当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

第二十一海軍航空廠 鈴田呂號隧道(空廠本部・會計部・補給部 地下壕)

長崎県大村市に所在し東洋一の規模を誇った海軍工作庁、第二十一海軍航空廠の南西の山中に鈴田呂號隧道がありました。
第二十一海軍航空廠の遺構紹介もいよいよ最後です。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 扉⑥ト(右)(長崎)
▲隧道内部

【探索日時】
平成24年11月28日





遺構について
鈴田呂號隧道
昭和16(1941)年10月1日、長崎県東彼杵郡大村町(現、大村市)に第二十一海軍航空廠が開廠し、航空兵器・同材料の造修、購買、準備、保管、供給を開始します。
昭和19(1944)年10月25日0955、成都を発進したB29爆撃機59機が二十一空廠に来襲、建物64,000坪が全半焼・壊(全建物の半分)、275名爆死、重軽傷者320名、零観10機、流星5機破壊の甚大な被害を蒙ります。
27日、二十一空廠は生産続行のため各部・各工場の分散疎開を決定、移転先の選定、所有者との折衝を開始します。

11月11日、B29爆撃機80機が九州西部に来襲しますが、二十一空廠の被害は軽微でした。
13日、飛行機部機械工場は鈴田地区に地下工場設営が検討されますが、設営に長期間かかるため、16日、波佐見金山廃坑道への疎開が決定、18日、移転を開始します(12月21日、操業開始)。

21日1000、B29爆撃機61機が来襲、隣接する大村海軍航空基地とともに空襲を受け、發動機部及び補給部が被害を受けてしまいます。

昭和20(1945)年2月、各部・各工場生産設備の疎開に着手、會計部は大村公園に、飛行機部は総組立・整備工場を廠内に置き、組立・部品工場は郡川(林間)、池田、水計(林間)、小路口に、發動機部は諫早町(現、諫早市)原口、永昌、公園(諫早城)、小栗(隧道含む)に、同素地工場は佐賀県藤津郡鹿島町(現、鹿嶋市)の酒蔵に、補給部は臼島、福重、萱瀬林間道路に、會計部は大村高女に夫々移転、疎開工場建設を開始し生産・造修を続行します。

3月27日、B29爆撃機161機が来襲、太刀洗陸軍飛行場、大分・大村両海軍航空基地とともに空襲を受け、發動機部第一機械工場が大破してしまいます。
3月、空廠本部、會計部、補給部事務所移転のため佐世保海軍施設部指揮のもと㈱間組により鈴田に「鈴田呂號隧道」工事を開始します。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 地鎮祭?棟上げ?(長崎)
▲鈴田呂號隧道での記念撮影
  神職、軍人が写っており、且つ隧道が完成している様なので棟上式か?

二十一空廠は空襲に曝されながら廠内、各疎開先工場で生産、造修を続けるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。
鈴田呂號隧道は設営を急ぐ中、停戦を迎えますが未成のため未使用でした。

鈴田呂號隧道の設営時期について『放虎原は語る』では「昭和20年3月から」となっていますが、㈱梅村組の公式サイトには「昭和19年 鈴田隧道工事」の項があり、また昭和19年11月13日に飛行機部機械工場が鈴田の地下工場に移転(設営中?)を検討している事から、昭和19年10月25日の空襲直後に㈱梅村組により設営が始まっていた様です。

現在、150~200mの主坑3本を10mの支坑9本で連結した地下壕が3組、それを25mの支坑で連結した地下壕がほぼ完存しています。
主坑はコンクリート巻立てと素堀が混在、支坑は全て素堀です。
壕口は東側が崩落及び丸太と有刺鉄線で閉鎖され進入不可、西側は造成工事と崩落で殆ど閉鎖されていますが、民家の裏に1ヶ所だけ進入可能な壕口が遺されています。
壕口は常時施錠されているため所有者に許可を得て入りますが、民家の裏に有り管理されている事から場所は伏せさせて頂きます。
工事事務所はJR岩松駅北西に設置され、隧道は労務者主体で設営、民家のある位置の一段下の畑はズリ山の跡で、川を挟んだ対岸に労務者の飯場があった様です。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 地下工場 見取り図 寸法(長崎)
▲鈴田隧道 見取り図(寸法は歩測のため誤差がある可能性があります)
下記の数字、アルファベット等は上掲地図参照

① 主坑
コンクリート巻立てが施工(B側はコンクリート巻立てが無く素掘り)されていますが、天井部のみで壕床から1m程は岩盤のままです(当隧道は全てこの仕上げ)。
岩盤が強固な地域でよく見られる施工方法です。
壕床は全面コンクリート舗装が施工されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ①Aから①(長崎)
▲状態は良好です

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ①B側コンクリート巻立て (3)(長崎)
▲素掘部分とコンクリート巻立部分の境

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ①コンクリート壕床(長崎)
▲主坑壕床のコンクリート舗装

A 壕口
石垣で閉鎖されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ①A壕口(閉鎖)(長崎)

B 壕口
壕口は崩落するも上部に隙間があり、通過できる?
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ①からB崩落部(長崎)
▲内部から見たB

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ①からウ(長崎)
▲①主坑からウ支坑


② 主坑
全面素堀で壕床はズリ、泥濘で埋まっていますが、壕床は全面コンクリート舗装が施工されている様です。
全体的に浸水しています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ②ア(右)からC(長崎)
▲右側はア支坑

C 壕口
民家裏にあり金網で閉鎖されており、壕口前に地下水を利用した池が造られ鯉がいてます。
池の中に本来の壕床にあったコンクリート舗装が見えます。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ②C壕口(長崎)

D 壕口
浸水で近づけず、状況は不明(光が見えない事から崩落?)です。


③ 主坑
コンクリート巻立て、壕床は全面コンクリート舗装が施工されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ③F側コンクリート巻立て付近から③(長崎)

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ③F付近コンクリート巻立て付近のコンクリート壕床(長崎)
▲壕床のコンクリート舗装

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ③両側の排水溝(長崎)
▲コンクリート舗装の両側には排水溝が切られています。

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ③からカ(長崎)
▲③主坑からカ支坑

E 壕口
唯一進入可能な壕口で普段は鍵がかかっています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ③E壕口(長崎)

F 壕口
木柵と有刺鉄線で閉鎖されていますが、東側の壕口で唯一完全開口しています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ③からF(長崎)
▲写真では分かり難いですが、柵の間は有刺鉄線が張り巡らせてあります。

キ 横坑
小さい横坑があります。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ③からキ(長崎)


④ 主坑
コンクリート巻立て、壕床は全面コンクリート舗装が施工されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ④G側コンクリート巻立て(長崎)
▲素掘とコンクリート巻立の境

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ④シ(左)からG方向(長崎)
▲左側はシ支坑

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 サから④方向(長崎)
▲④主坑に連結するサ支坑

G 壕口
所有者の話では「崩落し、壕口は擁壁で埋められた」との事ですが、内部から見ると崩落では無く、単なる閉鎖の様子。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ④G壕口(閉鎖)(長崎)
▲石垣の間のコンクリート擁壁部分がG壕口跡

H 壕口
崩落して完全に閉鎖されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ④ H付近の崩落(長崎)


⑤ 主坑
全面素堀で、壕床は全面コンクリート舗装が施工されていた様ですが全長に渡り崩壊し片側にのみ遺っています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑤ セ(右)(長崎)
▲右側はセ支坑

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑤ ⑥側にのみ遺るコンクリート壕床(長崎)
▲崩壊した壕床のコンクリート舗装

I  壕口
崩落して完全に閉鎖されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑤I崩落部(長崎)

J 壕口
崩落していますが、少し隙間があります。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑤J付近の崩落(長崎)


⑥ 主坑
コンクリート巻立て、壕床は全面コンクリート舗装が施工されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑥K側コンクリート巻立て(長崎)

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑥チ(右)(長崎)
▲右側はチ支坑

K 壕口
崩落して完全に閉鎖されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑥K付近の崩落部(長崎)

L 壕口
崩落していますが、少し隙間があります。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑥L崩落部(長崎)


⑦ 主坑
コンクリート巻立て、壕床は全面コンクリート舗装が施工されています。
内部はキノコ栽培の棚、カゴが放置されており通行が困難で、特に支坑ネ・ヌは通過できません。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑦M側コンクリート巻立て(長崎)

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑦ヌ・ニ間からM(長崎)
▲N壕口付近はキノコ栽培の棚が放置されています。

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑦からナ(長崎)
▲ナ支坑

M 壕口
崩落して完全に閉鎖されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑦M崩落部(長崎)

N 壕口
キノコ栽培のため?崩落防止の鉄骨が組まれていますが、僅かな隙間のみで崩落しています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑦からN(長崎)


⑧ 主坑
全面素堀で、壕床はズリ、泥濘で埋まっていますが、他の素掘り壕の状態からコンクリート舗装されていると思われます。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑧ネ(左)からP(長崎)
▲左側はネ支坑

O 壕口
崩落して完全に閉鎖されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑧O崩落部(長崎)

P 壕口
浸水により近付けませんが、崩落して完全に閉鎖されています。


⑨ 主坑
コンクリート巻立て、壕床は全面コンクリート舗装が施工されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑨R側コンクリート巻立て(長崎)

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑨ノ(右)(長崎)
▲右側はノ支坑

Q 壕口
崩落して完全に閉鎖されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑨Q付近からQ方向(長崎)

R 壕口
崩落防止の鉄骨が組まれるも崩落し、完全に閉鎖されています。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 ⑨R崩落部(長崎)


U コンクリート製大小便器
民家の庭にあります。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 U 便所(長崎)


S・T 掘削中の壕口
民家奥の杉林にあります。
斜面が窪んでいる程度で掘りかけの壕口だそうです。
第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 S 掘削開始跡(長崎)
▲S掘削中壕口
  写真ではシダで埋もれてよく分かりません。

第二十一海軍航空廠 鈴田隧道 T 掘削開始跡(長崎)
▲T掘削中壕口
  写真ではシダで埋もれてよく分かりません。


主要参考文献
『放虎原は語る』 (平成11年3月 大村市)

『楠のある道から 第21海軍航空廠の記録』 (平成15年10月 児島明世 活き活きおおむら推進会議)
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素晴らしいですね!

これは凄いですね!
是非とも探訪したい案件ですっ!

当方のアドレナリンが上昇です(笑)

Re: 素晴らしいですね!

祐実総軍三等兵 様

記事で告知の通り最後に「大きいの」をご紹介しました(笑)
第二十一海軍航空廠は広大な敷地を擁していたにもかかわらず、その遺構は僅かな物しか遺されていない中、この隧道は貴重な遺構と思います。
比較的、交通の便が良い場所にあり、所有者の方も快く見せてくれるので長崎探訪の際は長靴持参でぜひぜひお訪ね下さい!
最大の難点は所有者が留守の場合入るのが困難なところです。

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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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