当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

乃木神社

香川県善通寺市に乃木神社が鎮座されています。
乃木神社 拝殿(善通寺)
▲乃木神社 拝殿

【探索日時】
平成20年4月19日、平成24年4月21日






第十一師團関連諸施設配置
第十一師團 善通寺 昭和16頃(善通寺)
▲現在の地図に転写
※緑文字が当記事の紹介施設
① 第十一師團司令部
② 歩兵第十旅團司令部
③ 旧善通寺聯隊區司令部
④ 第十一師團経理部 被服庫
⑤ 第十一師團兵器部
⑥ 第十一師團 善通寺倉庫
⑦ 第十一師團 善通寺倉庫
⑧ 山砲兵第十一聯隊
⑨ 砲兵 露天馬場
⑩ 工兵第十一聯隊
⑪ 善通寺工兵作業場
⑫ 第十一師團経理部 糧秣倉庫
⑬ 騎兵第十一聯隊
⑭ 輜重兵第十一聯隊
⑮ 善通寺偕行社
⑯ 第十一師團長官舎
⑰ 善通寺陸軍練兵場
⑱ 第十一師團兵器部 火薬庫
⑲ 吉原陸軍射撃場
⑳ 善通寺陸軍病院
㉑ 善通寺陸軍病院 臨時第一分院
㉒ 善通寺憲兵隊
㉓ 善通寺憲兵分隊
㉔ 善通寺陸軍墓地
㉕ 善通寺歩兵作業場
㉖ 乃木神社
㉗ 香川縣護國神社
※名称は昭和12(1937)年頃


遺構について ※青字は地図にリンクしています
㉖ 乃木神社
明治29(1896)年5月14日、香川県仲多度郡善通寺村(現、善通寺市)に第十一師團の設置が決定、25日、用地買収、測量、施設建設が開始され、明治31(1898)年12月1日、第十一師團司令部が開庁します。
明治30(1897)年8月1日、歩兵第四十三聯隊が丸亀から善通寺に移駐、大正14(1925)年5月1日、第三次軍備整理(宇垣軍縮)により、2日、歩兵第四十三聯隊は徳島に移駐、昭和3(1928)年、跡地は用途廃止され大蔵省に移管、さらに善通寺町に学校用地として払い下げられます。

大正3(1914)年2月、善通寺町に縁(初代第十一師團長)の軍神・乃木希典大将を敬仰する町有志により乃木将軍遺蹟會が結成され、神社建立計画の準備を開始、昭和3(1928)年11月26日、町内の松崎正次氏が発起人となり四國乃木會が設立されます。
四國乃木會は第十一師團縁の白川義則大将(テロにより死去後は松平賴壽伯爵)を総裁に、久野廉大佐(元歩兵第四十三聯隊長)を会長に、師團長・松井石根中将を顧問に迎え、師團司令部裏山・鶴ヶ峰頂上に乃木神社建立を計画します。
しかし、乃木神社は内務省からの許可が降りなかったため、乃木会館に計画を変更し、さらに会館では、ましてや山上では広く人を呼ぶ事ができないため利便性の良い歩兵第四十三聯隊跡地に予定地を変更、計画を神社から神祠に変更し、会館とともに建立する事が決定します。

昭和7(1932)年1月27日、善通寺町議會は聯隊跡地6,000坪を四國乃木會に坪2円で売却を決定、昭和9(1934)年7月、乃木神祠、同会館の建設に着工(総工費37,000円)、昭和10(1935)年1月28日、上棟式が挙行されますが、寄付金不足から工事は中断してしまいます。
この状況を憂慮した時の第十一師團長・田代皖一郎中将は師團隷下部隊将兵の俸給から寄付金を捻出する様に手配、昭和11(1936)年3月23日、四國乃木會は潮恵之輔内相に神社創立を申請、昭和12(1937)年5月3・4日、乃木神社(御祭神:乃木希典命、及び妻靜子命)の社殿落成式典が挙行されます。

昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』が煥発され、昭和21(1946)年10月30日、先賢堂(高松市内にあり県教育委員会が開闢以来の先賢を奉斎、戦災で消失)が乃木神社に遷座、同日、隣接する香川縣護國神社と合わせ讃岐宮と呼称します。

平成14(2002)年2月14日、本殿、拝殿、社務所、手水舎、鳥居が市登録有形文化財に指定されますが、平成24(2014)年12月10日、社務所が失火により全焼してしまいます。
乃木神社 拝殿(善通寺)
▲拝殿
  昭和10(1935)年1月28日、上棟式、昭和12(1937)年5月3・4日、竣工します。

乃木神社 社務所(善通寺)
▲社務所
平成24(2014)年12月10日、失火により全焼してしまいました。

以下の石碑が境内に建立、移設されています。
聖訓五箇条(軍人勅諭) 碑
昭和7(1932)年12月、工兵隊の方が聖域(該当地不明)に起居し聖諭を奉じ兵営内外の浄化作業を行った事を記念し、昭和8(1933)年11月10日、『國民精神作興ニ關スル詔書』煥発10周年記念日に起工、12月18日、東鶏冠山北堡塁攻城記念日に竣工しました。
昭和36(1961)年12月1日、讃岐桜星会の寄進、陸自・第109施設大隊の奉仕で現在地に移設されました。
元々どこにあった石碑かは不明です。
乃木神社 軍人勅諭之碑(善通寺)
▲石碑上部の孔は元々菊の御紋があった跡の様です。

軍馬忠魂碑
戦場に斃れた軍馬を慰霊すべく、昭和15(1940)年1月に第十一師團により建立されました。
乃木神社 軍馬忠魂碑(善通寺)

陣没軍馬記念碑
明治40(1907)年3月、騎兵営の忠魂祠に建立されました。
時期は不明ですが、元々別の「忠烈」碑の台座?に移設されています。
因みに台座の裏には「奉献 任官二十五年記念 第二十三期生 7名の個人名 昭和十年二月」と刻字されています。
騎兵第十一聯隊 陣没軍馬記念碑(善通寺)

工兵第十一聯隊 営門
時期は不明ですが、元々ココにあった営門が移設、保存されています。
工兵第十一聯隊 ス 工兵第十一聯隊営門門柱(移設) (2)(善通寺)


明治節の歌 碑
善通寺縁の教育者で明治節の歌の作詞家でもある堀沢周安を顕彰すべく、昭和13(1938)年4月、知友門人一同により建立されました。
乃木神社 「明治節の歌」碑(善通寺)

拓魂 碑
滿蒙開拓青少年義勇軍香川中隊36名の慰霊のため、昭和52(1977)年3月6日、滿洲開拓青年義勇隊嫩江訓練所河原中隊生存者により建立されました。
この慰霊碑だけが戦後の建立です。
乃木神社 「拓魂」碑(善通寺)


主要参考文献
『善通寺市史 第二巻』 (昭和63年10月 善通寺市立図書館 善通寺市)

アジア歴史資料センター 各種史料
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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