当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

インドネシアの軍跡 番外編 ~航空機編~

インドネシア共和国内に遺る帝國陸海軍遺構の番外編として、同国に遺る(展示されている)軍用機を紹介します。
4日目 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館 九九式軍偵察機 全景(インドネシア)
▲九九式軍偵察機(手前)・一式戦闘機「隼」(奥)
 ジョグジャカルタ航空宇宙博物館にて

【訪問日時】
平成24年4月16日 、平成26年6月15・17日






インドネシア共和国軍博物館(Museam Satoriamanndara)
インドネシアの国都・ジャカルタ市にある博物館で、元々はスカルノ初代大統領の第三夫人、我が国でタレントとして活躍するデビ夫人の宮殿でした。
昭和40(1965)年9月30日、9月30日事件によりスカルノ大統領が失脚、宮殿も接収され、共和国軍博物館になりました。

内部は国軍の創設から現在に至る経緯が展示され、特に独立戦争に力点が置かれており当時使用された多くの兵器が展示されています。
国柄なのか余り管理されておらず、悪く言えば放置状態で、好き勝手に触れるのが嬉しいです。

帝國陸海軍の軍用機としては九三式中間練習機、二式高等練習機、航空火器、陸戦兵器が展示されています。

九三式中間練習機(K5Y1)
言わずと知れた海軍の初等練習機です。
「赤とんぼ」の通称で知られていますが、展示機はインドネシア共和国空軍色に塗装されています。
当機は「インドネシア人が初めて空を飛んだ機体」としてインドネシアでは大きな扱いを受けています。
九三式中間練習機 全景 (3)(インドネシア)
▲全景

九三式中間練習機 全景(インドネシア)
▲全景

九三式中間練習機 全景 (2)(インドネシア)
▲全景

九三式中間練習機 後部(インドネシア)
▲尾翼周り

九三式中間練習機 発動機 (2)(インドネシア)
▲機首周り

九三式中間練習機 発動機(インドネシア)
▲発動機は「天風一一型」です。

九三式中間練習機 機首(インドネシア)
▲左舷にある・・・何でしょう?

九三式中間練習機 後部搭乗席(インドネシア)
▲後部操縦席
 教官がここに搭乗します。

九三式中間練習機 前部計器(インドネシア)
▲前部操縦席
 計器は何とか半分程遺っていますが、本来の物かは不明。

九三式中間練習機 前部搭乗席(インドネシア)
▲前部操縦席


二式高等練習機(キ七九)
九七式戦闘機を高等練習機化した機体です。
世界で唯一の現存機です。
二式高等練習機 外観(インドネシア)
▲全景

二式高等練習機 外観 (2)(インドネシア)
▲全景

二式高等練習機 外観 (3)(インドネシア)
▲全景

二式高等練習機 操縦席(インドネシア)
▲操縦席
 操縦席は保護のためか鉄板で塞がれています。

二式高等練習機 前部操縦席(インドネシア)
▲前部操縦席の操縦桿
 塞がれていますが、隙間から撮影

二式高等練習機 前部操縦席 (2)(インドネシア)
▲計器盤

二式高等練習機 前席塗装(インドネシア)
▲座席付近
 若竹色と言われる機内色が遺っています。

二式高等練習機 発動機周り(インドネシア)
▲発動機
 塗装が塗りたくられ、発動機の銘板は見えません。

二式高等練習機 ピトー管(インドネシア)
▲ピトー管

二式高等練習機 左翼上面(インドネシア)
▲左翼上面


ジョグジャカルタ航空宇宙博物館(Museum Pusat TNI-AU Dirgantara Mandala)
博物館の名称ですがネット検索は「Indonesian Air Force Museum」(インドネシア空軍博物館)でヒットします。
ただ、公式サイトの名称は「Museum Dirgantara Mandala Yogyakarta Indonesia」(ジョグジャカルタ航空宇宙博物館)となっていますが、建物入口の表記は、「Museum Pusat TNI-AU Dirgantara Mandala」(空軍宇宙中央博物館)、各展示機の説明板にある「機の歴史」の表記は「Air Force Central Museum‘Dirgantara Mandala’」(空軍中央博物館(航空宇宙))、ネット上では「空軍中央博物館」が使われている様です。

内部は共和国空軍の歴史、及び用途廃止機が多数展示されていますが、こちらも好き勝手に触れるのが嬉しいです。
他所では考えられない、翼に乗ったりするのも自由です!

帝國陸海軍の軍用機としては零式艦上戦闘機五二型、一式戦闘機二型、九九式軍偵察機が展示されています。

零式艦上戦闘機五二型(A6M5)
言わずと知れた海軍の主力戦闘機、通称の「ゼロ戦」として知られます。
零式艦上戦闘機五二型 全景(インドネシア)
▲全景
 隣のP-51が邪魔で真横からは撮れません。

零式艦上戦闘機五二型 全景 (2)(インドネシア)
▲全景
 展示室隅っこにあるため、周囲の機体が邪魔で見渡せません。

零式艦上戦闘機五二型 カウリング(インドネシア)
▲カウリング
 カウリングは凡そ当時のままの様ですが、五二型の特徴的な排気管は鉄パイプ製です。

零式艦上戦闘機五二型 発動機(インドネシア)
▲星形発動機

零式艦上戦闘機五二型 機首機銃口内部(カウリング側)(インドネシア)
▲カウリング上部の機銃口

零式艦上戦闘機五二型 胴体(インドネシア)
▲搭乗席周り

零式艦上戦闘機五二型 垂直尾翼(インドネシア)
▲尾翼周り
 左舷尾翼前にあるはずの銘板は痕跡もありません。

零式艦上戦闘機五二型 空中線支柱(インドネシア)
▲空中線支柱
 何と無く短い様な?

零式艦上戦闘機五二型 左翼上面(インドネシア)
▲左翼上面

零式艦上戦闘機五二型 左翼機銃口内部(インドネシア)
▲左翼内機銃口内部
 因みに右翼側は塞がれています。

零式艦上戦闘機五二型 左主脚収納部(インドネシア)
▲主脚収納部

零式艦上戦闘機五二型 主脚(インドネシア)
▲主脚
 主脚覆いはありません。

零式艦上戦闘機五二型 着艦フック収納部(インドネシア)
▲着艦フック収納部
 着艦フックはありません。

零式艦上戦闘機五二型 風防・操縦席(インドネシア)
▲搭乗席
 搭乗席は固定されているので、開けられません。

零式艦上戦闘機五二型 風防・操縦席 (2)(インドネシア)
▲搭乗席
 風防の劣化が酷く、ウェットティッシュで拭きまくっても、この視界が限界です。


一式戦闘機二型(キ四三Ⅱ)
こちらは海軍の零戦と並ぶ陸軍の大東亜戦争初期の主力戦闘機、通称の「隼」として有名です。
一式戦闘機 隼二型 外観(インドネシア)
▲全景

一式戦闘機 隼二型 外観 (2)(インドネシア)
▲全景

一式戦闘機 隼二型 外観 (3)(インドネシア)
▲機首周り

一式戦闘機 隼二型 発動機(インドネシア)
▲プロペラスピナーは改修されています。

一式戦闘機 隼二型 機関砲(インドネシア)
▲機首の機関砲も後付です。

一式戦闘機 隼二型 主脚(インドネシア)
▲主脚

一式戦闘機 隼二型 増槽(インドネシア)
▲増槽

一式戦闘機 隼二型 尾輪(インドネシア)
▲尾輪

一式戦闘機 隼二型 操縦席(インドネシア)
▲操縦席
 風防は固定されており、開きません。
 風防の汚れが酷く、ウェットティッシュで拭きまくっても、この視界が限界です。

一式戦闘機 隼二型 操縦席 (2)(インドネシア)
▲風防の隙間から撮影
 計器は全てありません。
 航空造兵に詳しい知人が見抜きましたが、計器盤は零戦の物の様です。


九九式軍偵察機(キ五一)
陸軍の主力襲撃機、九九式襲撃機の偵察機型です。
説明は「Mitsubishi Type98」と記載されており、明らかな間違いです。
九九式軍偵察機 全景(インドネシア)
▲全景

九九式軍偵察機 全景 (2)(インドネシア)
▲全景

九九式軍偵察機 全景 (3)(インドネシア)
▲機首から

九九式軍偵察機 カウリング(インドネシア)
▲機首周り
 プロペラスピナーには起動用の鈎が付いています。

九九式軍偵察機 カウルフラップ(インドネシア)
▲カウルフラップの裏側

九九式軍偵察機 急降下制動板(インドネシア)
▲急降下制動板

九九式軍偵察機 風防(インドネシア)
▲風防
 相変わらず汚れが酷いです・・・

九九式軍偵察機 前部搭乗席(インドネシア)
▲風防は固定されているため、またもや掃除して撮影
 計器は皆無です。

九九式軍偵察機 後部搭乗席(インドネシア)
▲後部操縦席

九九式軍偵察機 胴体下 偵察窓?(インドネシア)
▲機体下部にある四角の開口部跡
 偵察窓でしょうか?


九三式中間練習機(K5Y1)
上記の3機は当博物館の展示機としてよく紹介されていますが、この九三式中練が紹介されているのは見たことがありません。
かく言う僕もこの機体はノーマークのうえ、表記の「CURENG」が何の事か分からず、写真は下掲の1枚のみです。
日本飛行機「中練習」(CURENG)(インドネシア)
▲全景

「CURENG」はチュウレンのインドネシア語表記でした・・・。

見学した博物館2ヶ所、6機について航空機は専門外なので、一見して複製と分かる部分もかなりありますが、どの程度が当時のままなのか僕の知識では判断できませんでした。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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