当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

ジャカルタ在勤海軍武官官邸

インドネシア共和国の国都ジャカルタ市にある「独立宣言文起草博物館」は元ジャカルタ在勤海軍武官官邸でした。
ジャカルタ在勤海軍武官官邸 北から(インドネシア)
▲ジャカルタ在勤海軍武官官邸正面

【探索日時】
平成24年4月12日






ジャカルタ市内の帝國陸海軍施設
昭和17(1942)年3月12日、蘭印を攻略した第十六軍はこれらオランダ植民地政府の建物を接収、各部隊の施設として転用しました。
第十六軍司令部 ジャカルタ(インドネシア)
▲昭和18(1943)年頃の独立記念広場周辺の配置
※緑文字が当記事の紹介施設
①第十六軍司令部
②第十六軍司令官官邸
③第十六軍軍政部(昭和17年8月1日、第十六軍軍政監部に改編)
④第十六軍憲兵隊本部
⑤第十六軍将校集会所
⑥第十六軍宣傳班(昭和17年7月、第十六軍報道部に改称)
⑦ジャカルタ在勤海軍武官府
⑧ジャカルタ在勤海軍武官官邸


遺構について※青字は地図にリンクしています。
(番号・遺構配置は上掲地図参照)
⑧ ジャカルタ在勤海軍武官官邸
昭和17(1942)年3月1日、第十六軍はジャワ島3ヶ所に上陸、8日、第十六軍は蘭印軍を、次いで12日、英豪軍を降伏させ、H作戰(蘭印攻略作戦)は終結、350年に渡るオランダによる東インドの植民地支配は現地人の助力もあり、我軍による僅か8日間の進撃で終焉を迎えます。
陸軍省は東印度を大東亜戦争完遂のための最重要資源地帯と位置付け、3月7日、第十六軍軍政部(昭和17年8月1日、第十六軍軍政監部に改編)はジャワ島に軍政を施行します。

8月15日、海軍省はバタヴィア(現、ジャカルタ)の王宮広場北側にあった庶民信用金庫の庁舎を転用、バタヴィア在勤海軍武官府を開府、南西方面艦隊参謀・前田精(ただし)大佐が補職され、英国総領事官邸を海軍武官官邸として使用します。
11月3日、第十六軍軍政監部はバタヴィアをジャカルタに改称(12月9日から施行)、バタヴィア在勤海軍武官府もジャカルタ在勤海軍武官府に改称されます。

当建物は1920年代に蘭法人関係者住宅として建設され、1931年、保険会社所有を経て英国総領事官邸、ジャカルタ海軍在勤武官官邸として使用、停戦後はインドネシアに進駐して来た英印軍司令部として使用され、1984年、「独立宣言文起草博物館」に改装され現在に至ります。
海軍武官官邸は「前田邸」の名称で知られています。

なお、当官邸前の道路は当時「都通り」と呼称され、近隣に第十六軍軍政監官邸や同各部長の官邸があった様ですが、詳細は不明です。
ジャカルタ在勤海軍武官官邸 北から (2)(インドネシア)
▲独立宣言文起草博物館になっているジャカルタ在勤海軍武官官邸

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 南から(インドネシア)
▲ジャカルタ在勤海軍武官官邸 裏側

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 付属家(西側) 東から(インドネシア)
▲官邸の西側には平屋が隣接していますが、当時の物かは不明です。

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 応接室の再現(インドネシア)
▲昭和20(1945)年8月16日2300、独立宣言起草に関し最初の会合をする面々
 左から前田少将、西嶋重忠(後向き)?、スバルジョ(ひげ)、ハッタ(めがね)、スカルノ(帽子)

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 起草の再現(インドネシア)
▲食堂において独立宣言を起草するスカルノ(右)、ハッタ(奥)、スバルジョ(手前)
 1階には独立宣言起草の様子が蝋人形で再現されています。

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 独立宣言 草稿(インドネシア)
▲2階に展示されている『独立宣言』草案(複写)

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 タイプの再現(インドネシア)
▲『独立宣言』をタイプするサユティ・ムリク

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 1階(インドネシア)
▲1階会議室
 スカルノはサイン前にこの会議室で集まった独立準備委員に読み上げ確認しました。

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 独立宣言 複製(インドネシア)
▲タイプされた『独立宣言』(パネル)

宣言
 私たちインドネシア民族は、ここにインドネシアの独立を宣言する。
 権力移譲その他に関する事項は、十分な配慮をもって迅速におこなう。
                     ジャカルタにおいて。2605年8月17日。
                     インドネシア民族の名において。
                              スカルノ/ハッタ


ジャカルタ在勤海軍武官官邸 2階(インドネシア)
▲2階
 2階には寝室等個人的な部屋がありましたが、配置は不明です。
 現在、独立宣言に関する展示がされています。

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 2階廊下(インドネシア)
▲2階の廊下

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 裏庭(インドネシア)
▲官邸裏庭
 独立宣言文の起草に同席したスバルジョの著書『インドネシアの独立と革命』
 によると官邸は“広々とした緑の芝生をもつ、すばらしい建物”と著述されていますが、
 現在建物の裏は石畳になっています。

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 裏庭 退避壕入口(インドネシア)
▲裏庭の一角に井戸の様な石組みがあります

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 裏庭 退避壕下り口(インドネシア)
▲係の方の了解を得てハシゴを降りて行くと・・・

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 裏庭 退避壕内部(インドネシア)
▲退避壕があります。

ジャカルタ在勤海軍武官官邸 裏庭 退避壕内部から(インドネシア)
▲退避壕奥から入り口方向


昭和20(1945)年8月15日、「日本降伏」の噂がジャカルタ市内に広がり、スカルノとハッタは真相確認のため第十六軍軍政監部に軍政監・山本茂一郎少将を訪ねますが、あいにく少将は不在のためスバルジョと合流、ジャカルタ在勤海軍武官府に前田精少将を訪ねます。
前田少将は14:30頃、両名と会見しますが、公式な情報が無いという理由で回答を留保します。

16日未明、スカルノとハッタは即時の独立宣言を求める急進派に拉致されたため、第十六軍司令官・長野祐一郎中将は第十六軍憲兵隊に命じ探索させますが、同日2300、スバルジョが急進派を説得し両名はジャカルタに帰還、最も安全と判断した海軍武官官邸に入り、スカルニ、スバルジョ、前田少将、西嶋重忠(海軍嘱託)、さらに招集された独立準備委員会員と独立宣言について会合が開かれます。

前田少将は陸軍側の独立宣言黙認と保証を得るため電話で軍政監・山本少将を招聘しますが、山本少将は窓口として軍政監部総務部長・西村乙嗣少将を指定したため、前田少将はスカルノ、ハッタ、西嶋、吉住留五郎(海軍嘱託)を伴い軍政監部総務部長公邸を訪ねますが、西村少将はポツダム宣言による現状維持の責務から要請を拒否するも、0200、連絡将校として三好俊吉郎大佐(陸軍司政官)を派遣、会合に参加させ実質陸軍もポツダム宣言に反しインドネシア独立の動きを黙認します。

17日1000、スカルノは自邸前庭に集まった1,000名程の立会を得て『インドネシア独立宣言書』を読み上げ、スカルノを大統領、ハッタを副大統領とするインドネシア共和国を樹立します。

ジャカルタ在勤海軍武官 前田精少将(インドネシア)
▲ジャカルタ在勤海軍武官・前田精少将(海兵四十六期)

前田少将は「独立は一民族にとって自然な、そして必然的な願望である」と言う信念からインドネシア独立に理解が深く、在職中にはインドネシア獨立養成塾(Ashrama Indonesia Merdeka)を設立、インドネシア人青年達に愛国教育と軍事教練を実施、16日、独立宣言準備を進めるスカルノ、ハッタに全面的に協力、17日の独立宣言発表に尽力、独立戦争に貢献したのは有名です。
我が国では前田少将の知名度は残念ながら高いとは言えませんが、インドネシアでは教科書に載る等、インドネシア(当時、蘭印)を攻略した今村均中将よりも高い知名度を誇ります。


主要参考webサイト
貿易・投資コンサルティング

私の好きなインドネシア
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カテゴリ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カウンター
最新コメント
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。


●Facebookやってますので本名ご存知の方はぜひ。
目印は水木しげる先生風の自画像です(笑)

検索フォーム
リンク
地図・史資料
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
ライオンズニュース
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる