当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

ジャカルタ在勤海軍武官府

インドネシア共和国の国都ジャカルタ市の中心地、独立記念広場に隣接してジャカルタ在勤海軍武官府がありました。
ジャカルタ在勤海軍武官府 庁舎 南から (4)(インドネシア)
▲ジャカルタ在勤海軍武官府

【探索日時】
平成24年4月15日






独立記念広場周辺の帝國陸海軍施設
独立記念広場はオランダ植民地時代「Koningspiein(王宮広場)」と呼ばれ、周辺にはオランダの公官庁、企業社屋が並んでいました。
昭和17(1942)年3月12日、蘭印を攻略した第十六軍はこれらオランダ植民地政府の建物を接収、各部隊の施設として転用しました。
第十六軍司令部 ジャカルタ(インドネシア)
▲昭和18(1943)年頃の独立記念広場周辺の配置
※緑文字が当記事の紹介施設
①第十六軍司令部
②第十六軍司令官官邸
③第十六軍軍政部(昭和17年8月1日、第十六軍軍政監部に改編)
④第十六軍憲兵隊本部
⑤第十六軍将校集会所
⑥第十六軍宣傳班(昭和17年7月、第十六軍報道部に改称)
ジャカルタ在勤海軍武官府
⑧ジャカルタ在勤海軍武官官邸


遺構について※青字は地図にリンクしています。
(番号・遺構配置は上掲地図参照)
⑦ バタヴィア在勤海軍武官府
  ジャカルタ在勤海軍武官府

昭和17(1942)年3月8日、第十六軍は蘭印軍を、次いで12日、英豪軍を降伏させ、H作戰(蘭印攻略作戦)は終結、350年に渡るオランダによる東インドの植民地支配は現地人の助力もあり、我軍による僅か8日間の進撃で終焉を迎えます。
陸軍省は東印度を大東亜戦争完遂のための最重要資源地帯と位置付け、3月7日、第十六軍軍政部(昭和17年8月1日、第十六軍軍政監部に改編)はジャワ島に軍政を施行します。

8月15日、海軍省はバタヴィア(現、ジャカルタ)の王宮広場北側にあった庶民信用金庫の庁舎を転用、バタヴィア在勤海軍武官府を開庁、南西方面艦隊参謀・前田精(ただし)大佐が補職されます。
バタヴィア在勤海軍武官府は南西方面艦隊司令部(高橋伊望中将、旗艦・足柄)の麾下、ジャワ島内における海軍施設の警備、出師に関する事務を管掌しました。
11月3日、第十六軍軍政監部はバタヴィアをジャカルタに改称(12月9日から施行)、バタヴィア在勤海軍武官府もジャカルタ在勤海軍武官府に改称されます。
前田大佐は昭和20(1945)年5月1日、少将に進級、12日、第五警備隊司令を兼務、8月16日、停戦を迎えます。
8月15日、「日本降伏」の噂がジャカルタ市内に広がり、スカルノとハッタは真相確認のため第十六軍軍政監部に軍政監・山本茂一郎少将を訪ねますが、あいにく少将は不在のため、ジャカルタ在勤海軍武官府に前田少将を訪ねます。
前田少将は14:30頃、両名と会見しますが、公式な情報がないという理由で回答を留保します。
16日早朝、両名は即時独立を望む急進派に拉致されますが、スバルジョが彼らを説得し開放された後、海軍武官府官邸を訪れ、独立宣言を立案、起草します。

前田少将は「独立は一民族にとって自然な、そして必然的な願望である」と言う信念からインドネシア独立に理解が深く、16日、独立宣言準備を進めるスカルノ、ハッタに全面的に協力、17日の独立宣言発表に尽力したのは有名です。

ジャカルタ海軍在勤武官府庁舎は現在、インドネシア共和国陸軍参謀本部庁舎として使用されています。
ジャカルタ在勤海軍武官府 庁舎 南から(インドネシア)
▲ジャカルタ海軍在勤武官府全景
 樹木が邪魔で殆ど見渡せません。

ジャカルタ在勤海軍武官府 庁舎 南から (2)(インドネシア)
▲ジャカルタ海軍在勤武官府全景

ジャカルタ在勤海軍武官府 庁舎 南東から(インドネシア)
▲ジャカルタ海軍在勤武官府庁舎
 逆光ですが庁舎全景の撮影に成功しました。

ジャカルタ在勤海軍武官府 庁舎 南から (3)(インドネシア)
▲ジャカルタ海軍在勤武官府庁舎
 手前にある看板はピンぼけしていますが「dilarang memotret」と書かれており、和訳すると・・・

※帰国後、写真を整理していて気付いたのですが、当庁舎は「撮影禁止」ですので現地では充分注意して下さい。
車が停められない場所だったので走行する車中から撮影しましたが、守衛に指を刺された理由に納得です。


主要参考webサイト
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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