当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

八日市憲兵分遣隊

滋賀県東近江市に所在する世界凧博物館 東近江大凧会館は八日市憲兵分遣隊の跡地にあります。
八日市憲兵分遣隊 ク 陸軍省所轄地 四 (2)(滋賀)
▲大凧会館に遺る「陸軍省所轄地」の境界石標

【探索日時】
平成24年12月27日





八日市陸軍飛行場周辺の施設配置
八日市陸軍飛行場は滋賀縣神崎郡八日市町、同御園村、蒲生郡中野村、同玉緒村(全て現、東近江市)に跨る地域にありました。
八日市陸軍飛行場 八日市陸軍飛行場(部分)着色(滋賀)
▲『大日本帝國陸地測量部地形圖 39 彦根近傍』
  昭和10(1935)年頃の八日市陸軍飛行場周辺

八日市陸軍飛行場 八日市陸軍飛行場(全体図・現在)初期(滋賀)
▲竣工時の範囲
① 八日市陸軍飛行場
② 航空第三大隊
③ 大津衛戍病院 八日市分院
④ 警戒線(飛行に支障のある構築物の禁止)
⑤ 大津憲兵分隊 八日市分遣所

八日市陸軍飛行場 八日市陸軍飛行場(全体図・現在)最終時(滋賀)
▲最終時の施設を現在の地図に転写
① 八日市陸軍飛行場 (紫:発足当時赤:最終時
② 飛行第三戰隊
③ 八日市偕行社
④ 各務原陸軍航空支廠 八日市分廠
⑤ 陸軍気象部 八日市観測所
⑥ 第八航空教育隊
⑦ 八日市陸軍病院
⑧ 京都憲兵隊 伏見分隊 八日市憲兵分遣隊
⑨ 高射砲陣地 ?
⑩ 平林陸軍射撃場
名称は昭和17(1942)年頃
※緑文字が当記事の紹介施設


遺構について ※青字は地図にリンクしています
(数字、アルファベット等の遺構配置は上掲地図参照)
⑧ 京都憲兵隊 伏見分隊 八日市憲兵分遣隊
大正4(1915)年6月、八日市町による飛行学校設立計画とともに、我が国初の民間飛行場である沖野ヶ原飛行場が竣工しますが、技術者の不足、運営資金の欠如から飛行学校設立計画は中止され、飛行場の運用も頓挫します。

大正6(1918)年5月1日、陸軍省は八日市町の誘致により沖野ヶ原飛行場に航空第三大隊の設置を内定、同町は周辺町村とともに沖野ヶ原飛行場を含む飛行場拡張用地を献納、陸軍が買収した用地と合わせ軍用飛行場及び兵舎の建設が開始され、大正10(1922)年3月27日、航空第三大隊先発隊25名、11月7日、大隊主力が地域住民の歓呼のなか各務原より移駐、大正11(1922)年1月11日、航空第三大隊の開隊式が挙行、4月、沖野ヶ原飛行場を包含した八日市陸軍飛行場が竣工します。
憲兵分遣所用地の買収をしたのが陸軍か八日市町かは定かではありませんが、航空第三大隊の移駐に合わせ庁舎、道場、厩舎が建設され、大正10(1922)年12月1日、神崎郡八日市町(現、東近江市)に京都憲兵隊 大津憲兵分隊 八日市分遣所が開庁します。
大正14(1925)年5月6日、第三次軍備整理(宇垣軍縮)に伴い大津憲兵分隊は大津憲兵分遣隊に縮小、八日市分遣所は京都憲兵分隊管下に移管され、京都憲兵隊 京都憲兵分隊 八日市分遣所に改称、昭和4(1929)年4月17日、分遣所は分遣隊に改称され、京都憲兵隊 京都憲兵分隊 八日市分遣隊に改称します。
昭和12(1937)年8月2日、京都分隊 伏見分遣隊が伏見分隊に昇格、八日市分遣隊は同分隊に移管され、京都憲兵隊 伏見憲兵分隊 八日市分遣隊に改称します。

昭和20(1945)年3月30日、決號作戰(本土決戦)に向け憲兵が増強され、中部憲兵隊司令部 京都地區憲兵隊 伏見分隊 八日市分遣隊に改編され、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

28日、憲兵分遣隊敷地・建物は大蔵省に移管、その後、八日市町に払下げられ?、平成3(1991)年3月、世界凧博物館 東近江大凧会館が開館(以前の用途は不明)し現在に至ります。
国遷アーカイブの空撮を追うと昭和50年代後半までは庁舎が遺っていた様です。

遺構としては外周に境界石標が遺されています。
八日市憲兵分遣隊 八日市陸軍飛行場(現在)(滋賀)
▲遺構の配置

オ (陸軍省)所轄地 一
大凧会館の北東端にあります。
花壇造成時に欠損した様で下半分しかありませんが、状況から滅失部は「陸軍省」、裏の通し番号は「一」と思われます。
八日市憲兵分遣隊 オ (陸軍省)所轄地 (一)(滋賀)


カ (陸軍省所轄地) 二
大凧会館の裏、鉄塔北側にあり、隣家(割烹料理屋)の壁に埋まっています。
状況から正面側は「陸軍省所轄地」と思われます。
頂部に方向表示の線があります。
八日市憲兵分遣隊 カ (陸軍省所轄地) 二(滋賀)


キ 陸軍省所(轄地) 三
大凧会館の駐車場と花壇の際にあります。
下部が埋まっていますが状況から土中部は「轄地」と思われます。
頂部に方向表示の線があります。
八日市憲兵分遣隊 キ 陸軍省所(轄地) 三(滋賀)

八日市憲兵分遣隊 キ 陸軍省所(轄地) 三 (2)(滋賀)
▲辛うじて通し番号「」が見えます。


ク 陸軍省所轄地 四
大凧会館の北西端にあります。
普段は溝蓋で見えませんが、開けると唯一全ての文字が読めます。
頂部に方向表示の線があります。
八日市憲兵分遣隊 ク 陸軍省所轄地 四 (2)(滋賀)
▲完存している様に見えますが、実は省と所の間で折れています。

八日市憲兵分遣隊 ク 陸軍省所轄地 四(滋賀)
▲辛うじて通し番号「」が見えます。

八日市憲兵分遣隊 北西側の塀(滋賀)
▲境界石標三と四の間にある石組み塀も当時の物と思われます。


主要参考文献
『官報』

『日本憲兵昭和史』 (昭和44年12月 極東研究所出版会)
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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