当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

紀伊防備隊 里山防空砲臺

和歌山県日高郡由良町に所在する海上自衛隊・阪神基地由良基地分遣隊の南側にある笠松山(通称「お禿山」)頂上に紀伊防備隊防空のための里山防空砲臺がありました。
紀伊防備隊 里山砲台 D 銃座 北東から(和歌山)
▲里山防空砲臺の機銃座

【探索日時】
平成26年2月18日、3月4日





紀伊防備隊 施設配置
紀伊防備隊 横穴式格納庫  紀伊防備隊(全体) 現在(和歌山)
▲現在の地図に現存施設・境界を転写

※緑文字が当記事の紹介施設
① 紀伊防備隊 本隊
② 紀伊防備隊 営外宿舎
③ 山弾薬庫
④ 笠松山水源地
⑤ 笠松山防空砲臺
⑥ 里山防空砲臺
⑦ 北山防空砲臺


紀伊防備隊の防空砲台について
※青字は地図にリンクしています
昭和12(1937)年7月26日、海軍省より呉鎭守府司令長官に対し紀伊防備隊新設が発令され、10月26日、起工式を挙行し工事を開始、昭和14(1939)年11月1日、紀伊防備隊が開隊します。

昭和19(1944)年6月、紀伊防備隊防空のため里山、北山両防空砲臺、8月、笠松山、高見山両防空砲臺が新設されます。
なお、設営時期について『由良市誌』には「昭和十八年五月、高射砲陣地、紺源山山頂に配備」とあり、他の砲台の記述はありません。

紀伊防備隊本隊の防空砲台について『紀伊防備隊 戦時日誌』、『紀伊防備隊 砲台』(引渡目録)等、一次史料には笠松山上掲地図⑤:先述)、里山(本記事)、北山同⑦:後述)、蟻島高見山が記載されています。

一方、『由良要塞Ⅱ』所収の「紀伊防備隊本部周辺の防空施設等について」(元ネタは『由良町の文化財26』)によると防空砲台(監視哨との表現あり)は、笠松山お禿山(里山)、北山紺源山阿戸地区の海岸蟻島にあったと記載されています。
後者では北山(“防備隊北側の山”の意で「北山」。正式な山名は「紺源山」)に監視哨紺源山に防空砲台とし、同一山上の施設を別々の施設として数えています。
北山(紺源山)防空砲臺についていは後日、詳細と僕の見解を掲載します。


遺構について
⑥ 里山防空砲臺
里山防空砲臺は笠松山水源地から東側に伸びる尾根筋を進んだ、地元では「お禿山」と呼ばれる山頂及び山頂から北側の鞍部を越えた頂部の2ヶ所に設営されました。
(笠松山水源地への行き方は前記事「紀伊防備隊 笠松山水源地」を参照)

里山防空砲臺への行き方が不明だったので、最初はお禿山南側麓にある地下格納庫d・e付近から登りました(後々地元の方に取材したところ、この登山道が本来の登道だったらしい)が急斜面なため、西側の笠松山水源地に上がる津波避難道から尾根筋を登る方が楽に行けます。

紀伊防備隊 里山砲台 里山砲台(和歌山)
▲里山防空砲臺 見取図
(下記アルファベットの遺構配置は上掲地図参照)

A 銃座
直径400cmあり、機銃の銃座と思われます。
里山砲台の備砲は一次史料に記載が無く不明ですが、『由良要塞Ⅱ』によると二十五粍聯装2機、同単装3機だった様です。
 
銃座Aは山の頂部を円形に掘り下げ周囲に土堤を造り、内部に3ヶ所のコンクリート製砲側弾薬置場 a ・ b ・ c を備え、北側に削平地B及び兵舎?Cに下りる通路dがあります。
紀伊防備隊 里山砲台 A 銃座 北西から(和歌山)
▲A銃座 北西から

紀伊防備隊 里山砲台 A 銃座 開口部から(和歌山)
▲A銃座 北側開口部から

a 砲側弾薬置場
コンクリート製で厚さ10×幅80×高さ60cmあります。
紀伊防備隊 里山砲台 Aa 砲側弾薬置場(和歌山)

b 砲側弾薬置場
コンクリート製でaと同規格です。
紀伊防備隊 里山砲台 Ab 砲側弾薬置場(和歌山)

c 砲側弾薬置場
コンクリート製ですが、天板が失われています。
紀伊防備隊 里山砲台 Ac 砲側弾薬置場(和歌山)


B 削平地
砲座Aのすぐ北側にあります。
紀伊防備隊 里山砲台 B 北から(和歌山)
▲北から
 右奥がA銃座


d 通路
砲座Aから兵舎と思しき方形窪地Cに下りる通路跡(幅60cm程の溝)が遺ります。


J 円形窪地
A銃座に登ってくる稜線上にあります。
紀伊防備隊 里山砲台 J 円形窪地(和歌山)


紀伊防備隊 里山砲台 里山砲台(和歌山)
▲里山砲台 見取図

C 方形窪地
幅3.5×奥行10mあります。
『紀伊防備隊 砲台』(引渡目録)によると里山砲台には「兵舎十八坪 一棟」の記述があり、この方形窪地がこの兵舎跡と思われます。
紀伊防備隊 里山砲台 C 方形窪地 北西から(和歌山)
▲北西から
 左側がA銃座とB銃座を繋ぐ通路

紀伊防備隊 里山砲台 C 方形窪地内部 北側(和歌山)
▲内部は人為的に削られています。


D 銃座
直径450cmあり、機銃の銃座と思われます。
 
銃座Dも山の頂部を円形に掘り下げ周囲に土堤を造り、内部に4ヶ所のコンクリート製砲側弾薬置場 e ・ f ・g ・ h を備え、東側に削平地 i 、北側に土堤で囲った二重の方形掩体、南東斜面下に地下壕が2基あります。
紀伊防備隊 里山砲台 D 銃座 北西から(和歌山)
▲D銃座 北西から

紀伊防備隊 里山砲台 D 銃座 東から (3)(和歌山)
▲D銃座 東側開口部から

e 砲側弾薬置場
コンクリート製でA砲座の物と同一規格です。
紀伊防備隊 里山砲台 De 砲側弾薬置場(和歌山)

f 砲側弾薬置場
コンクリート製で破損も無く状態は良好です。
紀伊防備隊 里山砲台 Df 砲側弾薬置場(和歌山)

g 砲側弾薬置場
紀伊防備隊 里山砲台 Dg 砲側弾薬置場(和歌山)

h 砲側弾薬置場
紀伊防備隊 里山砲台 Dh 砲側弾薬置場(和歌山)


i  削平地
銃座D、削平地Eの東側にあり、南側に掘り込み j があります。
DとFを連結する通路の様です。
紀伊防備隊 里山砲台 D 銃座 東から(和歌山)
▲ i 削平地からのD銃座開口部

紀伊防備隊 里山砲台 j 方形窪地 北東から(和歌山)
▲掘り込み j


E 方形掩体
用途不明の施設で銃座Dの北側にあり、北側に土堤を築き掩体を形成し、銃座とは東側の通路で連結しています。
土堤は通路状に切れ込みが2ヶ所入っており、北側の削平地・掩体に移動できる様になっていた様です。
なお、E・Fは土堤がかなり低くなっており「こう見える」程度です。
紀伊防備隊 里山砲台 E 方形窪地 南西から(和歌山)
▲E方形窪地、南西(D銃座)から

紀伊防備隊 里山砲台 E 方形窪地・D 銃座(奥) Fから(和歌山)
▲E方形窪地(手前)とD銃座(奥) 北から


F 方形掩体・削平地
用途不明の施設で方形掩体Eの北側にあり、西側は削平地、東側はコの字の土堤で囲まれ掩体を形成しています。
紀伊防備隊 里山砲台 F 削平地 東から(和歌山)
▲F削平地の西側

紀伊防備隊 里山砲台 F 削平地(右)、E 方形窪地(奥) 北東から(和歌山)
▲F削平地(手前)、E 方形窪地(左奥)


G 隧道
2m程が遺ります。
『紀伊防備隊 砲台』(引渡目録)によると里山防空砲臺には「隧道 二十五米」があったようです。
D銃座の南東斜面下にありますが、通路等が無くどの様に運用されていたのか不明です。
斜面の崩落で滅失したのでしょうか?
紀伊防備隊 里山砲台 G 地下壕(和歌山)
▲外観

紀伊防備隊 里山砲台 G 地下壕 内部(和歌山)
▲内部


H 隧道跡
Gの斜面下にありますが、残念ながら崩落しており狸の穴程度が遺る程度で、全体は溝状になっています。
紀伊防備隊 里山砲台 H 地下壕(和歌山)
▲斜面にあり、足場も無いためこんな写真しかありません。


I 削平地
紀伊防備隊 里山砲台 I 北東から(和歌山)
▲もしかしたら地下壕の跡かも知れません。


主要参考文献
『紀伊防備隊 戦時日誌 自昭和十九年六月一日 至六月三十日』 (紀伊防備隊)

『紀伊防備隊 戦時日誌 自昭和十九年七月一日 至七月三十一日』 (紀伊防備隊)

『紀伊防備隊 砲台』 (紀伊防備隊)

『由良要塞Ⅱ 「紀伊防備隊本部周辺の防空施設等について」』 (平成22年4月 近代築城遺跡研究会)

『由良町誌 通史編 上巻』 (平成3年 由良町誌編集委員会 由良町)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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