当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

第七航空通信聯隊 続編

2度程探索した三重県多気郡明和町大字斎宮の第七航空通信聯隊兵営跡ですが、その後の調査で建物が遺っているが判明し再踏査してきました。
第七航空通信聯隊 C 送信所 南から(三重)
▲送信所

【探索日時】
平成25年10月8日






第七航空通信聯隊 周辺
第七航空通信聯隊(231217 NI-53-9-5)(三重斎宮)
▲昭和23(1948)年12月17日の斎宮村(現、明和町)付近の空撮(国土地理院 NI-53-9-5)

第七航空通信聯隊(流れ星様了解済)
▲兵営配置図(『幻の航空通信聯隊』から転載 管理人・流れ星様の了解済)

第七航空通信聯隊 遺構配置(三重)
▲現在の地図と遺構


遺構について※青字は地図にリンクしています
(アルファベット・カタカナ等は上掲地図の表記)
★下記紹介の遺構以外は前記事『第七航空通信聯隊』を御覧ください。

C 送信所
運輸業者事務所・住居に転用されて遺ります。
外壁・屋根はやり変えられていますが、良好な状態です。
第七航空通信聯隊 C 送信所 南西から(三重)
▲南西(本来は裏側)から見た送信所
 手前と奥で外壁・屋根の状態が異なりますが、1棟の建物です。
 写真左端の増築部分は戦後の物です。

第七航空通信聯隊 C 送信所 北から(三重)
▲北(本来は正面)から見た送信所
 外壁がやり変えられ、当時の面影はありません。

第七航空通信聯隊 C 送信所 北側基礎(三重)
▲他の場所(下記)に遺る基礎と同質の基礎


D 受信所
物置に転用され遺りますが、状態は悪いです。
第七航空通信聯隊 D 受信所(右側) 南西から(三重)
▲奥の背の高い建物が受信所、手前は戦後増築された物置です。

第七航空通信聯隊 D 受信所(右側) 南から(三重)
▲受信所 南から

第七航空通信聯隊 D 受信所(左側) 北から(三重)
▲受信所 北から
 廃屋のような状態です。

第七航空通信聯隊 D 受信所(左側) 北東から(三重)
▲受信所 北東から
 最も当時の状況に近いと思われる角度からの写真


参考文献
『ふるさとの年輪 明和町制40周年記念誌』(平成10年9月 明和町)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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