当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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愛宕海軍航空基地(愛宕牧場)

歩兵第三十六聯隊の街として知られる福井県鯖江市に、海軍秘匿航空基地である愛宕海軍航空基地愛宕牧場)がありました。
愛宕海軍航空基地 格納壕 (2)(鯖江)
▲丘陵に遺る地下壕

【探索日時】
平成22年11月25日、平成28年12月18日





遺構について ※青文字は地図にリンクしています
愛宕海軍航空基地(愛宕牧場)
昭和19(1944)年7月7日、我が国はサイパン島、8月3日、テニアン島、11日、大宮島(グアム)を相次いで失陥、B29による本土空襲が迫る中、軍令部は戦局の急変に対応すべく参謀本部と戦備思想、及び細部の調整を協議、来るべき本土周辺の戦闘に備えるべく、既存の航空基地施設及び航空機を秘匿、全国各地60ヶ所を選定し牧場まきば(秘匿航空基地)の設営を計画します。

昭和20(1945)年1月9日、米軍がルソン島リンガエン湾上陸、比島決戦の推移から本土周辺要域への敵侵攻が予測されたため、1月20日、大本營は『帝國陸海軍作戰指導大綱』を策定、27日、軍令部は参謀本部との協議中の素案を元に海軍省と昭和20年度の海軍戦備として基地航空兵力、特攻兵力の急速整備を立案します。

3月17日、我が国は硫黄島を失陥し本土空襲が本格化、4月1日、米軍が沖縄に上陸、大陸との交通が途絶し本土は孤立化、国力、戦力、生産力が急激に減退するなか、6日、海軍省は軍令部と協議、本土の既設航空基地(陸上70、水上24)の整備、九州方面に決戦基地、関東方面に敵機動部隊攻撃基地、練習機特攻基地、山陰、朝鮮、北海道への後方基地の設営、及び整備強化を決定します。

6月18日、沖縄戦の推移に鑑み、9月以降に予測される敵の本土上陸に際し、その侵攻部隊第一波(10個師団、輸送船1,000)の半数を上陸初期10日間で水上・水中特攻部隊により破砕、敵の侵攻企図を挫折させるべく特攻機の急速整備、既設航空基地の整備強化とともに練習機特攻基地(秘匿航空基地:牧場)55ヶ所(既存と合計60)の設営、整備(西日本8月15日、東日本9月末を目処)を決定、23日、海軍施設本部は各鎭守府に『新設秘密航空基地施設要領』(6月17日)に基づく牧場設営を下令します。

舞鶴鎭守府は南条郡武生町と今立郡鯖江にまたがる農地を買収し愛宕牧場の設営を決定、昭和20(1945)年6月、第五百三十三海軍設營隊(郷古雄三技術大尉)指揮の下、近隣の勤労奉仕隊、愛國婦人會の協力を得て設営を開始、50×800mの滑走路1本が完工し、8月15日1000、小松海軍航空基地より離陸した零戦により試験着陸が行われますが、1200、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。
停戦に伴い、航空基地設営は中止され用地は払い下げられた後、農地として開墾され現在に至ります。
現在地元では鯖江飛行場と呼ばれている様です。

資料が無いため詳細は不明ですが他地域に設営された牧場の例、竣工時期から、昭和20(1945)年6月18日、海軍省による練習機特攻基地の設営示達を受けた、23日の『新設秘密航空基地施設要領』に基づき設営されたと思われます。

海軍航空本部の『新設航空基地一覧』の表記中、同牧場が田鶴(七尾市)とともに小松海軍航空基地(小松市)を起点に記載されている事から、同航空基地は完成後、舞鶴鎭守府の所管として田鶴牧場とともに、小松海軍航空基地の秘匿航空基地として運用される予定だったと思われます。

遺構については設営中に停戦を迎え、戦後農地に転換された事から殆ど遺されてい無い様ですが、北に2.5kmに素掘りの地下壕が1ヶ所あります。

愛宕海軍航空基地 USA-R1154-1(230319)愛宕基地(鯖江)
▲昭和23年3月19日の航空基地跡空撮(国土地理院 USA-R1154-1)

愛宕海軍航空基地 愛宕海軍航空基地現在(鯖江)
▲現在の航空基地跡空撮 
  滑走路は赤色の部分にありました

地下壕
八幡神社参道の左側にあります。
愛宕海軍航空基地 格納壕(鯖江)
▲壕口
  殆ど埋まっています

愛宕海軍航空基地 格納壕 (3)(鯖江)
▲内部
  奥行3mの小壕ですが、形状から軍の物の様です

この地下壕が愛宕海軍航空基地に関する物かは資料が無く、また現地取材でも不明ですが、近傍にあるという事で願望的に基地遺構に含めておきます。
全然関係無い壕かもしれません・・・。

数年前にこの辺りを探索した知人の話では並んでもう1本あったそうですが、見付かりませんでした。
すぐ横に国旗の掲揚台が造られており、造成時に破壊されてしまったのかも知れません。


設営部隊
第五百三十三海軍設營隊
昭和20(1945)年6月1日、舞鶴鎭守府の所管で舞鶴海軍施設部において編成(郷古雄三技術大尉)され、舞鶴鎭守府に所属します。
隊は舞鶴鎭守府部隊に部署され、鯖江町に進出、愛宕牧場の設営を開始、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。
8月22日、復帰、舞鶴鎭守府部隊より除籍され復員完結します。


主要参考文献
『鯖江市史 通史編 下巻』 (平成11年3月 鯖江市史編纂委員会)

『『空の彼方 海軍基地航空部隊要覧 (七)』(平成24年 渡辺博史)

○個人サイト
畝源三郎のホームページ
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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