当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

岡山陸軍兵器補給廠 和気班

平安時代に怪僧・道鏡による皇位簒奪計画を阻止した事で知られる和気清麻呂の生誕地、岡山県和気(わけ)町に岡山陸軍兵器補給廠疎開弾薬庫(通称、和気弾薬庫)がありました。
岡山陸軍兵器補給廠 和気班 E 最深部 内部(岡山)
▲和気町に遺る横穴格納壕

【探索日時】
平成26年4月9日






遺構について※青字は地図にリンクしています
岡山陸軍兵器補給廠 和気班
昭和19(1944)年7月7日、我が国はサイパン島、8月3日、テニアン島、11日、大宮島(グアム)を相次いで失陥、B29による本土空襲が迫る中、陸軍兵器行政本部は比較的軍需工場が少なく、空襲の危険性が低いと思われる岡山陸軍兵器補給廠に各兵器補給廠の保管品の疎開を開始します。

岡山陸軍兵器補給廠は疎開品の格納に対応し、また空襲に備えるべく県下の不要休眠施設(農業倉庫、公会堂、米蔵、酒蔵、い草蔵、学校講堂など)を借受けるとともに、山間部に横穴式格納壕の設定を計画します。
昭和20(1945)年2月、和氣郡本庄村(現、和気町)の谷地を借受け、斜面に勤労奉仕隊の協力を得て労務者により30ヶ所の格納壕の掘削を開始、完成した壕から随時弾薬を格納、岡山陸軍兵器補給廠(昭和20年4月29日、廣島陸軍兵器補給廠岡山分廠に改編)において編成された和気班が常駐し管理にあたります。

8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦に伴い、10月23日、米第6軍第24師団が岡山に進駐、補給廠は接収され、和気班管理下の弾薬類は爆破、兵器類は吉井川河畔において焼却処分されました。

停戦後、陸軍省借受地は元の地権者に返還されたと思われますが、格納壕は放置され、現在は殆ど崩落、一部は山陽道、設備会社、墓地の建設により完全に滅失しています。
岡山陸軍兵器補給廠 和気班 和気弾薬庫(岡山)
▲格納壕現状(赤色:崩落青色:現存薄紫:滅失?
以下のアルファベットの遺構配置は上掲地図参照

A ~ D 格納壕
同一斜面に掘削されており、長さは10m程度で全て崩落しており溝状になっています。
全ての壕が爆風除けのため途中で“く字型”に曲げられており、Dのみ途中から分岐して“逆ト型”をしています。
岡山陸軍兵器補給廠 和気班 A 最深部(岡山)
A 最深部

岡山陸軍兵器補給廠 和気班 B 壕口から(岡山)
B 壕口跡から
 3m程で左側に直角に屈曲します。

岡山陸軍兵器補給廠 和気班 B 最深部(岡山)
B 屈曲部から最深部

岡山陸軍兵器補給廠 和気班 C 最深部(岡山)
C 屈曲部から最深部

岡山陸軍兵器補給廠 和気班 D 屈曲部から最深部(岡山)
D 屈曲部から最深部


E 格納壕
壕口付近は崩落しているものの唯一、本体部分が遺っています。
壕は途中で2度屈曲してクランク状になっています。
岡山陸軍兵器補給廠 和気班 E 壕口から(岡山)
▲分かり難いですが、左下から屈曲して壕口に繋がります。

岡山陸軍兵器補給廠 和気班 E 最深部 内部(岡山)
▲3m程が遺っています。


F 格納壕
Eの対面にあり、崩落しています。
E同様に2度屈曲してクランク状になっています。
岡山陸軍兵器補給廠 和気班 F 最深部(岡山)
F 最深部

この辺りには他にも格納壕があったと思われますが、山陽道建設に伴い破壊されてしまった様です。


G ~ I  格納壕
同一斜面にありますが、全て崩落しています。
H、 I は“く”字型、 I は直線型ですが斜面が小川で削れている事から、 I も元々は“く”字型だったと思われます。
岡山陸軍兵器補給廠 和気班 G 壕口から(岡山)
G 壕口から
 右下から左上に崩落跡が伸びています。

岡山陸軍兵器補給廠 和気班 H 屈曲部から最深部(岡山)
H 屈曲部から最深部

岡山陸軍兵器補給廠 和気班 I 屈曲部から最深部(岡山)
▲ I 屈曲部から最深部


J ~ M 格納壕
同一斜面にありますが、全て崩落しています。
J~Lは壕跡の溝に樹木が雑草が茂り、観察しにくいです。
岡山陸軍兵器補給廠 和気班 J 最深部(岡山)
J 屈曲部から最深部

岡山陸軍兵器補給廠 和気班 K 屈曲部から最深部(岡山)
K 屈曲部から最深部

岡山陸軍兵器補給廠 和気班 L 壕口(岡山)
L 壕口跡付近
 緑色の樹木が生えている場所が壕の跡です。

岡山陸軍兵器補給廠 和気班 M 壕口から(岡山)
M 壕口跡から
 土砂の流入により殆ど埋まっています。

a ~ e 格納壕
a は近所の方によると墓地造成で滅失、b ・c は鹿害防止策があり、探索できませんでした。
d・e は周囲が荒れ果てており、進入できませんでした。


主要参考文献
『岡山の戦跡』 (平成21年10月 岡山県教職員組合教育運動推進センター)
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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