当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

徳島陸軍病院

徳島市に所在する徳島県立中央病院は徳島陸軍病院の跡地にあります。
徳島陸軍病院 イ 記念碑(徳島)
▲徳島陸軍病院院庭造営記念碑

【探索日時】
平成22年2月25日

【更新情報】
平成27年6月28日:大幅改訂(遺構追加、地図訂正、加筆訂正)






徳島陸軍病院周辺の陸軍施設配置
歩兵第四十三聯隊 陸地測量部 大正9(徳島)
▲大正9年頃の地図(大正9測図 大日本帝國陸地測量部)

歩兵第四十三聯隊 国土地理院 NI-53-21-8 22108(徳島)
▲昭和22(1947)年1月8日の徳島市周辺の空撮(国土地理院 NI-53-21-8)
 ※空撮は加工しています。

歩兵第四十三聯隊 歩四十三(徳島)
▲現在の地図に施設を転写

※緑文字が当記事の紹介施設
①歩兵第四十三聯隊 兵営
徳島陸軍病院
③歩兵第二十二旅團司令部
④徳島陸軍練兵場
⑤徳島陸軍射撃場
⑥徳島憲兵分隊
⑦徳島聯隊區司令部
⑧徳島陸軍歩兵作業場
⑨徳島陸軍墓地
※名称については一般的な昭和13(1938)年頃のものです。


遺構について※青字は地図にリンクしています
(アルファベット・カタカナ等は上掲地図参照)
② 徳島陸軍病院
明治41(1908)年9月11日、徳島縣名東(みょうどう)郡加茂名村蔵本(現、徳島市蔵本町)の歩兵第六十二聯隊兵営に隣接して徳島衛戍病院として竣工、10月、聯隊兵営の竣工に伴い、11月15日、開院します。
病院規模は管理所(72.5坪)、病室甲(152.5坪)、病室乙(157.5坪)、手術室(12坪)、伝染病室(82.5坪)、看護学教室および材料庫(38坪)看護卒兵舎(36.75坪)庖厨および浴場(23.5坪)、その他(60坪)でした。

昭和11(1936)年11月10日、徳島陸軍病院と改称します。
昭和12(1937)年8月13日、第二次上海事變が勃発、15日、歩兵第四十三聯隊は出征します。
事変の負傷者は毎月4、5回送還され、9月から12月にかけて18回、489名が収容されました。
12月7日、負傷者の増加に対応するため病棟が増設、昭和13(1938)年2月23日、徳島縣銃後後援會の協力で沖ノ洲町沖ノ浦に徳島陸軍病院沖ノ洲分院(木造平屋建130坪、病床100)が建設されます。
昭和16(1941)年4月26日、支那事變の拡大に伴い、現地に軍病院が開設され送還されてくる負傷者が減少した事から、沖ノ洲分院は閉鎖され、銃後後援會に返還されました。

昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えます。
停戦時の分類は三等甲病床数204でした。

12月1日、徳島陸軍病院は陸軍省から厚生省に移管され、国立徳島病院となります。
昭和28(1953)年7月、病院は徳島県に移管され徳島県立中央病院と改称、現在に至ります。

イ 記念碑
負傷兵の情操的創痍を癒やすべく造営された院庭の製作に携わった方々を顕彰すべく昭和18(1943)年4月3日、建立されました。
徳島陸軍病院唯一の遺構です。
徳島陸軍病院 イ 記念碑(徳島)

ウ 国立徳島病院由来碑
徳島陸軍病院の略歴が刻字されています。
徳島陸軍病院 ウ 由来碑(徳島)

また、病院東側に古い塀がありますが、当時の物か不明です。
徳島陸軍病院 塀?(徳島)
▲古いコンクリート塀


主要参考文献
『徳島市史 第3巻 産業経済編/交通通信編』(昭和58年3月 市史編さん室)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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