当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎

徳島県板野郡松茂町広島宮ノ後には徳島海軍航空隊営外士官・下士官宿舎がありました。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 K(前)・L(奥) 北西から(徳島)
▲現存する徳島海軍航空隊 丙九號住宅

【探索日時】
平成25年3月26日






徳島海軍航空基地周辺の関連施設
徳島海軍航空隊地 徳島海軍航空基地 全体(徳島)
※緑文字が当記事の紹介施設
①徳島海軍航空基地 滑走路
②徳島海軍航空隊
③    〃      燃料置場
④飛行機運搬路(誘導路)
⑤徳島海軍航空隊 射撃場
⑥第十一海軍航空廠 徳島補給工場
⑦徳島海軍航空隊 短波方位測定所
⑧東北方高角砲陣地
⑨矢倉高角砲陣地
⑩斎田照空隊陣地
⑪堀江村水源地
⑫徳島海軍航空隊 送信所
⑬木津隧道
⑭姫田隧道(燃弾庫)
営外士官・下士官宿舎
⑯第十一海軍航空廠徳島補給工場 将校宿舎
⑰    〃                工員宿舎


遺構について※青字は地図にリンクしています
⑮ 徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎
昭和13(1938)年10月25日、海軍省は徳島海軍航空基地用地の買収を開始、昭和14(1939)年9月1日、航空基地の造成を開始、昭和15(1940)年6月25日、航空隊施設が起工されます。
昭和17(1942)年4月1日、未完成の徳島海軍航空基地において徳島海軍航空隊が開隊します。
営外士官・下士官宿舎の用地買収、建設開始時期は不明ですが、徳島海軍航空基地、同海軍航空隊用地と同時期と思われます。
昭和17(1942)年10月19日、営外士官・下士官宿舎が竣工します。

宿舎地区は4区画に別れ北西に2戸1棟の宿舎4棟、北東に同10棟、道路を挟んだ南側の東西に2戸1棟の宿舎5棟、南東隅に酒保があり、それぞれの宿舎には小庭が附属しました。
現地で取材をしたところ「北側は兵、南側は下士官の宿舎だった」との事です。
北側の建物より南側の建物の方が敷地、建坪とも広く、日当たりも良い事から、北側が下士官宿舎(兵の宿舎が営外にあるとは考えにくい)、南側が士官宿舎だったのでは無いでしょうか。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 営外官舎(NI-53-21-8 36522)(徳島)
▲昭和36(1961)年5月22日の周辺空撮(国土地理院 NI-53-21-8)

徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 営外宿舎 現在(徳島)
▲現在の状況

A ・ B 宿舎
2戸1棟の両方が遺りますが、両方とも外壁が鋼板、波板に替えられており、B(奥)の屋根下部分に僅かに当時の下見板が遺ります。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 A(前)・B(奥) 北西から(徳島)


C ・ D 宿舎
2戸1棟の両方が遺りますが、両方とも外壁が鋼板に替えられています。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 D・C(前から) 北東から(徳島)


E ・ F 宿舎 (丙二十一・二十二號住宅)
2戸1棟の両方が遺ります。
下記G・Hとともに4戸2棟が全て遺り、当時の宿舎の景観が最も保たれています。

E・Fともにやや増築、鋼板、波板の補強がされているものの、下見板張りが遺り、特にEは天井裏換気口に「丙二十一 二十二號住宅」と記載された住宅番号札が遺ります。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 E・F・G・H(前から) 北西から(徳島)

徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 E 軒下の木札(丙二十一・二十二)(徳島)
▲Eの天井裏換気口に遺る「丙二十一 二十二號住宅」の住宅番号札

今まであちこちの官舎を見てきましたが、この木札は初めてみました。


G ・ H 宿舎
2戸1棟の両方が遺っていました(現在、googleマップで見るとGは破壊されてしまった様です)。
Hは外壁が波板で補強されていますが、Gは殆ど手付かずで当時のままと思われます。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 G・H(前から) 北西から(徳島)
▲G(手前)とH(奥)


I 宿舎 (丙十七號住宅)
2戸1棟の片方が遺ります。
外壁が波板で補強されていますが、こちらも天井裏換気口に「丙十七 十八號住宅」と記載された住宅番号札が遺ります。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 I 軒下の木札(丙十七・十八)(徳島)
▲ I に遺る住宅番号札「丙十七 十八號住宅」


J 宿舎
2戸1棟の片方が遺ります。
外壁が波板で補強され、倉庫に改造されている様で面影は余りありません。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 J 北東から(徳島)


K ・ L 宿舎 (丙九・十號住宅)
2戸1棟の両方が遺ります。
Kは空家になっていますが、殆ど手付かずで当時のままと思われます。
天井裏換気口に「丙九 十號住宅」と記載された住宅番号札が遺ります。
Lは外壁が鋼板に替えられ、増築されています。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 K 南西から(徳島)
▲K((丙九號住宅)
 表紙写真の別角度からの撮影

徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 K 軒下の木札(丙九・十)(徳島)
▲K((丙九號住宅)に遺る住宅番号札「丙九 十號住宅」


M 宿舎
2戸1棟の片方が遺ります。
外壁が鋼板に替えられ、増築もされていますが、比較的当時のままの姿です。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 M 北東から(徳島)

N 宿舎
上記宿舎より敷地、建坪とも広く、こちらが士官用の宿舎だったのでは無いでしょうか?
2戸1棟の片方が遺りますが、空家になっているようです。
徳島海軍航空隊 営外士官・下士官宿舎 N 西から(徳島)


主要参考文献
『松茂町誌 上巻』 (昭和50年4月 松茂町誌編纂室)

-個人サイト-
自然、戦跡、ときどき龍馬 「嗚呼、徳島海軍航空隊・中編」
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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