当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

インドネシア紀行 2日目 (曇り時々雨)

6月15日(日)
本日は今回の目的地の一つであるジャカルタにある「インドネシア共和国軍博物館(Museam Satoriamanndara)」に行ってきました。
2日目 インドネシア共和国軍博物館 九三式中間練習機(手前)・二式高等練習機(奥)(インドネシア)
▲九三式中間練習機(手前)と二式高等練習機(奥)「インドネシア共和国軍博物館(Museam Satoriamanndara)」






7:20に起床、父と合流し、ホテルの1階で朝食を摂ります。
こちらのホテルは近隣の工業団地に近い事もあり日本人が多く、レストランでも多く見かけます。
朝食も前回とまったホテルが完全にインドネシア料理だったため「どうやって食べるんやろ?」が多かったのに比べ、今回のホテルは日本人好みの品揃えになっており比較的迷うことなく食べる事ができます。
2日目 朝食バイキング(インドネシア)
▲朝食バイキング

和食の巻き寿司やしば漬け、洋食のパンなどありますが、敢えてそれらには手を付けません。
2日目 ホテル 朝食(インドネシア)
▲スープはインドネシア名物の鶏スープ(soto ayam)

朝食後、部屋に戻って準備をし、8:00過ぎに父の会社の車で出発、1時間程で「インドネシア共和国軍博物館(Museam Satoriamanndara)」に到着しました。
2日目 インドネシア共和国軍博物館 博物館名(インドネシア)
▲博物館入口の看板

ちなみにこの博物館は火曜~日曜の9~14時まで開館、月曜休館、大人5,000rp(約50円)、子供2,500rpです。
父親曰く、公務員が働きたくないからこの時間に閉館するそうです。
現在戦われている大統領選でもこの点が争点の1つになっている様です。

当博物館は前回も見学したのですが、メモリ不足で余り写真を撮れず、今回は航空造兵専門の知人の依頼もあり大容量のメモリーカードを持参して挑みました。

まずは前回同様入口を入るとインドネシア独立宣言書の複製、インドネシア国軍の三軍の記章、軍旗が出迎えてくれます。
現在インドネシアは学期間の休暇中で、この期間を利用し参加者を募り各地の歴史資料館では盛んに校外学習が行われています。
次代を担うインドネシアの子供達が国軍の歴史と重要性を普通に学んでいます。
我が国にこの様な光景が見られるのは何時の日か・・・
大いに見習うべき光景です。
2日目 インドネシア共和国軍博物館 最初の部屋(インドネシア)
▲引率者の説明を受ける子供達

続いて廊下にはインドネシア独立宣言から、それに続くインドネシアの再植民地化を目論むオランダとの過酷な独立戦争の場面がダイオラマで再現されています。
我帝國陸海軍は大東亜戦争開戦後、インドネシアを350年に渡り支配してきたオランダを僅か10日で駆逐、様々な思惑を持ちながらも一貫して独立運動の闘士スカルノとハッタを支援しインドネシアの独立準備に協力、尽力しますが、戦勢は我に利あらず、遂にポツダム宣言を受諾、連合国軍に降伏の止むなきに至ります。
我が国降伏直後の8月17日、スカルノはインドネシアの独立を宣言します。
2日目 インドネシア共和国軍博物館 26050817独立宣言 ダイオラマ(インドネシア)
▲スカルノによるインドネシア独立宣言

我が国はポツダム宣言に基づき、インドネシア独立に協力出来なくなったため、独立戦争を戦うべく兵器を入手しようとするインドネシア人との間に衝突が発生、その様子が再現され日本人が倒れているダイオラマを見ると胸が痛みます。
中にはインドネシア人に倒されながらも、自らの血で壁に「インドネシアの独立に光あれ」と書き残した日本人もおり、インドネシア人を奮い立たせたと言われます。
2日目 インドネシア共和国軍博物館 スマラン事件(五日間戦争) ダイオラマ(インドネシア)
▲スマラン事件(五日間戦争)

2日目 インドネシア共和国軍博物館 ブギス航空基地の悲劇 ダイオラマ(インドネシア)
▲ブギス航空基地の悲劇

2日目 インドネシア共和国軍博物館 独立戦争 ダイオラマ(インドネシア)
▲再侵攻してきたオランダと戦うインドネシア人
 再植民地化を目論むオランダが見たものは嘗ての従順な愚民では無く、
 民族意識が芽生え強固な独立の意志を持った闘士でした。

途中でインドネシア国軍の初代司令官・スディルマン将軍を始め、偉業を残した司令官数名の個人展示室が続き、再びダイオラマ、国軍の徽章、階級章、独立戦争時の一般人の軍装等の展示室が続きます。
2日目 インドネシア共和国軍博物館 スディルマン将軍(インドネシア)
▲国軍初代司令官・スディルマン将軍の執務室(再現)

2日目 インドネシア共和国軍博物館 独立運動時の武装(インドネシア)
▲独立戦争時の武装
 「竹槍」は独立戦争の象徴とも言え、各地の独立記念館や彫像で見かけます。

下の階に降りると実際に独立戦争時に使用された兵器、国軍創設後の兵器が展示されており、我が帝國陸海軍で使用された兵器も数点展示されています。
展示は屋内に機関銃、機銃類の小火器、魚雷、機雷、爆雷、屋外に大口径火砲、航空機、艦載機銃、装甲車、戦車の順に並んでいます。
2日目 インドネシア共和国軍博物館 小火器(インドネシア)
▲機関銃、迫撃砲等
 ご覧の様に露天展示で触り放題です。

2日目 インドネシア共和国軍博物館 対空火器(インドネシア)
▲対空火器等

そして驚くべき事にこれらの兵器は鎖で繋がれていたり、固定はされているものの、一部を除き(小火器はショーケース入りがある)、実際に触れる事ができます。
機関銃、機関砲類は動こしたり裏返してみたり引き金を引いてみたり、航空機は無理したら登って操縦席も見れます。
インドネシアには何処かの国の様な軍や兵器を見ると発狂する頭のおかしい反国家的サヨクがいてない(いてないのが普通)様です。
ここで簡単に我が帝國陸海軍兵器を紹介します。
2日目 インドネシア共和国軍博物館 九七式自動砲(インドネシア)
▲九七式自動砲(陸軍)
 当館にある我軍の兵器で最大の火砲で、陸軍が唯一制式化した所謂対戦車ライフルです。

2日目 インドネシア共和国軍博物館 九二式重機関銃(インドネシア)
▲九二式重機関銃(陸軍)
 有名な重機関銃で、状態も良好ですが、相変わらず銃身が上下逆に載っています。

2日目 インドネシア共和国軍博物館 八九式旋回機関銃(インドネシア)
▲八九式旋回機関銃(陸軍)
 航空機用の旋回機関銃で、刻印から名古屋陸軍造兵廠で製作された様です。

2日目 インドネシア共和国軍博物館 一〇〇式旋回機銃(名造製)(インドネシア)
▲一〇〇式旋回機銃(陸軍)
 同じく航空機用の旋回機関銃で、刻印から名古屋陸軍造兵廠で製作された様です。

2日目 インドネシア共和国軍博物館 九七式車載重機関銃(インドネシア)
▲九七式車載重機関銃(陸軍)
 自動車用の機関銃です。

2日目 インドネシア共和国軍博物館 八九式旋回機関銃(改単)/テ4 試製単銃身旋回機関銃二型(インドネシア)
▲八九式旋回機関銃(改単)/テ4 試製単銃身旋回機関銃二型(陸軍)
 航空機用の旋回機関銃で八九式旋回機関銃が大型で取り扱いにくい事から単銃身に改造された物です。
 刻印から小倉陸軍造兵廠で製作された物の様で「八九式旋回機関銃(改単)」と刻字されています。

2日目 インドネシア共和国軍博物館 九八式旋回機関銃(左:名造製)・テ4 試製単銃身旋回機関銃二型(中:小造製)・九二式七粍七機銃(右)(インドネシア)
▲九八式旋回機関銃(左:陸軍)、
 八九式旋回機関銃(改単)/テ4 試製単銃身旋回機関銃二型(中:陸軍)
 九二式七粍七機銃(右:海軍)
八九式旋回機関銃(改単)は2丁あり(銃床の有無)、九二式七粍七機銃は刻字
 から「369式自動小銃」と表記されています。
 
2日目 インドネシア共和国軍博物館 九四式拳銃(インドネシア)
▲九四式拳銃

2日目 インドネシア共和国軍博物館 十四年式拳銃(インドネシア)
▲十四年式拳銃

2日目 インドネシア共和国軍博物館 九六式軽機関銃(インドネシア)
▲別館(反政府テロリスト館)にある九六式軽機関銃(陸軍)

2日目 インドネシア共和国軍博物館 二式高等練習機(インドネシア)
▲二式高等練習機
 全世界に唯一残る二式高練ですが、状態は余り良くありません。
 下記の中練とともにインドネシア空軍の塗装と国籍マークが書かれています。

2日目 インドネシア共和国軍博物館 九三式中間練習機(インドネシア)
▲九三式中間練習機

続いて奥にある建物を見学します。
こちらはインドネシア語の日常、及びビジネス会話ができる父でも、性質上特殊な言葉が多く良く分からないとの事です。
何となくですが、奥の別館は「反政府テロリストとの戦い」を主題にした資料館の様です。
2日目 インドネシア共和国軍博物館 反政府テロ資料館(インドネシア)
▲反政府軍の旗や階級章
 これ以外の展示は上記の軽機関銃があるくらいで、殆どがダイオラマです。
 空のショーケースが目立ち、また施設の状況も格段に悪いです。

また、本館の裏の建物が改装中だったので、近々新しい展示室ができるのかも知れません。

見学中に土砂降りの雨が降ってきたため、途中で見学を断念し閉館の14:00を待たず13:00で撤収しましたが、見学したい「帝國陸海軍の兵器」は全て見学、前回の20倍程撮影したので満足です。

さて、こちらの博物館は我が国で言えば靖國神社の遊就館にあたる施設ですが、如何せん施設の管理状態が良くありません。
天井に穴が開いていたり、空のショーケースや展示場所が放置されていたり、有名将軍の軍服が単にハンガーにかけて吊ってあったりと展示の仕方が先述の様に杜撰だったりと、結構いい加減です。
建国の偉業を伝える聖地がこれでは台無しです。
外人の僕が言う事では無いかも知れませんが、遠くない先祖が血を流して勝ち取った独立を学ぶ為にももう少し何とかならないものかと思います。


その後、父の事業の右腕とも言える、前回お世話になった現地の女性を迎えに行き、今回は水曜のジョグジャカルタ観光でお世話になるその友人及び家族と合流、ジャカルタの東側に位置するブカシに移動、大型商業施設サマレコン・ブカシ・ショッピングモール(Summarecon Mal Bekasi)内にあるブカシ・フードシティー(Bekasi Food City)にあるラサン・シーフード(Rasane Seafood)にて少し早めの夕食を摂りました。
2日目 サマレコン・ブカシ・ショッピングモール(Summarecon Mal Bekasi)(インドネシア)
▲サマレコン・ブカシ・ショッピングモール
 店内は日本の商業施設と同じ雰囲気ですが、車の展示即売会をやっていたのには驚きました。

僕はカニの塩ゆで、空芯菜のトマト炒め、イカの甘辛煮、海老の甘辛煮、エビフライ、シルサック(果物ジュース:巨峰とバナナを混ぜた様な味)を頂きました。
2日目 ラサン・シーフード(Rasane Seafood)(インドネシア)

全体的に濃い目の味付けでしたが、インドネシア独特の濃厚な味が楽しめ、とても美味しく頂けました。
大人5、子供2で932,300rp(約8,000円程)でした。
食後にトルコアイス(日本では延ばすのを見せるのが売り物ですが、全くせず)25,000rpを食べて、家族連れと別れホテルに送り届けてもらいました。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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