当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

香川縣護國神社

香川県善通寺市に香川縣護國神社が鎮座されています。
香川縣護國神社 拝殿(善通寺)
▲香川縣護國神社 拝殿

【参拝日】
平成20年4月19日





香川縣護國神社は、禁門の変で散華した高松藩士・小橋友之輔以義命を始め幕末以降、大東亜戦争に至るまで国難に殉じた香川県出身の英霊35,648余柱がお祀りされています。
現在は隣接する乃木神社、先賢堂(乃木神社内に遷座)、警察消防招魂社、日本一社交通神社(共に護國神社内に遷座)とともに、昭和21(1946)年10月30日以降、讃岐宮と呼称されています。

特に触れられていませんが讃岐宮と言う呼称は戦後、GHQからの破壊を逃れるため、他の護國神社と同様に「護國神社」の名称を伏せた社名と思われますが、昭和27(1952)年の主権回復後、各護國神社が随時復称し旧名を全く使用していないのに対し、香川縣護國神社ではそのまま通称として使われているのは珍しいと思います。
香川縣護國神社 香川縣護國神社(善通寺)
▲広大且つ静謐な香川縣護國神社 境内
  中央が拝殿、左側が史料館

香川縣護國神社 香川縣護國神社 拝殿 (2)(善通寺)
▲拝殿内

香川縣護國神社には史料館が併設されており、英霊の御遺品が大切に保管・展示されており、国難に殉じた英霊の御遺徳に触れる事ができます。
香川縣護國神社 資料館 内部(善通寺)
▲展示品

香川縣護國神社 九七式沸水車(善通寺)
▲史料館入口に展示してある九七式沸水車

以下の顕彰・慰霊碑が境内に建立されています。
母の像
昭和50(1975)年5月5日、寡婦となった母親に感謝すべく香川県遺族連合会青年部により建立されました。
香川縣護國神社 母の碑(善通寺)

五省 碑
昭和55(1980)年5月27日、海軍記念日に香川県水交会により建立されました。
「五省」とは昭和7(1932)年、海軍兵學校で始められた訓育の方針で、以降海軍全体に波及していきました。
香川縣護國神社 「五省」碑(善通寺)

軍馬の碑
昭和59(1984)年5月27日、戦没軍馬の慰霊のため鯨烈山砲戦友会により建立されました。
香川縣護國神社 軍馬の碑 (3)(善通寺)

海洋戦没者之碑
昭和62(1987)年8月15日、宮地サルベージ、米田建設、市議会議員により建立されました。
香川縣護國神社 海洋戦没者之碑  錨(善通寺)
▲錨が2個ありますが、詳細不明です。

傷痍之碑
昭和63(1988)年10月、善通寺市傷痍軍人会により建立されました。
香川縣護國神社 傷痍之碑(善通寺)

鎮魂豫科練之碑
平成7(1995)年5月27日、海軍記念日に香川県出身豫科練習生120有余名の慰霊のため香川県甲種飛行予科練習生生存者有志一同により建立されました。
香川縣護國神社 鎮魂豫科練之碑(善通寺)

偕行社門柱
明治100周年を記念し昭和43(1968)年8月23日にココから移設され、注連柱(しめばしら)として転用されています。
ヌ 偕行社正門(鳥居奥の注連柱)(善通寺)


香川縣護國神社 略歴 【地図】
明治31(1898)年12月1日、善通寺村(現、善通寺市)に第十一師團司令部が開庁します。
明治32(1899)年5月6日、善通寺陸軍練兵場において、師團管下の英霊を祭祀すべく第十一師團長・乃木希典中将、香川県・吉原三郎知事を祭主として神式により、7日、仏式により招魂祭が挙行されます。
その後、毎年第十一師團長、香川県知事を祭主として靖國神社の春秋例大祭に合わせ招魂祭、また各戦役中に臨時招魂祭が挙行されます。

明治36(1903)年5月10日、善通寺偕行社が竣工、構内で英霊を祭祀します。

昭和13(1938)年、藤岡長敏県知事、師團長・渡久雄中将、他市町村長会長が発起人となり招魂社の建設が計画され、香川縣招魂社建設期成會(香川県知事・藤岡長敏会長)が発足、造営地の選定、社殿等の造営、資金調達など協議が開始されます。
造営地については師團に先駆けて聯隊が設置されていた丸亀市が熱烈に誘致活動を実施しますが、最終的に師團衛戍地であり、且つ将来的にも神域の静謐が保証される環境から善通寺町に決定、なおも承服しない丸亀市には招魂社支社を造営する事で決着します。

9月10日、善通寺町は旧歩兵第四十三聯隊跡地(昭和3年、小学校用地として買収)の6,015坪を招魂社用地として香川県へ寄付を決定、10月14日、5,925坪5合に変更され寄付され、20日、受納されます。

11月7日、内務省より招魂社設立が認可され、12月1日、鍬入式が挙行、県下青年団、中学生、県・町議員、その他有志による奉仕により造営が開始され、総工費270,000円は全て寄付で賄われます。

昭和14(1939)年3月15日、内務省令第十三號『招魂社ハ之ヲ護國神社ト改稱ス』発令により、4月1日、造営中の招魂社は香川縣護國神社と改称、10月9日、第十一師團経理部より護國神社用地として内務省に善通寺倉庫敷地2,345坪445合が移管されます。

昭和16(1941)年4月10日、香川縣護國神社(本殿、拝殿、祝詞殿、神饌殿、祭器殿、廻廊、参列殿、透塀、社務所、表石鳥居、石灯籠、狛犬、石玉垣)が竣工し、12日、内務省指定護國神社に指定されます。

5月3・4日、禁門の変で散華した高松藩士・小橋友之輔以義命を始め祭神4,383柱の鎮座祭、5日、例大祭が挙行されます。

昭和15(1940)年2月、昭和16(1941)年2月、県内各市町村で献木運動が実施され、6月、各町内会、国民学校児童、善通寺高等女學校により護國神社神苑手入れの奉仕活動が実施されます。

昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』が煥発され、昭和21(1946)年10月30日、戦災で消失した先賢堂(県教育委員会が開闢以来の先賢を奉斎)が隣接する乃木神社に遷座、同日、乃木神社(先賢堂)と合わせ讃岐宮と呼称します。

昭和26(1951)年、警察消防招魂社、昭和38(1963)年、日本一社交通神社が遷座されます。

昭和57(1952)年、社殿が老朽化してきたため大修理を開始、昭和60(1985)年4月、完工し現在に至ります。

例祭日
5月5日 春季例大祭/11月5日 秋季大祭
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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