当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

大阪陸軍兵器補給廠 川西陸軍官舎

兵庫県伊丹市、宝塚市、川西市にまたがり存在した大阪陸軍兵器補給廠川西分廠の北500mに、分廠の官舎(川西陸軍官舎がありました。
川西陸軍官舎 i 南から(川西)
▲残存する官舎の1棟

【探索日時】
平成26年5月18日






大阪陸軍兵器補給廠川西分廠 周辺の陸軍施設配置
大阪陸軍獣医資材支廠 USA-M84-1-6(230823)加工(伊丹)
▲昭和23(1948)年8月23日の周辺の空撮(国土地理院 USA-M84-1-6)
 ※空撮は加工しています。

大阪陸軍獣医資材支廠 現在(伊丹)
▲現在の地図に施設を転写
※緑文字が当記事の紹介施設
①大阪陸軍獣醫資材支廠
②大阪陸軍兵器補給廠 川西分廠
③軍用側線
大阪陸軍兵器補給廠 川西陸軍官舎


遺構について
※青字は地図にリンクしています
④ 大阪陸軍兵器補給廠 川西陸軍官舎
昭和17(1942)年(7月頃?)、陸軍省が大阪陸軍兵器補給廠に分廠の設置を決定したのに伴い、中部軍経理部により川邉郡川西町(現、川西市)に分廠員用官舎の用地買収が行われ、川西陸軍官舎が開設します。

川西陸軍官舎は6戸1棟の長屋が8棟、共同浴場が1棟、その他(食堂か?)が1棟ありました。

大東亜戦争停戦に伴い大蔵省に移管後、昭和26(1951)年から27年頃、民間に払い下げられ現在に至ります。
川西陸軍官舎 官舎(川西)
▲川西陸軍官舎 遺構配置

a 官舎
南側に増築されますが、半分程見渡せます。
川西陸軍官舎 a 南東から(川西)
▲左側は増築部分


b 官舎
南側・北側ともに増築され、殆ど見えません。


c 官舎
南側・北側ともに増築され、殆ど見えません。


d 官舎
北側・南側ともに増築されますが、南側は半分程見渡せます。
川西陸軍官舎 d 南から(川西)


e 建物(食堂か?)
f と連棟で遺り、改築されていますが、ほぼ原型のまま遺ります。
川西陸軍官舎 f(左)・e(右) 南東から(川西)
▲左側がf 、右側がe 


f 建物(食堂か?)
e と連棟で遺り、南側に増築部がありますが、半分程見渡せます。
f ・e の西側にある公園は共同浴場の跡地です。


g 官舎
南側に増築された玄関があり改築されていますが、現存建物中、最も原型に近いと思われます。
川西陸軍官舎 g 南西から(川西)


h 官舎
i と連棟で遺り、改築されていますが、ほぼ原型と思われます。
川西陸軍官舎 i(左)・h(右) 南東から(川西)
▲右側がh 、左側が i


i 官舎
h と連棟で遺り、改築されていますが、ほぼ原型と思われます。
現在は公民館になっています。
川西陸軍官舎 i 南から(川西)
※この地域に最も古くから住んでおられる方のご好意で内部を見せて頂きました。
川西陸軍官舎 間取(川西)
▲間取り

川西陸軍官舎 i 床の間(川西)
▲居間
 小さいながらも床の間を備え、格調高い造りになっています。

川西陸軍官舎 i 床の間 天井(川西)
▲床の間の天井は当時のままです。

川西陸軍官舎 i 奥部屋(川西)
▲奥の間


あ 「陸軍」境界石標
車庫の前にあります。
殆ど埋まって頂部しか見えませんが、辛うじて「陸」の上半分が見えます。
川西陸軍官舎 あ「陸軍」 東から(川西)


い 「陸軍」境界石標
路地に作られた花壇の中にあります。
裏の果樹園?側から正面が見えます。
川西陸軍官舎 い「陸軍」 北から(川西)


う 「陸軍」境界石標 4
塀が迫り正面は見えにくいですが、完存しています。
裏面に「4」の刻字があります。
川西陸軍官舎 う「陸軍」4 南西から(川西)


え 「陸軍」?境界石標
頂部が欠損(埋まっている?)してしまっています。
川西陸軍官舎 え「陸軍?」 北東から(川西)


お 「陸軍」?境界石標 12
民家とマンションの前にある側溝の一部と化し、正面は埋まり裏面の刻字「12」しか見えません。
川西陸軍官舎 お「陸軍?」12 北西から(川西)


か 「陸軍」境界石標(移設)
元々はe家の裏の畑付近にありました。
花壇の縁に移設されています。
川西陸軍官舎 か「陸軍」(川西)

※先出の方のご案内で見せて頂きました。
 川西陸軍官舎の歴史についてもご教示頂きました。
 この場を借りてお礼申し上げます。

なお、昭和23(1948)年8月23日の空撮を見ると、②大阪陸軍兵器補給廠川西分廠の南東にも画一化した社宅建築がありますが、こちらは帝國化成工業㈱の社宅で軍とは関係ありません。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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