当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

第三十一突撃隊 矢岳特攻基地

佐世保市小佐々(こさざ)町矢岳に所属する、北九十九島の一つ前島に第三十一突撃隊本部が置かれた矢岳特攻基地がありました。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 ツ 壕口(長崎川棚)
▲海岸に遺る蛟龍の魚雷調整室

【探索日時】
平成28年1月26日





遺構について
矢岳特攻基地
昭和20(1945)年1月9日、米軍がフィリピン・ルソン島に上陸を開始、20日、大本營は『帝國陸海軍作戰計畫大綱』を策定、主戦場が本土周辺に至るに及び全軍特攻化を決定します。

昭和20(1945)年初旬、佐世保鎭守府は長崎県小佐々郡楠泊村矢岳郷(現、小佐々町矢岳)の前島を特攻基地として選定、基地用地、及び矢岳、楠泊両集会所を宿舎として借用、周辺旅館、民家にも分宿し、佐世保海軍施設部の指揮のもと、分隊長・分隊士30名に引率された相浦海兵團の新兵100名が中心となって矢岳特攻基地の設営を開始します。

7月1日、矢岳において第三十一突撃隊(川棚突兼務原為一大佐、10日から飛田健二郎大佐)が新編され、基地設営を急ぐなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、一度も交戦する事無く停戦を迎えました。

矢岳特攻基地は第三十一突撃隊本部が置かれ、第十蛟龍隊の蛟龍4隻の配備が予定されましたが、停戦時未成のため兵器の配備は無く、連絡用の魚雷艇2隻が係留されているのみでした。
相浦海兵團から派遣された兵達は設営の合間、地元の子供達に勉強を教えたり、一緒に手旗やトランプで遊んだり、当時貴重だった乾パンや羊羹、砂糖水等をあげたり、また子供達からは手製の人形を贈られたりと交流があった様です。

15日、司令・飛田大佐は麾下・指揮下特攻隊に大命遵奉を下達、17日、搭乗員・整備員は即日復員、8月22日、基地要員は逐次復員します。
11月、米軍に兵器・軍需品を引渡し残務整理を終え、基地用地は地権者に返還されます。

現在、建物類は皆無ですが、山林内に地下施設数ヶ所が遺されています。

 矢岳特攻基地(三十一突)昭和20年8月31日 施設目録(矢岳基地の部) 第31嵐部隊(長崎川棚)
▲『施設目録』(昭和20年8月31日)所収の矢岳特攻基地配置図

 矢岳特攻基地(三十一突)矢岳 現在(長崎川棚)
▲現在の地図に転写

① 受信所
民家の裏にあります。
調査を申込んだのですが残念ながら理解が得られなかったので、裏山から迂回して探しに行って発見しました。

ア 壕口跡
崩落しています。
 矢岳特攻基地(三十一突)①受信所 ア(崩落)(長崎川棚)

イ 入口
『引渡目録』には材質まで書いていなかったのですが、コンクリート製です。
敷地外からは内部が見えなかったので、どの程度遺されているか不明です。
 矢岳特攻基地(三十一突)①受信所 イ壕口 南から(長崎川棚)


② 士官舎防空壕

水産加工会社の裏辺りに記載されていますが、会社の方が不在のため探索できませんでした。


③ 兵舎防空壕
 矢岳特攻基地(三十一突)②士官舎防空壕?(崩落)(長崎川棚)
▲斜面に崩落跡の様な崩れがありますが、詳細不明です


④ 実用頭部庫
海岸沿いにあります。
総コンクリート造りで、幅2.55×高さ2.63mで長さは30mあり、入口から10mはやや狭くなっています。
 矢岳特攻基地(三十一突)④実用頭部庫 壕口(長崎川棚)
▲入口は中心より右側にずらしてあります

 矢岳特攻基地(三十一突)④実用頭部庫 壕口付近の狭小部(長崎川棚)
▲拡幅部から入口

 矢岳特攻基地(三十一突)④実用頭部庫 壕口付近から(長崎川棚)
▲内部

 矢岳特攻基地(三十一突)④実用頭部庫 天井の鉄骨(長崎川棚)
▲天井には鉄骨の梁が遺ります

 矢岳特攻基地(三十一突)④実用頭部庫 天井の木材、鉄骨(長崎川棚)
▲梁の奥には木材の根太が遺ります

実用頭部庫前から北側の基地主要部まで軍道が続いています。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑤前から続く軍道(長崎川棚)
▲分かり難いですが、幅1m程の軍道があります


⑤ 魚雷格納庫跡
壕口は両方とも崩落しています。
ウ 壕口跡
 矢岳特攻基地(三十一突)⑤魚雷格納庫 ウ 壕口(崩落) 下から(長崎川棚)


⑥ 魚雷格納庫
両方ともやや崩れるも辛うじて開口しています。
内部の状態も悪く、あちこち崩落しています。
オ 壕口
何とか進入可能です。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑥魚雷格納庫 オ 壕口から(長崎川棚)

 矢岳特攻基地(三十一突)⑥魚雷格納庫 オ 壕口方向(長崎川棚)
▲内部
  支保工の残骸が遺ります

 矢岳特攻基地(三十一突)⑥魚雷格納庫 オ 最深部からカ方向(長崎川棚)
▲横坑
  撮影の腕が悪いのではなく、天井が斜めになっています

カ 壕口
開口するも土砂が堆積していて進入できません。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑥魚雷格納庫 カ 壕口(長崎川棚)

 矢岳特攻基地(三十一突)⑥魚雷格納庫 カ 最深部(長崎川棚)
▲カ側の内部


キ 方形窪地
石材で補強した窪地があります。
 矢岳特攻基地(三十一突)キ 方形掘り込み(石積みあり)北東から(長崎川棚)


ク 方形窪地
石材で補強した窪地があります。
 矢岳特攻基地(三十一突)ク 方形窪地 北から(長崎川棚)


ケ 方形窪地

こちらは石材の補強がありません。
 矢岳特攻基地(三十一突)ケ 方形窪地 南から(長崎川棚)


⑦ 送信所跡
壕口が4ヶ所ある地下壕だった様ですが、全て崩落しています。
コ 壕口跡
 矢岳特攻基地(三十一突)⑦コ 送信所(崩落) 下から(長崎川棚)

サ 壕口跡
 矢岳特攻基地(三十一突)⑦送信所 サ (崩落)(長崎川棚)

シ 壕口跡
 矢岳特攻基地(三十一突)⑦送信所 シ (崩落)(長崎川棚)

ス 壕口跡
 矢岳特攻基地(三十一突)⑦送信所 ス (崩落)(長崎川棚)


⑧ 発電機室
H形の地下壕で、発電機室、冷却水槽室に分かれています。
 矢岳特攻基地(三十一突)矢岳地下壕⑧(長崎川棚)
▲発電機室 見取図

ソ 発電機室
 矢岳特攻基地(三十一突)⑧発電機室 ソ 壕口(長崎川棚)
▲ソ壕口

 矢岳特攻基地(三十一突)⑧発電機室 f奥方向(長崎川棚)
▲奥にある発電機室はコンクリート巻立が施工されています

 矢岳特攻基地(三十一突)⑧発電機室 f床面の発電機基礎(長崎川棚)
▲ f 発電機設置台

 矢岳特攻基地(三十一突)⑧発電機室 f天井の金具(長崎川棚)
▲天井には電線を通す金具があります

 矢岳特攻基地(三十一突)⑧発電機室 fからh(長崎川棚)
▲発電機室から見た冷却水槽室


セ 冷却水槽室
発電機室より高い位置にあり、壕口は崩落しています。
大抵の地下発電所は冷却水槽が外にあるのですが、当基地は地下に水槽がある非常に珍しい型です。
この例は他に茂原海軍航空基地でしか見た事がありません。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑧発電機室 h冷却水槽 奥方向から (12)(長崎川棚)
▲冷却水槽は幅1.8×奥行3.3mの三連で深さはそれぞれ3mあります

 矢岳特攻基地(三十一突)⑧発電機室 h冷却水槽 i(長崎川棚)
▲水槽内部

 矢岳特攻基地(三十一突)⑧発電機室 セ(崩落)(長崎川棚)
▲崩落した冷却水槽室のセ壕口


⑨ 魚雷調整室
h形の壕で60mあり、28m地点で軽く右側に曲がり、ツ壕口に抜けます。
 矢岳特攻基地(三十一突)矢岳地下壕⑨(長崎川棚)
▲魚雷調整室 見取図

タ 壕口
やや崩れていますが、進入可能です。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 タ 壕口(長崎川棚)
▲壕口

 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 a 内部の支保工(長崎川棚)
▲a内部は支保工が散乱しています

b部屋はコンクリート巻立が施工されており、チ壕口は崩落していますが小さい入口でaに繋がっています。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 aからb(長崎川棚)
▲aから見たb入口

 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 aからb (2)(長崎川棚)
▲b入口

 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 b 奥方向(長崎川棚)
▲b部屋

チ 壕口
崩落しています。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 b 壕口方向(長崎川棚)
▲b部屋から見たチ壕口

 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室  チ(崩落)(長崎川棚)
▲外から見たチ壕口

 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 cコンクリート(長崎川棚)
▲cコンクリート巻立?

 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 d崩落天井穴からツ(長崎川棚)
▲dの開口部から見えるツ壕口
  ただ、通り抜けるのはキツイので、ツ壕口は外周から迂回して行く必要があります

ツ 壕口
コンクリート巻立が施工されていますが、内部はすぐに崩落しています。
・・・が天井が崩れ壕口の上に上記の開口部があります。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑨魚雷調整室 ツ 壕口(長崎川棚)


⑩ 三十K軟條敷設格納庫(蛟龍用軌条)
幅5×長さ200mあった様です。
矢岳特攻基地最大の特徴である蛟龍の出撃軌条ですが、残念ながら何も遺されていません。
 矢岳特攻基地(三十一突)⑩30K軟條布設格納庫跡(始点付近)(長崎川棚)
▲軌条はこの道路上から民家を抜けて海に伸びていました

 矢岳特攻基地(三十一突)⑩30K軟條布設格納庫の残骸?(長崎川棚)
▲護岸の辺りに岩が転がっていますが、軌条基礎の残骸?


所在部隊
第三十一突撃隊(三十一嵐部隊)
昭和20(1945)年1月9日、米軍がフィリピン・ルソン島に上陸を開始、20日、大本營は『帝國陸海軍作戰計畫大綱』を策定、主戦場が本土周辺に至るに及び全軍特攻化を決定します。
大本營海軍部は水上戦力が払底していたため、来るべき決號作戰(本土決戦)に向け航空特攻部隊とともに、次々に考案、制式採用される特殊兵器を用いた水上・水中特攻部隊の整備に着手、従前のその都度部隊の部署による特攻部隊の編成では無く、建制としての特攻隊、即ち34個突撃隊、及びそれを統率する9個特攻戰隊を逐次編成します。

2月1日、第百十震洋隊(納谷忠司大尉)、20日、第四十三震洋隊(高橋英夫中尉)、25日、第百九震洋隊(鈴木一彦大尉、震洋50)が臨時魚雷艇訓練所(川棚)において編成されます。

3月1日、臨時魚雷艇訓練所、川棚海軍警備隊本部は第三特攻戰隊司令部、川棚突撃隊本部に改編(松原博少将兼任)され、第三特攻戰隊司令部は佐世保鎭守府麾下に編入され、九州西部沿岸部における水上・水中特攻作戦の準備にあたります。

5月13日、第百十震洋隊が牛深茂串に進出途中、敵機12機の襲撃を受け警戒の魚雷艇2隻、震洋6隻が沈没、17名が散華してしまいます。

6月25日、第六十二震洋隊(山田恭二中尉)、第百四十三震洋隊(大内田廣盛少尉)が川棚突撃隊において編成されます。

7月1日、矢岳特攻基地において第三十一突撃隊(川棚突兼務原為一大佐)が新編(第三十一突撃隊の定員は士官75、下士官兵1,168名)され、逐次科員が発令され定員充足が行われます。
突撃隊の編制は司令・副長・特攻科・通信科・内務科・修補科・軍醫科・主計科で、特攻科は特攻長・特攻士・特攻隊長・要具庫員・特攻隊(攻撃部・基地部)で編成され、内務科は基地警備、防空砲台、施設及び舟艇管理、修補科は兵器の修理補給を所掌しました。

8日、第百九震洋隊が松島に、第六十二震洋隊(震洋未配備)が鯛ノ浦に進出し、夫々第三十一突撃隊司令の指揮下に編入されます。
10日、突撃隊司令・飛田健二郎大佐が発令され、福岡空兼副長から矢岳に着任します。
10日、第百四十三震洋隊が牛深に進出します。

25日、第六十五震洋隊(岩切法雄大尉)、第百四十四震洋隊(近松正雄中尉)が川棚突撃隊において編成されます。

27日、第四十二震洋隊が牧島に進出、第十蛟龍隊(中嶋典次大尉、蛟龍4(最終12))が編成され、竣工した艇から三菱重工業㈱長崎造船所で錬成を開始します。

8月1日、第百四十四震洋隊が富岡に、15日、第六十五震洋隊が京泊に進出します。
第三十一突撃隊は管下の特攻基地設営を急ぐなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

停戦時、第三十一突撃隊管下にあった特攻基地、及び指揮下にあった特攻隊
矢岳【本部】 ・・・ 第十蛟龍隊 : 未配備(3/4隻竣工、佐世保海軍軍需部)
平戸
松島 ・・・ 第百九震洋隊 : 震洋26隻 進出
鯛ノ浦 ・・・ 第六十二震洋隊 : 未配備
樺島 ・・・ 第十蛟龍隊 : 未配備
京泊 ・・・ 第六十五震洋隊 : 震洋50 進出
太田尾
富岡 ・・・ 第百四十四震洋隊 : 未配備
大濱
牛深 ・・・ 第百四十三震洋隊 : 未配備
牛深茂串 ・・・ 第百十震洋隊 : 震洋19 進出
牧島 ・・・ 第四十二震洋隊 : 震洋50 進出
奥浦浦頭 ・・・ 第十蛟龍隊・海龍 : 未配備
奥浦戸岐 ・・・ 魚雷艇 : 未配備
矢岳特攻基地(三十一突) 第二特攻戦隊 佐世保周辺(長崎川棚)
▲佐世保近傍の第三特攻戰隊管下の各特攻基地の位置

最後に記事記述にあたり五島列島における海軍航空基地、及び特攻基地の研究をされている深尾様に多数の貴重な資料を御提供頂きました。
この場を借りて御礼申し上げます。
ありがとうございました。


主要参考文献
『小佐々町郷土史』 (小佐々行政センター提供)

『本土最西端の特攻基地 矢岳突撃隊』 (特潜会)

『幻の第10蛟龍隊』 (植田一男)

『写真集 人間兵器 震洋特別攻撃隊 上巻』 (平成2年5月 震洋会 国書刊行会)

『日本海軍潜水艦部隊の記録 鉄の棺 資料編4』 (平成17年5月 渡辺博史 ニュータイプ)

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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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