当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

大村海軍病院

わが国初の切支丹大名として知られる大村純忠が治めた長崎県大村市に、大村海軍病院がありました。
ア 大村海軍病院門柱(移設)・顕彰碑(長崎)
▲長崎医療センター構内に移設された大村海軍病院の正門門柱と顕彰碑

【探索日時】
平成27年9月25日





遺構について ※青字は地図にリンクしています
(数字、アルファベット等の遺構配置は上掲地図参照)

大村海軍病院(NI-52-17-3 221107)(長崎)
▲昭和22(1947)年11月7日の旧大村海軍病院周辺空撮(国土地理院 NI-52-17-3 221107)

大村海軍病院(現在)(長崎)
▲現在の地図に範囲を転写

大村海軍病院
昭和16(1941)年10月1日、長崎県東彼杵郡大村町(現、大村市)に第二十一海軍航空廠が開廠、11月16日、同町久原の丘陵地に佐世保海軍建築部の指揮のもと海軍病院が起工します。
昭和17(1942)年7月16日、佐世保海軍病院大村分院として事務を開始、10月1日、大村海軍病院として開院(中村通孝医大佐)します。
大村海軍病院(長崎)
▲大村海軍病院本館

開院後も患者を収容しつつ建設工事を続けますが、資材不足により工期は延長、昭和20(1945)年6月12日、竣工(敷地面積64,130坪、建坪9,800坪、病棟17、付属屋46、収容人数1,700名)します。
8月9日1102、米軍により長崎市内に2発目の原子爆弾が投下され、市内の3割超の建物が破壊され73,884名が爆死してしまいます。
1500、大村警察署より海軍病院に市内の惨状が伝えられ、院長・泰山弘道医少将は陣内医少尉以下衛生兵、日赤救護看護婦による救援隊を編成し派遣、1700、山口尚章大村市長より患者収容要請があり、756名を収容、治療にあたります。
その後も搬送されてくる患者を第二十一海軍航空廠職工共済會病院、大村陸軍病院とともに収容・治療にあたるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。
11月19日、我が国は連合国軍最高司令官総司令部から『陸海軍病院の返還に関する覚書(GHQ AG632)』を受領、12月1日、全国の陸海軍病院は厚生省に移管され大村海軍病院は国立大村病院に改組します。
昭和25(1950)年7月1日、国立長崎病院(旧大村陸軍病院)を統合、昭和50(1975)年4月2日、国立長崎中央病院、平成13(2001)年4月、国立病院長崎医療センター、平成16(2004)年4月、独立行政法人国立病院機構長崎医療センターに改称し現在に至ります。

64,130坪の敷地に、63棟の建物があった大村海軍病院ですが、遺構は殆ど遺されていません。

ア 正門門柱
昭和58(1983)年1月、国立長崎中央病院の改修に伴い移設されました。
ア 大村海軍病院門柱(移設) (3)(長崎)
▲門柱正面の碑文は初代大村海軍病院長・中村通孝少将(当時大佐)です。

ア 大村海軍病院門柱(移設)(長崎)
▲門柱側面には国旗の旗竿を固定する金具が遺ります。

ア 大村海軍病院門柱(移設) (2)(長崎)
▲旗竿金具の近影

外周も回ってみましたが残念ながら境界石標等は見つけられませんでした。


主要参考文献
『放虎原は語る』 (平成11年3月 大村市)
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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