当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

インドネシア紀行 4日目 (快晴)

6月17日(火)
本日はジョグジャカルタの観光です。
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 九九式軍偵察機 全景(インドネシア)
▲「ジョグジャカルタ航空宇宙博物館」の九九式軍偵察機(右)と一式戦「隼」(左)






今朝は4:20に起床、5:00に父と案内役の父の会社の女性、その友人と合流、会社の車で軍民共同のハリム・ペルダナクスマ国際空港(Bandar Udara Internasional Halim Perdanakusuma)に移動、9:00に離陸します。
4日目 ハリム・ペルダナクスマ国際空港 要人専用玄関(インドネシア)
▲ハリム・ペルダナクスマ国際空港の要人専用出入口
 一般人はガラス張りの待合室から直接飛行機まで歩きます。

4日目 ハリム・ペルダナクスマ国際空港 シティリンク航空(Citilink)搭乗(インドネシア)
▲国内線はこの様にバラバラと徒歩で乗り込みます。
 飛行機は格安航空のシティリンク(Citilink)、ジョグジャカルタまで4,000円程

4日目 シティリンク航空(Citilink)機内(インドネシア)
▲CAによる緊急時の説明

少し前に我が国のスカイマークが制服にミニスカートを採用した事で物議を醸しましたが、インドネシアのLCC、シティリンクはご覧のようなミニスカ、同じくライオン・エアーは大きなスリットの入ったロングスカートとなかなかセクシーです(^_^;)

4日目 ハリム・ペルダナクスマ国際空港 滑走路(インドネシア)
▲滑走路に駐機するインドネシア共和国空軍のC-130輸送機

4日目 ジャカルタ市内(インドネシア)
▲上空から見たジャカルタ市内
 煤煙に霞んで見えにくいですが奥に市内の高層建築、赤い屋根が一般の民家です。
 中央を走る高速道路は大渋滞です。

10:00少し前、ジョグジャカルタのアジスチプト国際空港(Bandar Udara Adi Sutjipto)に到着、予約してあった車でまずはホテル シェラトン・ムスティカ・ジョグジャカルタ・リゾート・アンド・スパ(Sheraton Mustika Yogyakarta Resort and Spa)にチェックインします。
さすがシェラトンホテル!外観も内装も豪華です。
朝早い事もあり、ロビーではこれからインドネシアが誇る世界遺産・ボロブドゥール寺院(僕は前回行ったので今回はパス)に観光に行く日本人と遭遇しました。
4日目 シェラトン ムスティカ ジョグジャカルタ リゾート アンド スパホテル 正面玄関(インドネシア)
▲ホテル正面玄関周り

4日目 シェラトン ムスティカ ジョグジャカルタ リゾート アンド スパホテル 中庭から(インドネシア)
▲中庭から各部屋
 ホテルは高台の崖に造られ、ロビーが7階、部屋は1~6階にあります。

4日目 シェラトン ムスティカ ジョグジャカルタ リゾート アンド スパロビー(インドネシア)
▲ホテルロビー

4日目 シェラトン ムスティカ ジョグジャカルタ リゾート アンド スパホテル 部屋(インドネシア)
▲ツインルーム(大人2人で10,000円)

4日目 シェラトン ムスティカ ジョグジャカルタ リゾート アンド スパホテル プール(インドネシア)
▲部屋から見える噴水・・・では無くプール

4日目 シェラトン ムスティカ ジョグジャカルタ リゾート アンド スパホテル プール (2)(インドネシア)
▲プール近影

一旦荷物を置いて、ホテルのロビーで従業員とともにジョグジャカルタ航空宇宙博物館の場所を確認し出発します。

因みにこちらの博物館の名称ですが検索は「Indonesian Air Force Museum」(インドネシア空軍博物館)でヒットします。
ただ、公式サイトの名称は「Museum Dirgantara Mandala Yogyakarta Indonesia」(ジョグジャカルタ航空宇宙博物館)となっていますが、建物入口の表記は、「Museum Pusat TNI-AU Dirgantara Mandala」(空軍宇宙中央博物館)、各展示機の説明板にある「機の歴史」の表記は「Air Force Central Museum‘Dirgantara Mandala’」(空軍中央博物館(航空宇宙))、ネット上では「空軍中央博物館」が使われている様です。

15分程で博物館に到着しましたが、バスが続々と入って行きます(゜Д゜;)
駐車場には先日のインドネシア共和国軍博物館同様・・・いや、比べ物にならないくらい・・・校外学習を行う子供を載せたバスが続々と進入、駐車場には大型バスが50台くらい停まっており、屋台が大量に並び、嫌な予感がします。
車を降りると既に屋外のコンソリデーテッドPBYカタリナ飛行艇の周りは子供がウジャウジャ・・・(゜Д゜;)
さらに入口に回ると子供が殺到しており入れません(゜Д゜;)
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 入口の像(インドネシア)
▲博物館入口にある像「空戦が我が任務」

何とか入場券を購入(1人500rp+撮影許可代1,000rp)、展示を見始めますが、どこもかしこも子供だらけです。
展示はインドネシア共和国空軍の沿革、軍服、用途廃止航空機、沿革のダイオラマ、宇宙関連の順で展示されていますが、不勉強でインドネシア共和国空軍の歴史、解説のインドネシア語が分からないため沿革などはサラッと流します。
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 最初の部屋(インドネシア)
▲博物館に入ってすぐの部屋にある空軍記章と搭乗員の像

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 軍服(インドネシア)
▲各時期の軍服

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 十四年式拳銃(インドネシア)
▲展示されていた唯一の日本製火器(十四年式拳銃)

いよいよ、用途廃止航空機(現存機)の展示です。
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 実機展示(インドネシア)
▲展示室の様子
 冷房も無くとにかく暑い・・・。

ここはジョグジャカルタに来た最大の目的とも言える、我が帝國陸海軍が誇った零式艦上戦闘機(零戦)五二型、一式戦闘機(隼)二型、九九式軍偵察機(説明は「Mitsubishi Type98」と間違っています)の実機が待っています。
この子供の数に撮影が危ぶまれましたが、3機とも上手い具合に順路からやや外れた端にあったため、来る人も少なく、人が写り込まない様に撮影するのは容易でした。
まさに英霊のご加護!
零式艦上戦闘機五二型
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 零式艦上戦闘機五二型 全景(インドネシア)
▲何となくズングリした印象が・・・?

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 零式艦上戦闘機五二型 全景 (2)(インドネシア)
▲隅にあるため正面は見辛いです。

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 零式艦上戦闘機五二型 風防・操縦席(インドネシア)
▲風防は固定されていて開きません。

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 零式艦上戦闘機五二型 風防・操縦席 (2)(インドネシア)
▲風防が変色で見通せませんが、操縦席内は比較的良好の様です。

一式戦闘機「隼」二型
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 一式戦闘機 隼二型 外観(インドネシア)
▲風防が背が高い物に造り替えられ、特徴的な空中線支柱はありませんが、まずまずの形状を保っています。

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 一式戦闘機 隼二型 外観 (2)(インドネシア)
▲塗粧は初期のインドネシア共和国空軍色

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 一式戦闘機 隼二型 操縦席(インドネシア)
▲こちらも風防は固定されていますが、計器類は皆無です。

九九式軍偵察機
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 九九式軍偵察機 全景 (2)(インドネシア)
▲ネットでは「九九式襲撃機」となっていますが、座席配置や武装から軍偵型の様です。
 特徴的な脚覆は後付けの様です。

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 九九式軍偵察機 風防(インドネシア)
▲こちらも風防は固定されていますが、計器類は皆無です。
 持参したおしぼりで拭きまくったので、何となく見通せる様になりました。

さて、この3機ですが、写真からは分かりづらいですが結構状態が悪いです。
航空機は専門外の僕が見ても分かるくらい、あちこち改修など手が加えられており、部品不足、あるべき物の箇所が塞がれていたり、それに加えインドネシアの展示に対する考え方、保存姿勢などが相まって辛うじて原型を保っている状態です。
それでも我が国内に存在しない隼と九九軍偵の実機を見て触れるのは非常に貴重な体験でした。
さらに他国の博物館ではありえない機体を触りまくり、また翼の上に乗り、当時の搭乗員・空中勤務者の疑似体験ができる事は貴重な体験です。
その他の機材
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 日本飛行機 CURENG(詳細不明)(インドネシア)
▲日本飛行機㈱製の九三式中間練習機
 国軍博物館の物に比べ状態が悪い様です。
 
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 二式高練(複製)(インドネシア)
▲二式高等練習機の複製(表記は「NISIKOURENG」
 かなり再現度が低いです。

他国の機材
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 P-51(米)(インドネシア)
▲ノースアメリカン P-51マスタング

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 B-25(米)(インドネシア)
▲ノースアメリカン B-25ミッチェル

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 B-26(米)(インドネシア)
▲マーチン B-26マローダー

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 ダグラスDC-3(米)(インドネシア)
▲ダグラスDC-3
 修理途中?の様ですが、足場、マスキングの新聞紙が散らばっています(^_^;)

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 ミグ21(ソ)(インドネシア)
▲ソ連のミグ21

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 対空レーダー(インドネシア)
▲対空レーダー

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 対空火器(インドネシア)
▲対空火器

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 ダイオラマ(インドネシア)
▲空軍の歴史がダイオラマで再現されています。

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 ダイオラマ (2)(インドネシア)
▲1947年7月29日、インドネシア空軍が行った緊急医薬品輸送
 「ダコタVT-CLA作戦」においてオランダ軍のP-40に撃墜されるC-47
 「アジスチプト国際空港」はこの際に散った搭乗員の名前から採られています。

4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 ダイオラマ (3)(インドネシア)
▲宇宙に関する展示はこの部屋のみでした。

3時間くらいかけて3機の細部を撮影、13:00に博物館を出て、余りの僕の見学時間の長さに先に出ていた案内の2人と合流します。
屋外展示やレアなインドネシア共和国空軍のグッズもゆっくり見たかったのですが、昼食時間を過ぎており、同伴者にも悪いので目的は達した事ですしこれで切り上げます。

14:00閉館なので、外の子供も引き始めますが、国柄なのかゴミの放置が凄まじいです。
我が国ではいくらマナーが悪い大阪でも流石にあり得ない状況です(゜Д゜;)
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 PBY-5A カタリナ(米)(インドネシア)
▲屋外展示のPBY-5A カタリナ飛行艇と子供達が放置したゴミの山

続いて車に乗り込み昼・夜兼用の食事を食べに行きます。
まずは鶏料理専門店「Soto Ayam Kampung」(鶏肉料理カンポン)でソト・アヤム(鶏肉スープ)を注文、鶏肉の揚げたのや、インドネシア風煎餅を食べました。
4日目 昼食1軒目 (4)(インドネシア)
▲店内の様子
 インドネシアの大衆食堂は道路側は開放、扇風機があれば良い方で、だいたいこの様な形式です。

4日目 昼食1軒目(インドネシア)
▲今回ジョグジャを案内してくれた、前回に続き父の部下のアユさん(右)とその友人の皮膚科の先生(左)

インドネシアの鶏は地鶏なので固くて肉も少ないですが、鶏肉の味がしっかりして美味しいです。
大人5名で150,000rp(約1,500円)程でした。
4日目 昼食1軒目 (5)(インドネシア)
▲左下2皿がインドネシアのファストフードとも言えるソト・アヤム(鶏肉スープ)、
 上は前菜の鶏肉(左;あばら、もも、右:頭)。リアルです(^_^;)

4日目 昼食1軒目 (3)(インドネシア)
▲前菜のもも肉
 日本では左の部分のみが出てきますが、インドネシアでは右の「足」も付いています。

インドネシアの大衆食堂では前菜が食卓の前にドンと置いてあり(鶏肉専門店ではポテチの様な煎餅状の付け出しや鶏肉の揚げた物)、会計時には何を何個食べたかを自己申告で精算します。
今回の店は煎餅はガラス瓶に入っており、鶏肉は皿に盛って出てきました(勿論使い回しです)。
僕はもも2本、あばら1個を食べましたが、流石に頭は食べる勇気がありませんでした(^_^;)

続いて羊肉専門店「Tambaksegaran Solo」に移動、羊肉の串焼、羊肉スープ、羊の骨髄、肝を食べました。
4日目 昼食2軒目(インドネシア)
▲店内の様子
 
4日目 昼食2軒目 (2)(インドネシア)
▲左から羊肉カレー、羊の肝、羊肉x2

同じく120,000rp程でした。
羊は臭みがあると言われますが、ヤシの殻炭で焼いた羊肉は柔らかく、濃厚な味付けでとても美味しかったです。
肝や骨髄はあまり味がせず、癖もなくあっさりした味でした。

本日の予定はこれで終了なので、食後はホテルに戻りました。
少し時間があったので、父とホテルを探検、シャワーをして、スマホをいじって就寝しました。
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おはようございます

日本の航空機を使っていたのには驚きました。(^-^)
当時の機体の番号でも判れば 何処の所属の部隊なのかが判ると思いますね。
又 日本軍の銃器も刻印が判れば良かったのですがね(^-^)

Re: おはようございます

>>奥山様、こんにちは。
大東亜戦争停戦後、インドネシアを再植民地化しようとして侵攻してきたオランダ、イギリスと戦うため、当地にあった我軍の兵器が多数インドネシア人により使用されています。
ポツダム宣言に則り我軍はインドネシア側に公に兵器の譲渡が出来なかったため、奪おうとするインドネシア側と戦闘になったり、中にはインドネシア側に「違う場所の警備に行く」と伝えて、わざと鍵をかけ忘れたりして譲渡した例もあったそうです。

ただ、国柄かして保存、修復が適当で、状態は悪く、写真は載せていませんが実機で日本語が残っていたのは中練の発動機「天風」のみでしたが、兵器類は刻字が結構しっかり残っていました。

こんばんは

刻印が有れば部隊などを調べれば色々と事情や当時の方々が判れば 又 思い出 話になるでしょうね。
話の輪が広がるかも知れませんね。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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