当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

武藏、生中継

本日10:00~13:00、比島沖シブヤン海に眠る武藏の深海調査が生中継されました。武蔵
長門、大和、榛名、金剛、高雄型重巡洋艦(手前から)
▲昭和19(1944)年10月22日、レイテ島に向けブルネイ泊地を出撃する第二艦隊第一遊撃部隊
 手前から長門、武藏、大和、榛名、金剛、高雄型重巡洋艦






当然仕事中でしたがスマホにかじりついて見入った次第です(汗)

映像は2時間半の長編で今まで単発的に出されてきた部分を中心に、その周辺状況などを映し出してくれました。
映像を見た感じでは武藏は艦首付近、艦橋、艦尾は辛うじて原型を留めている様ですが、最も謎が多く艦艇史を研究している方なら絶対に見たいと思っていたであろう中央構造物は沈没の際に四散しているようです。
しかも艦尾は航空作業甲板、艦底の推進器、舵がともに上を向いている様で、どうなっているのか謎です。

また未だに発見されていない大和型最大の特徴である46cm砲はどこへ行ったのでしょうか?

まだ見てらっしゃらない方はニコニコ動画(同時通訳付)、ユーチューブに動画が上がっているので是非御覧ください。

▲ユーチューブ(英語解説のみ)


▲ニコニコ動画(同時通訳あり)

今回の映像は舷側(左舷?)、艦首、錨、錨甲板、第一砲塔、推進器、副舵、主舵、(ハイライト挟む)、第三(第二?)砲塔、航空作業甲板、一番副砲、艦橋、後部艦橋付近、高角砲、航空作業甲板の順に進みました。

以下に上掲動画から主だった画像を抜き出してみました。
武蔵 右舷(左舷?)
▲動画はこの場面から始まります。
解説では「右舷舷側」と説明されていますが、その後の映像の流れを見ると左舷側の喫水線下の様に見えます。
武藏は艦首付近(二番砲塔より前)の左舷に6本、右舷に3本の魚雷を受けた事による膨大な浸水が致命傷になりますが、その痕跡とも言える大きな破孔が目立ちます。

武蔵 球状艦首
▲艦首喫水線下の球状艦首(バルバスバウ)
左舷側真横からの映像です。
大和型は翔鶴型空母で実証され、凌波性に優れた球状艦首が採用されていました。
この直後(艦内)には敵潜水艦を探知する零式水中聴音機が装備されています。

武蔵 左舷ホースパイプ
▲左舷側ホースパイプ
錨を引き上げる鎖が通る孔です。
武藏は度重なる敵機の攻撃により艦首が沈下し左舷側に傾斜、傾斜を復元するため左舷側の錨を投棄したと言われていますが、その説の通り左舷側の錨はありませんでした。

武蔵 右舷ホースパイプ
▲右舷側の錨(右端)と舷外電路(電線状の物)
磁気機雷を避けるために艦体全周に張られた舷外電路ですが、「外部から力がかかりやすい錨やフェアリーダー(機雷を除去する防雷具曳航索(ロープ)を通す穴)周辺のみカバーが付けられた」とも言われ、この映像を見るとカバーは一部にしか付いていない様に見えます。

錨甲板
▲錨甲板後端
右側の丸い物が錨鎖を巻き上げるケーブルホルダー、左側の四角い物は通風筒兼号令台です。
舷側から甲板に上がった映像です。

武蔵 艦首通風筒
▲通風筒
上掲写真の後ろ側、一番主砲塔の直前にある通風筒です。
本来はこの手前側に波除板が付いていた筈ですが、無くなっている様です。
また左側の円形の物が四角の物を挟んで奥にもあります。

武蔵 副舵
▲副舵
上下が逆になっています。
前回の動画では主舵が出てきました(今回もこの後に出てくる)が、今回は副舵が出てきました。
副舵は効きが悪かった様です。

武蔵 機銃座?
▲機銃座?
解説も曖昧で良く分かりませんが、形状から九六式二十五粍三聯装高角機銃の銃座と思われます。

武蔵 機器?
▲不明
「ハイライト」として紹介された器材ですが、場所も物も詳細不明です。
羅針儀の様な感じです。
右側に見える棒状の物は伝声管でしょうか?

武蔵 ???
▲不明
同じく「ハイライト」として紹介された器材ですが、場所も物も詳細不明です。
動画の最後の方にももう一度登場、様々な角度で撮影されますが詳細不明です。

武蔵 ????
▲不明
同じく「ハイライト」として紹介された器材ですが、場所も物も詳細不明です。

武蔵 主砲弾?
▲砲弾
砲弾は不勉強でよく分かりませんが、形状から副砲の15.5cm砲弾でしょうか?

武蔵 高角砲弾?
▲高角砲弾
四〇口径八九式十二糎七高角砲の砲弾と弾薬包です。

武蔵 ?????
▲不明
後部艦橋両舷にあった機銃射撃指揮装置の支塔の様にも見えますが、詳細不明です。

武蔵 発着指揮所
▲射出指揮所(右)、九五式機銃射撃指揮装置(左)
航空作業甲板後端にあった爆風除盾の付いた艦載機の発着を指揮する射出指揮所、同甲板両舷に設置された機銃を指揮する九五式機銃射撃指揮装置を艦尾側から映していると思われます。
射撃指揮装置は射出指揮所の両側にありましたが右舷側(映像右側)は無くなっている様です。
また、左舷側も爆風除盾が無くなっています。
因みに画像の下の部分(泥が堆積している場所)が甲板下にあった搭載していた水上偵察機の格納庫と思われます。

武蔵 15、5cm砲
▲六〇口径三年式一五糎五砲塔
横転していますが特徴的な形状の副砲砲塔が泥から僅かに見えています。
元は最上型軽巡洋艦の主砲でしたが重巡に改装時に降ろした物の砲身を流用した物です。
その砲身を含むほとんどが泥に埋没し、8m測距儀しか見えません。

武蔵 15、5cm砲 (2)
▲同上
上掲写真(右前方から)の別角度(後方上部)です。
解説では「装甲が外れています」とありますが、外れているのは直射日光による砲塔内の温度上昇を抑える「防熱板」です。
また、従来は砲塔背面の出入口は「引き戸」とされていましたが、映像を見ると「開き戸」の様です。

武蔵 15m測距儀
▲四八式倒分像立体視式15m二重測距儀(光四八金物)
前回の映像でも登場した所謂「15m測距儀」を同じく左後方(左が頂部、右が艦橋)から撮影しています。
今回は上部側に回って映っていましたが、残念ながら二號一型電波探信儀(対空レーダー)の空中線は支持金具を残し無くなっています。

武蔵 方位盤
▲主砲射撃所(左)と測距儀(右)
上掲映像に続く映像です。
主砲射撃所内に大和型最大の特徴である46cm砲の発射銃把(引き金)があります。
砲撃戦の際は測距儀が目標に向かって指向しますが、主砲射撃所は前方に固定されています。
主砲射撃所から伸びるトラス状の物は信号灯の支柱です。

武蔵 測距儀欠損部分
▲主砲射撃所(右)と側的所(左)
上掲測距儀の映像を逆方向(向こう側。つまり右が頂部、左が艦橋))から撮影しています。
側的所の両側に上掲の15m測距儀が伸びていますが、右側は根本から折れてしまっている様です。

武蔵 射撃指揮装置
▲九五式機銃射撃指揮装置?
爆風除盾が外れた機銃射撃指揮装置の様ですが、続く動画を何度見ても艦橋周辺と言う以外場所が判然としません。

武蔵 探照灯管制機
▲三番、五番探照灯管制器
艦橋中段やや後方に装備されており、煙突周辺に装備された九六式百五十糎探照燈(サーチライト)を管制していました。
横転していますが、状況から右舷側と思われます。

武蔵 第一艦橋 爆弾孔?
▲第一艦橋
右舷やや下方から見た第一艦橋です。
右側に並んだ三角形の部材は主砲発砲時の爆風を逃がすための遮風装置です。
第一艦橋側面に破孔が見られますが、艦橋への直撃弾の跡でしょうか?
武藏は第六次空襲時に艦橋右舷に直撃弾を受け、敵弾は作戦室で爆発し航海長・仮屋實大佐以下艦首脳部57名が散華、艦長・猪口敏平少将も重傷を負ってしまい艦の指揮が困難になります。

武蔵 防空指揮所
▲防空指揮所
直上からの映像です。
艦橋頂部(第一艦橋の屋上)にあり、対空戦闘時は艦長はこの場所で指揮を執ります。
前述しましたが第六次空襲の際の直撃弾は、この防空指揮所に命中し作戦室で爆発したと言われていますが、映像では破損していない様にも見えます。

武蔵 伝令所
▲伝令所(小さい窓が3ッある箱状の場所)
上掲「防空指揮所」に続く映像です。
防空指揮所にあった伝令所は新造時は防毒構造の密閉式でしたが、最終時は開放式(前部の衝立のみ)だったと言われています。
今回の映像を見ると武藏は最終時も密閉式だった様です。

武蔵 機銃
▲九六式二十五粍三聯装高角機銃
爆風除盾(シールド)付きの機銃です。
解説は15.5cm3連装砲や12.7cm連装高角砲と混乱していますが、25㎜三連装機銃です。
シャッターが開いているので俯仰を調整する把手が見えます。
映画『男たちの大和』で主人公の松山ケンイチさんが回していたハンドルです。
武藏は最終時、25mm3連装機銃35基を装備、そのうち爆風除を付けていたのは新造時のまま8基ありますが後出の映像から後部艦橋右舷前方の十三番機銃と思われます。
※機銃の番号は新造時のまま(該当機銃は五番)の呼び方だったとも言われます。

武蔵 機銃座直下の見張り所
▲見張り所
上掲の機銃を上方やや側面(艦尾側)から撮影しています。
この映像は個人的に今回の全ての映像の中で最大の発見です!
機銃座下方の角張った箱状構造物(見張り所)から後部艦橋前方の両舷にあった十三、十四番機銃のうち右舷側十三番と思われます。
が、その下部にも見張り所の様なブルーワーク(囲い)が見えます!
しかも直後の映像でブルーワーク内に双眼望遠鏡の基台の様な物も映っている事から見張り所の様で、今までのこの付近では全く知られていない構造物です。

武蔵 機銃座直下の見張り所2
▲上掲新発見見張り所の近影

武蔵 電探室
▲一號三型電波探信儀(13号電探)の電探室
上掲の場所から再度上方に回った映像で、十三、十四番機銃の間(艦中心線上)にあった13号電探の電探室と思われます。
13号電探は後檣(マスト)に取り付けられ、この電探室から鋼索で操作しました。

武蔵 ??????
▲不明
以前、3枚目の静止画として公開されたハンドル状の構造物の全景です。
詳細不明です。

武蔵 航空作業甲板
▲航空作業甲板上の飛行機運搬軌条(レール)と旋回盤(円形)
これを見ると航空作業甲板は殆ど損傷していな様です。

武蔵 航空作業甲板付属物?
▲不明
直前に航空作業甲板右舷側の機銃座(二十三番、機銃は脱落)?らしき物が映っていたので艦尾付近と思われます。
甲板に取り付けられていると言うより、甲板の上に乗っている様に見え、この付近でこの形状となると艦尾にあった艦載機収容用の6tジブクレーンの先端部分か、射出機の一部ではないでしょうか?
全然違うかったりして・・・

武蔵 零式水偵?
▲零式観測機の翼?
航空機の翼(右上が付け根)の様に見えます。
大和型は零式観測機6機(武藏は聯合艦隊旗艦時に零式水上偵察機も混載?)が格納可能ですが最大に搭載された事は無く、その後武藏は零式観測機2機が定数とされていた様です。
ただ、武藏は比島沖海戦時、搭乗員2名(1機分)が乗艦していた様ですが詳細は不明です。

武蔵 ボイラー?
▲艦本式ロ號罐?
形状から罐(ボイラー)と思われます。
大和型は当罐を12基搭載していました。
機関関係は不勉強で良く分かりません。

武蔵 黙祷
▲最後にオクトパス号の関係者一同が揃って武藏の英霊に黙祷を捧げてくれました(;ω;)
我が先人たちに敬意を持って接してくれる姿は日本人として非常に嬉しく思います。

オクトパス号の乗組員が無事に探索を終え、またまだ見付かっていない大和型最大の特徴である46cm砲が今後、見つかる事を祈ります。
そして一人でも多くの英霊のご帰還を願っています。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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