当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

蒜山原陸軍演習場 川上陸軍演習廠舎

岡山県真庭市蒜山上福田に蒜山原陸軍演習場に付属する川上陸軍演習廠舎がありました。
川上陸軍演習廠舎 B 廠舎(右側は増築) 南西から(岡山)
▲民有地に遺る廠舎

【探索日時】
平成26年6月7日






遺構について※青字は地図にリンクしています
川上陸軍演習廠舎
昭和10(1935)年11月27日、蒜山原陸軍演習場が開設された事に伴い、真庭郡川上村(現、真庭市)に川上陸軍演習廠舎が建設されます。
『蒜山原演習廠舎新築工事實施ノ件』(肆第一三八九號)によると昭和11(1936)年8月8日に廠舎建築の許可が下りていますが、蒜山原陸軍演習場には当川上の他に八束陸軍演習廠舎があり、どちらの事を指しているのか(両方か?)不明です。

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争の停戦に伴い大蔵省に移管後、川上村、入植者に払い下げられ、現在は県立川上小学校(蒜山教育事務組合立を経て県立)、民有地になっています。

川上陸軍演習廠舎(岡山)
▲『蒜山原演習場(部分)』 (大日本帝國陸地測量部 昭和12年測図)
 建物は4棟しか書かれていません。

川上陸軍演習廠舎USA-M744-1-189(230121)(岡山)
▲昭和23(1948)年1月21日の国土地理院空撮(USA-M744-1-189)
 この空撮を見ると、下士官兵用の廠舎と思しき大型建物が現在の
 川上小学校辺りに6棟、道路を挟んだ西側の現在民有地に将校用と
 思しき小型建物が8棟程見えます。

川上陸軍演習廠舎(現在)(岡山)
▲川上陸軍演習廠舎周辺の現況
 明確な境界が不明なため、境界線は引いていません。
※以下のアルファベット、カナ等の遺構配置は上掲地図参照

A 廠舎
民有地に遺ります。
下記の基礎が繋がっている事から減築されたと思っていましたが、空撮を見ると停戦時は既にこの長さだった様です。
規模からして将校用の廠舎と思われます。
川上陸軍演習廠舎 A 廠舎 南東から(岡山)
▲南東から
 物置に転用されており、南側(手前)に車庫、北側(奥)に庇と通路が増築されています。

川上陸軍演習廠舎 A 廠舎 東側 北東から(岡山)
▲東側入口の近影

川上陸軍演習廠舎 A 廠舎 南東から (2)(岡山)
▲南側の壁面
 車庫が増築されたおかげで当時の状態が良好に遺っています。

川上陸軍演習廠舎 A 廠舎 北側廊下 東から(岡山)
▲北側の壁面
 こちらも庇の増築のおかげで当時の状態が良好に遺っています。

川上陸軍演習廠舎 A 廠舎 西から(岡山)
▲西側の壁面は波板で補強されています。

川上陸軍演習廠舎 A 廠舎 内部 東から (2)(岡山)
▲内部の様子
 入口を入ってすぐに土間、左側に小部屋、奥に座敷があります。

川上陸軍演習廠舎 A 廠舎 内部小屋組 東から (3)(岡山)
▲天井の小屋組
 梁は煤で真っ黒です。


ア 廠舎基礎
畑の中に遺っています。
“A廠舎”の西側に連続している事から元々は5倍程の長さがあった建物を減築した様です。
推測ですが廠舎拡張に伴い東側区画に新たに下士官兵用の廠舎を建設し、元々下士官兵用の廠舎だったAの建物を将校用の戸建に減築・改装したのでは無いでしょうか?
川上陸軍演習廠舎 ア 廠舎基礎 西から(岡山)
▲奥に見えるのがAの建物

川上陸軍演習廠舎 ア 廠舎基礎 南側 南東から (岡山)
▲基礎の近影

川上陸軍演習廠舎 ア 廠舎基礎 東側囲い(岡山)
▲基礎の中心にある方形区画
 2ヶ所あり、囲炉裏の跡でしょうか?

川上陸軍演習廠舎 ア 廠舎基礎 北側中央玄関 北から(岡山)
▲北側中央にある玄関跡

※Aとアは同じ方の所有地にあり、許可を得て立ち入り、撮影しています。


B 廠舎
民有地に遺ります。
規模からして将校用の廠舎と思われます。
川上陸軍演習廠舎 B 廠舎(右側は増築) 南東から(岡山)
▲右側(東側)の部分は戦後の増設
 近年まで離れとして使用されていましたが、現在は空き家になっています。

川上陸軍演習廠舎 B 廠舎(左側は増築) 北西から(岡山)
▲北西から
 窓は閉鎖されていますが、建物の状態は良好です。

川上陸軍演習廠舎 B 廠舎内部 北から(岡山)
▲北側の窓から見た内部
 こちらの建物も内部は殆ど当時のままの様です。

川上陸軍演習廠舎 B 廠舎内部小屋組 北から(岡山)
▲天井の小屋組
 こちらも梁は煤で真っ黒です。

※所有者の許可を得て立ち入り、撮影しています。
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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