当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

天皇皇后両陛下、比島ご訪問

畏れ多くも 天皇皇后両陛下がこの度、フィリピン共和国に慰霊のため1月26日から5日間の日程でご訪問されました。






比島は大東亜戦争劈頭の昭和17(1942)年5月10日に我が軍が攻略するも、大戦末期の昭和19(1944)年10月20日から米軍が侵攻、比島の失陥は南方資源地帯との遮断を意味し、即ち大戦の帰趨を決する事から、第十四方面軍(山下奉文大将)を主力とし、聯合艦隊も全力で防衛に務めるなど陸海に激戦が展開されました。
陸海軍の航空・水上特攻隊が作戦として初めて出撃した事でも知られ、我が先人約518,000名が散華されました。
我が関西からは第十師團(姫路)、第十六師團(京都)が比島防衛戦に参加しました。

今回の訪比も前回のペリリュー島とともに 陛下にとって長年の宿願であり、この度漸くのご訪問となりました。
陛下の比島行幸

ご高齢の 両陛下におかれましては、寒い日本から温かい比島までのご移動、現地での催しなど苛酷な日程ですが、慰霊に挑まれる 陛下の強い御稜威を感じます。

両陛下 比島戦没者の碑の拝礼
▲29日、フィリピン共和国カリラヤの「比島戦没者の碑」に供花し、拝礼される天皇、皇后両陛下

第十四方面軍を率い、圧倒的優勢なマッカーサー大将率いる米軍と激戦を展開した「マレーの虎」の異名で知られる山下奉文大将は二二六事件に際した言動から先帝陛下の不興を買い、停戦後はマッカーサーの差金で戦犯の汚名を着せられマニラの刑場に散りますが、今上陛下の拝礼に感激はひとしおだったと思います。
同じくマッカーサーの報復により刑場に散った本間雅晴中将(第十四軍司令官)、転進中ミンダナオ海で散華した鈴木宗作中将(第三十五軍司令官)、レイテ島で自決した牧野四郎中将(第十六師團長)、戦艦「山城」とともにスリガオ海峡で散華した西村祥治中将(第一遊撃部隊第三部隊司令官)、マニラ防衛戦の後自決した岩淵三次少将始め、フィリピンに眠る英霊518,000名の感激が目に浮かびます。

両陛下は我が英霊の慰霊の前(27日)には我軍を苦しめた米軍指揮下、また共産系の匪賊の墓にも供花されました。
正に神武天皇の提唱した八紘一宇の精神を体現される陛下のご姿勢にはただただ敬服しかありません。
敵の墓に参拝するなど常人には到底できない事であり、かく言う僕も沖縄に行った際、サイモン・バックナー中将の戦死碑で頭を下げる事はできませんでした。

陛下のお言葉全文(ご出発前)

 この度、フィリピン国大統領閣下からの御招待により、皇后と共に、同国を訪問いたします。

 私どもは、ガルシア大統領が国賓として日本を御訪問になったことに対する答訪として、昭和三十七年、昭和天皇の名代として、フィリピンを訪問いたしました。それから五十四年、日・フィリピン国交正常化六十周年に当たり、皇后と共に再び同国を訪れることをうれしく、感慨深く思っております。

 フィリピンでは、先の戦争において、フィリピン人、米国人、日本人の多くの命が失われました。中でもマニラの市街戦においては、膨大な数に及ぶ無辜のフィリピン市民が犠牲になりました。私どもはこのことを常に心に置き、この度の訪問を果たしていきたいと思っています。

 旅の終わりには、ルソン島東部のカリラヤの地で、フィリピン各地で戦没した私どもの同胞の霊を弔う碑に詣でます。

 この度の訪問が、両国の相互理解と友好関係の更なる増進に資するよう深く願っております。

 終わりに内閣総理大臣始め、この訪問に心を寄せられた多くの人々に深く感謝いたします。

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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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