します。

⑤2本目に至る道は比較的明瞭だったと思うのですが、帰りに見失い西建設倉庫方向に下りてしまいました。

⑥174m山頂は奇岩景勝地になっている様ですが、肝心の聴音壕がありません。
散々探し回っていたところ、近所の登山者に遭遇したので、聞いてみたところ、僕が最初に目星を付けた標高100mの位置に「砲台」があるとの事です。
正しくは「聴音壕」である事、その使用方法等を伝え、遺構を目指します。

⑦尾根線沿いに赤いリボンが付いているので、ひたすら進みますが500mの間、終始道が不明瞭になります。

⑧標高100mの地点の防空監視哨に到着します。

⑨東側に不明瞭な山道があったので、こちらが正規の登山道と思われます。


主要参考文献
『倉敷の戦争遺跡マップ』(平成22年1月 倉敷市)

『岡山の戦跡』(平成21年10月 岡山県教職員組合教育運動センター)
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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