当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

丸龜陸軍墓地

香川県丸亀市土器町東に丸龜陸軍墓地があります。
丸亀陸軍墓地 l 兵卒(南) 北西から (2)(丸亀)
▲将校(奥)・兵卒(手前)墓所

【探索日時】
平成24年4月20日





歩兵第十二聯隊周辺の陸軍施設
大日本帝國測量部(丸亀)
▲大正11(1922)年測図(『大日本帝国陸地測量部地形図57 丸龜近傍』)

丸亀陸軍墓地 丸亀 現在(丸亀)
▲丸龜陸軍墓地を現在の地図に転写

遺構について ※青字は地図にリンクしています
⑬ 丸龜陸軍墓地
明治6(1873)年4月、陸軍省は丸龜城郭内の旧武家屋敷地を御用地として指定し買収、明治7(1874)年9月、歩兵営が竣工します。
明治10(1877)年11月、鵜足郡土器村(現、土器町東)の青ノ山南麓に新設射的場の実地調査を実施、明治11(1878)年5月、民有地1,800坪を買収し丸龜陸軍埋葬地を開設します。
昭和13(1938)年5月5日、『陸軍墓地規則』により丸龜陸軍墓地と改称されます。
昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争停戦後もGHQに破壊される事無く存続、現在は丸亀市が管理しています。
※他の陸軍墓地同様に所有者は大蔵省、管理は丸亀市と思われます。

現在、丸龜陸軍墓地は戦後に建立された石碑、個人墓碑が混在しているため、当時と戦後の物に分けてご紹介します。

a 歩兵第十二聯隊 戰死軍人合葬墓碑
明治29(1896)年9月10日、明治二十七八年戰役(日清戦争)において散華された英霊を合葬すべく建立されました。
丸亀陸軍墓地 a 戦死軍人合葬墓碑(西から5)(明治29年9月10日)(丸亀)

b 歩兵第十二聯隊 病死軍人合葬墓碑
明治29(1896)年9月10日、明治二十七八年戰役(日清戦争)において病没された英霊を合葬すべく建立されました。
丸亀陸軍墓地 b 病死軍人合葬墓碑(西から4)(明治29年9月10日)(丸亀)

c 滿洲事變戰歿将士合葬之墓
昭和8(1933)年3月、滿洲事變(第一次上海事変)において散華された英霊を合葬すべく建立されました。
丸亀陸軍墓地 c 滿洲事變戦没将士合葬之墓(西から2)(昭和8年3月)(丸亀)

d 歩兵第十二聯隊 病死軍属軍夫合葬墓碑
明治29(1896)年9月10日、明治二十七八年戰役(日清戦争)において病没された軍属・軍夫の英霊を合葬すべく建立されました。
丸亀陸軍墓地 d 歩兵第十二聯隊 病死軍属軍夫合葬墓碑(西端中)(丸亀)

e 橋本慶之助中尉 墓所
明治38(1905)年11月に建立されました。
丸亀陸軍墓地 e 将校(東端の個人墓)(丸亀)

f 将校 墓所
国軍発足初期の陸軍墓地は墓標の規格が定まっておらず、大きさ、形も様々です。
丸亀陸軍墓地 f 将校(南) 北東から(丸亀)

日露大戦 従軍祈念碑
明治38(1905)年6月に建立されました。
将校墓所の東端にあります。
丸亀陸軍墓地 f 日露大戦 従軍祈念(南東端)(丸亀)

g 下士官 墓所
丸亀陸軍墓地 g 下士官(南) 北東から(丸亀)

歩兵第十二聯隊 兵卒合葬墓
明治12年6月7・8日に建立されました。
g下士官墓所の西端にあります。
時期からして西南の役で散華された英霊でしょうか?
丸亀陸軍墓地 g 下士官(南)西端の合葬墓 北西から(丸亀)
▲9名は御芳名が刻字されていますが、最後に「他貳名」となっています。

h 下士官 墓所
丸亀陸軍墓地 h 下士官(西)南東から(丸亀)

i 下士官 墓所
丸亀陸軍墓地 i 下士官(北)北西から(丸亀)

j  兵卒 墓所
丸亀陸軍墓地 j 兵卒(東) 南東から(丸亀)

k 兵卒 墓所
丸亀陸軍墓地 k 兵卒(北西)南から(丸亀)

l 兵卒 墓所
丸亀陸軍墓地 l 兵卒(南) 北西から(丸亀)

吉田宇平中佐 墓所
l 兵卒の墓所に1基だけ建立されています。
丸亀陸軍墓地 l 兵卒(南)に1基ある将校個人墓(丸亀)

ロシア人俘虜・露軍歩兵卒キリールブーヅニコフ之墓
兵卒の墓所端に建立されています。
もう1基ドイツ人俘虜・アマンドクス・テンメ之墓もあるらしいのですが、帰宅後に気付きました。
丸亀陸軍墓地 l ロシア人の墓(丸亀)


陸軍墓地外周に境界石標が遺ります。
キ 陸軍省所轄地 第三號
民家と斎庭(現、駐車場)の間にあります。
丸亀陸軍墓地 キ 陸軍省所轄地 第三號 東から(丸亀)

ク 陸軍省所轄地 第六號
丸亀陸軍墓地 ク 陸軍省所轄地 第六號 北西から(丸亀)

ケ 陸軍省所轄地 第??
塀に隠れてしまい番号は不明です。
丸亀陸軍墓地 ケ 陸軍省所轄地 第?? 南から(丸亀)

コ 陸軍省所轄地 第二號
丸亀陸軍墓地 コ 陸軍省所轄地 第二號 東から(丸亀)


以下は戦後に建立されました。
m 将校合葬墓碑
当初はa、bと同じ様式で同じ日に建立されたと思われますが、何らかの理由で滅失、昭和57(1982)年4月29日に再建されました。
丸亀陸軍墓地 m 将校合葬墓碑(東端)(昭和57年4月29)日(丸亀)
▲外周の石柵は材質から当時のままの様です。

n 鎮魂
平成12(2000)年8月、支那事変以降の歩兵第十二聯隊の英霊鎮魂のため同聯隊戦友会により建立されました。
丸亀陸軍墓地 n 鎮魂(西から3)(平成12年8月)(丸亀)

o グアム島戰歿者 鎮魂
昭和52(1977)年9月15日、歩十二会により建立されました。
丸亀陸軍墓地 o グアム島戦歿者鎮魂(北西端)(昭和52年5月15日)(丸亀)
※大宮島(グアム)防衛戦については「歩兵第四十三聯隊 (旧歩兵第六十二聯隊)」の記事“第六派遣隊”参照

p 軍用動物慰霊碑
昭和60(1985)年5月、建立されました。
丸亀陸軍墓地 p 軍用動物慰霊碑(南西端)(昭和60年5月)(丸亀)

q 無縁佛
民間人の無縁仏が集積されていますが、なぜここにあるのか不明です。
丸亀陸軍墓地 q 無縁佛(丸亀)


主要参考文献
『新編丸亀市史3 近代・現代編』 (平成8年2月)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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