当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

天皇皇后両陛下、パラオご訪問

畏れ多くも 天皇皇后両陛下がこの度、南洋パラオ共和国に慰霊のためご訪問されました。






ペリリュー島、アンガウル島と言えば大東亜戦争に興味のある方には御馴染みの激戦地です。
ペリリュー島では歩兵第二聯隊(水戸)を主力、歩兵第十五聯隊(高崎)第ニ、第三大隊、第十四師團戰車隊、西カロリン海軍航空隊など10,931名(守備隊長:歩二聯隊長・中川州男大佐)が米2個師団48,000名を迎え撃ち、約2ヶ月の激戦(昭和19年9月15日 ~11月25日)ののち玉砕、アンガウル島では歩兵第五十九聯隊(宇都宮)第一大隊1,250名(同:同大隊長・後藤丑雄少佐)が米1個師団21,000名を迎え撃ち1ヶ月の激戦(昭和19年9月17日~0月19日)ののち玉砕しました。

ペリリュー島のご訪問は 陛下にとって長年の宿願であり、この度漸くのご訪問となりました。
日程は
4月8日(水) 民間機(羽田発)でパラオ本島にご到着
         レメンゲサウ大統領夫妻と会見、ミクロネシア連邦
         マーシャル諸島の両国大統領夫妻と懇談
         パラオ政府主催晩餐会に臨まれる。
         御召船「あきつしま」(海保巡視船)にご宿泊

  9日(木) 御召船よりヘリでペリリュー島に、自動車で島南部の西太平洋戦没者の碑、
        米軍上陸地点付近にある米陸軍の慰霊碑にそれぞれ供花
        夜ご帰国

数週間前から風邪をめされ、且つご高齢の 両陛下におかれましては、苛酷な日程ですが、慰霊に挑まれる 陛下の強い御稜威を感じます。

両陛下はペリリュー島の西太平洋戦没者の碑に白菊の花を碑に供え、深々と拝礼され、さらにアンガウル島に向かっても頭を下げられました。
天皇皇后両陛下 パラオ行幸
▲「西太平洋戦没者の碑」に供花される 天皇、皇后両陛下

天皇皇后両陛下 パラオ行幸 (2)
▲「西太平洋戦没者の碑」で供花後、アンガウル島に向かって拝礼される 天皇、皇后両陛下

昭和22(1947)年4月22日まで戦闘を続行し生還、今回の 陛下の慰霊訪問にも臨席した勇士が「1万の英霊たちが喜ぶ姿が、はっきりと見える」と感想を述べられていました。
僕にも軍旗を先頭に歩兵第二聯隊長・中川州男大佐以下10,695名、歩兵第五十九聯隊第一大隊長・後藤丑雄少佐以下1,191名が整然と捧げ銃をしている姿が目に浮かびました。
中川州男大佐
▲歩兵第二聯隊長・中川州男大佐

後藤丑雄少佐
▲歩兵第五十九聯隊第一大隊長・後藤丑雄少佐

パラオ共和国は大変な親日国としても知られ、 両陛下の国を挙げての奉迎の様子が報道されていました。
一日本人として嬉しい限りです。
我が国は今後ともこういった小国ですが礼儀を重んじる友好国との関係を密にしていって欲しいと願います。
・・・被害者面して我が国を貶め、金をせびる事しか考えていない下劣で幼稚な図体ばかりでかい彼の国やその子分の彼の国よりも・・・

陛下のお言葉全文(羽田にて)

本年は戦後七十年に当たります。先の戦争では、太平洋の各地においても激しい戦闘が行われ、数知れぬ人命が失われました。祖国を守るべく戦地に赴き、帰らぬ身となった人々のことが深く偲(しの)ばれます。

 私どもはこの節目の年に当たり、戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ、パラオ共和国を訪問いたします。

 パラオ共和国は、ミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国と共に、第一次世界大戦まではドイツの植民地でしたが、戦後、ヴェルサイユ条約及び国際連盟の決定により、我が国の委任統治の下に置かれました。そしてパラオには南洋庁が置かれ、我が国から多くの人々が移住し、昭和十年頃には、島民の数より多い五万人を超える人々が、これらの島々に住むようになりました。

 終戦の前年には、これらの地域で激しい戦闘が行われ、幾つもの島で日本軍が玉砕しました。この度訪れるペリリュー島もその一つで、この戦いにおいて日本軍は約一万人、米軍は約千七百人の戦死者を出しています。太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならないと思います。

この度のパラオ共和国訪問が、両国間にこれまで築かれてきた友好協力関係の、更なる発展に寄与することを念願しています。私どもは、この機会に、この地域で亡くなった日米の死者を追悼するとともに、パラオの国の人々が、厳しい戦禍を体験したにもかかわらず、戦後に、慰霊碑や墓地の清掃、遺骨の収集などに尽力されてきたことに対し、大統領閣下始めパラオ国民に、心から謝意を表したいと思っております。

 この訪問に際し、ミクロネシア連邦及びマーシャル諸島共和国の大統領御夫妻が私どものパラオ国訪問に合わせて御来島になり、パラオ国大統領御夫妻と共に、ペリリュー島にも同行してくださることを深く感謝しております。

 終わりに、この訪問の実現に向け、関係者の尽力を得たことに対し、深く感謝の意を表します。

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ご紹介、有難うございます!

天皇皇后両陛下が拝礼されるお姿と、中川大佐、後藤少佐のご遺影を、こうして拝見すると、本当に胸に迫るものがあります。 天皇陛下のお言葉も、初めて全文拝見しました。 本当に、英霊の皆様、軍旗を先頭に整然と儀仗刀と捧げ銃で、両陛下をお迎えされたのではないかと思います。

Re: ご紹介、有難うございます!

sakuraさん、こんばんは。
陛下は慰霊とともに守備隊の任務の解除と速やかな帰国を令したと思いますよ。
陛下とともに英霊も帰国、今頃は故郷で寛いでるのでは無いでしょうか。

こんにちは
天皇皇后 両陛下の体調がすぐれない中でパラオへのご訪問には日本人の国民として頭が下がる思いです。
皇后陛下の胸元に日本国旗とパラオの国旗をペアにしたバッチをされていたのには並々ならぬパラオへの御気持ちを表されておられたのには感動を致しました。

Re: タイトルなし

>>奥山様
お久しぶりです。

> 皇后陛下の胸元に日本国旗とパラオの国旗をペアにしたバッチをされていた
これは知りませんでした!
皇后陛下の細やかな心遣いに感動を覚えました。
情報を教えて頂き、ありがとうございます。
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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