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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

高槻憲兵分遣隊

大阪府高槻市の高槻城祉に高槻憲兵分遣隊がありました。
高槻分遣隊 ウ 「陸軍?」 南から (2)(高槻)
▲境界石標

【探索日時】
平成25年9月27日





工兵第四聯隊周辺の陸軍施設配置
工兵第四聯隊 高槻(大正11測図・昭和4鉄道)部分(着色)(高槻)
▲昭和4年頃の地図(大正11測図・昭和4年鉄道書込 大日本帝國陸地測量部)

工兵第四聯隊 工兵第四聯隊(23331)兵営(高槻)
▲昭和23年3月31日の工兵第四聯隊兵営周辺の空撮(国土地理院 NI-53-14-7)
 ※空撮は加工しています。

工兵第四聯隊 工兵第四聯隊(現在)1(高槻)
▲現在の地図に施設を転写

※緑文字が当記事の紹介施設
①工兵第四聯隊 兵営
②大阪陸軍病院 高槻分院
③高槻陸軍練兵場
旧高槻憲兵分遣隊
高槻憲兵分遣隊
(昭和11年12月23日移転)
⑥高槻陸軍墓地
⑦高槻陸軍射撃場
⑧高槻工兵作業場
⑨高槻工兵演習場・架橋材料庫


遺構について
※青字の遺構は地図とリンクしています。
⑤ 高槻憲兵分遣隊
明治40(1907)年9月、工兵第四大隊の京都から大阪府三島郡高槻町(現、高槻市)への移転が決定、明治41(1908)年初旬、兵営の新築が開始されたのに伴い、10月26日、『陸普第五〇四三號』により大阪憲兵隊大阪憲兵分隊管下に高槻憲兵分遣所の設置が決定、分隊内で事務を開始、明治42(1909)年2月、高槻町に憲兵分遣所庁舎(敷地330坪)が竣工(④の位置)し、大手前から分遣所が移転してきます。
昭和3(1928)年8月15日、大阪憲兵分隊は大手前憲兵分隊に改称、高槻憲兵分遣所も大阪憲兵隊大手前憲兵分隊高槻憲兵分遣所に改称します。
昭和4(1929)年4月17日、「分遣所」は「分遣隊」に改称され高槻憲兵分遣隊に改称します。

昭和11(1936)年12月23日、高槻憲兵分遣隊敷地が大阪-京都間計画路線(現、国道171号線)にかかるため、高槻町有地(旧高槻尋常小學校跡地、622坪)と交換、移転します。

昭和20(1945)年3月30日、大阪憲兵隊は中部憲兵隊司令部に改編、高槻憲兵分遣隊は中部憲兵隊司令部大手前憲兵分隊高槻憲兵分遣隊に改称、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

8月28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定(大正11年1月28日、勅令第十五號『國有財産法施行令』)により敷地・建物は内務省を通じ大蔵省に移管、大阪財務局の管理下に置かれ、昭和22(1947)年12月7日、高槻商工会議所が建物・敷地を借受け移転してきます。
昭和26(1951)年4月21日、大蔵省により憲兵分遣隊跡地北側の一部が民間に売却、昭和27(1952)年12月6日、跡地南側前部が商工会議所に売却、昭和33(1958)年、跡地西側に商工会議所庁舎が増築(憲兵分遣隊庁舎半壊)、昭和35(1960)年3月21日、憲兵分遣隊庁舎(東側残余分)を含む東側跡地が民間に売却され現在に至ります。
高槻分遣隊 商工会議所60年史(高槻)
▲商工会議所になった高槻憲兵分遣隊庁舎
 現在はマンションになってしまい、建物は遺されていません。

ウ 境界石標
ほとんど埋まって文字は見えませんが大きさ(20㎝角)が営門脇に移設されている境界石標と同等な事から、刻字は「陸軍」と思われます。
高槻分遣隊 ウ 「陸軍?」 南から(高槻)
▲頂部の境界方向を示す矢印しか見えません。


エ 「陸軍用地」
高槻憲兵分遣所敷地北側の質屋が所有しています。
自宅の改築中に敷地(境界石標は大きさから隣接地に立てられている)から出土したそうです。
高槻分遣隊 エ 「陸軍用地」移設(高槻)


主要参考文献
アジ歴各種文章

『高槻商工会議所50年史』

『高槻商工会議所60年史』

野見町土地台帳
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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