当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

姫路海軍航空基地 防空砲台

兵庫県加西市に所在した姫路海軍航空基地(姫路海軍航空隊)周辺に防空砲台が設営されていました。
姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 北西から(兵庫加西)
▲畑に遺る機銃座

【探索日時】
平成25年2月14・15日、3月5・12日





姫路海軍航空基地 概要
昭和17(1942)年9月下旬、海軍省(海軍航空本部)は兵庫県加西郡九會(くえ)村・下里村一帯に練習航空隊の新設を決定し、昭和18(1943)年3月5日、呉海軍建築部指導のもと姫路海軍航空基地の設営を開始、9月下旬、転圧滑走路1本が完成し、10月1日、姫路海軍航空隊が開隊し甲種予備練の実用機教程を開始します。
昭和20(1945)年1月、3個設營隊が進出し決號作戰(本土決戦)に向け作戦航空基地として強化を開始、5月5日、姫路海軍航空隊は復帰、岡崎より第三岡崎空姫路派遣隊、7月20日、筑波空戰鬭第四〇三飛行隊が進出、決號作戰に備えるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

10月23日、米軍により姫路海軍航空基地は接収、11月から基地内不要部分で開拓が開始され、昭和21(1946)年5月23日、米軍から返還、昭和24(1949)年11月、一部を除く全域が農地として払下げられ、昭和41(1966)年、航空隊跡地が神戸大学農学部付属農場(現、附属食資源教育研究センター)として整備され現在に至ります。

詳細は前記事『姫路海軍航空基地』を参照


姫路海軍航空基地の防空砲台
『航空機及兵器爆弾目録』、『武装還納目録』によると停戦時、姫路海軍航空基地には七糎野戦高射砲4基、二十五粍連装機銃9基、同単装24基があった様です。
『姫路航空基地概要図』には外周に単4、単4、単4、連3、連3の5ヶ所(連装6基、単装12基)の機銃砲台が、『武装還納目録』には単4、単4、単4、単4、連3、連3、連3の7ヶ所(連装9基、単装16基)、『姫路海軍航空隊基地』には連装4ヶ所、単装2ヶ所(具体的位置表示無し)の記載がありますが、高射砲4、単装8の記載は無く、装備位置は不明です。
姫路海軍航空基地(姫路海軍航空隊) 姫路航空基地概要図(兵庫加西)
▲『姫路航空基地概要図』

姫路海軍航空基地 防空砲台 『武装還納目録』機銃砲台(兵庫加西)
▲『武装還納目録』(原図を元に作図)


遺構について
現在、コンクリート製の銃座3基、機銃砲台1ヶ所が遺されています。
謎なのは各砲台は連装で3基、単装で4基づつの備砲があったはずですが、遺されている銃座は全て別の場所に1基づつしか無い事です。
考えられるのは現存の銃座が地下に弾薬庫がある非常に珍しい造りな事から、各砲台は現存するコンクリート製の銃座兼弾薬庫と土製掩体型の銃座の組合せだったのではないでしょうか?

姫路海軍航空基地(姫路海軍航空隊) 施設配置(兵庫加西)
▲施設範囲
① 姫路海軍航空隊
①② 姫路海軍航空基地
③ 川西航空機㈱ 姫路製作所 鶉野工場
④ 稲荷山配水池
⑤ 戦闘司令部
り 電波探信儀室
る 探照灯

姫路海軍航空基地(姫路海軍航空隊) (神大無し)(兵庫加西)
▲遺構配置
  ひらがな : コンクリート製
  カタカナ : 土製地下壕(崩落含)
  アルファベット : 土製半地下
  薄赤 : コンクリート滑走路
  薄緑 : 転圧滑走路(推定)
  ピンク色 : 滅失、不明
※砲台以外の遺構は前記事
 姫路海軍航空基地
 姫路海軍航空隊を夫々参照

き 機銃座
民有地に遺り、九六式二十五粍聯装機銃の銃座と思われます。
放置され荒れていますが、おかげで現存3基の中で最も状態が良いです。
姫路海軍航空基地 防空砲台 や 機銃座(兵庫加西)
▲見取図 (『加西・鶉野飛行場跡』(加西市教育委員会発行)より転載)加西市教育委員会、了承済

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 南西から(兵庫加西)
▲側面から
  全体が露出していますが当時はブルーワークの天端まで土で覆われていたと思われます

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 北西から(兵庫加西)
▲銃座内部
  外周の箱状の物は右から地下入口、砲側弾薬置場、揚弾筒、砲側弾薬置場と思われます

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 内部 南から(兵庫加西)
▲銃座内部
  内部は埋まっていたので掘ったところ砲床が出てきました

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 銃床(兵庫加西)
▲砲床近影(直径95、ボルト間46、ボルト対角90cm)
  ボルトとナットが遺っています

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 内部南西から(兵庫加西)
▲揚弾筒と砲側弾薬置場

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 揚弾筒 内部(兵庫加西)
▲揚弾筒内部(開口部は幅100×高さ120×奥行134cm)
  内壁のモンキーラッタルは全て切除されてしまっています

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 南西砲側弾庫(兵庫加西)
▲砲側弾薬置場(開口部は幅99×高さ70×奥行134cm)

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 ブルーワーク(兵庫加西)
▲ブルーワークの厚さは25cmあり、天端には溝があり鉄筋が遺ります

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 地下入口と銃座(兵庫加西)
▲地下弾薬庫への入口

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 地下入口(兵庫加西)
▲入口別角度から

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 地下入口 (1)(兵庫加西)
▲弾薬庫へ降りる階段

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 地下(兵庫加西)
▲地下弾薬庫は水没しています

姫路海軍航空基地 防空砲台 き 機銃座 南西から (2)(兵庫加西)
▲地下弾薬庫の入口は爆風除けの土堤が遺ります

この周辺は未開地が多そうだったので所有者の許可を得て周辺を探索してみましたが、残念ながら他の銃座らしい物は見当たりませんでした。


ふ 機銃座
畑の脇に遺り、同じく25㎜連装機銃の銃座と思われます。
近年まで埋もれていましたが有志により整備され、見学できる状態になっています。
残念がら地下の弾薬庫、揚弾筒は塞がれています。
姫路海軍航空基地 防空砲台 ふ 機銃座 西から(兵庫加西)
▲当時の状態に近いと思われます

姫路海軍航空基地 防空砲台 ふ 機銃座内部 北西から(兵庫加西)
▲内部

姫路海軍航空基地 防空砲台 ふ 機銃座 銃床(兵庫加西)
▲砲床

姫路海軍航空基地 防空砲台 ふ 機銃座 揚弾筒内部(兵庫加西)
▲揚弾筒内部
  こちらはラッタルがほぼ遺ります

姫路海軍航空基地 防空砲台 ふ 機銃座 地下入口(兵庫加西)
▲地下弾薬庫に降りる階段


m 機銃座
神戸大学内に遺り、非公開のため場所は伏せさせて頂きます。
※写真は10年ほど前の見学会に際し撮影したので、現状はかなり変わっていると思われます。
周辺の土が流失してしまい、周囲にある砲側弾薬置場が自重で崩壊しています。
姫路海軍航空基地 防空砲台 m 機銃座 南東から(兵庫加西)
▲完全に露出してしまい、手前と右奥の砲側弾薬置場が折れてしまっています

姫路海軍航空基地 防空砲台 m 機銃座内部 南西側(兵庫加西)
▲逆に内部は土で埋まり半分程度しか見えません

姫路海軍航空基地 防空砲台 m 機銃座 地下入口(兵庫加西)
▲地下弾薬庫への入口

姫路海軍航空基地 防空砲台 m 機銃座 地下からの階段(兵庫加西)
▲地下弾薬庫へ降りる階段
  弾薬庫から

姫路海軍航空基地 防空砲台 m 機銃座 地下室(兵庫加西)
▲地下弾薬庫は物置になっています

姫路海軍航空基地 防空砲台 m 機銃座 揚弾筒の底(兵庫加西)
▲地下弾薬庫から揚弾筒


や・ゆ・よ 機銃座
一次資料では上掲地図の辺に機銃砲台があった様ですが、詳細は不明です。


ほ 機銃砲台
姫路海軍航空基地の機銃砲台の中で唯一銃座が複数遺り、「砲台」を形成しています。
ただ、この砲台は先述の史料に掲載が無く、地面を掘り下げた土製の銃座とコンクリート製の砲側弾薬置場で形成されています。
姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ 防空機銃砲台(兵庫加西)
▲機銃砲台配置
 赤色:箱型コンクリート構造物
 青色:ブロック状コンクリート
A 銃座
直径5mで、内部に3ヶ所コンクリート構造物があります。
姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-A 南西から(兵庫加西)
▲A銃座全景
  円形に窪んでいます

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-A 4(左)・6(中)・57(右) 北から(兵庫加西)
▲A 左から4・6・5・7

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-A 1(兵庫加西)
▲A1 ブロック状コンクリートの塊が埋まります

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-A 2(兵庫加西)
▲A2 ブロック状コンクリートの塊が埋まります

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-A 3(兵庫加西)
▲A3 ブロック状コンクリートの塊が埋まります

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-A 5 北から(兵庫加西)
▲A5 方形窪地

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ 防空機銃砲台(兵庫加西)
▲機銃砲台配置
 赤色:箱型コンクリート構造物
 青色:ブロック状コンクリート

B 銃座
直径4mあり、内部に砲側弾薬置場と思われる箱型構造物2個、ブロック状構造物1個があります。
姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-B 11(左)・12(右) 南東から(兵庫加西)
▲B銃座全景(左から11・12)

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-B 11(兵庫加西)
▲B11 砲側弾薬置場と思われる箱型構造物
  内寸幅70×奥行53×高さ53cm

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-B 12(兵庫加西)
▲B12 砲側弾薬置場

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-B 13(兵庫加西)
▲B13 天板が破壊された砲側弾薬置場?

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-B 14 西から(兵庫加西)
▲B14 方形窪地

姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-B 15 西から(兵庫加西)
▲B15 方形窪地

C 方形窪地
幅180×奥行180×深さ100cmあります。
姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-C 方形孔 北から(兵庫加西)
▲指揮所?

D 円形窪地
直径100cmあります。
姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-D 円形孔(兵庫加西)

E 円形窪地
直径100cmあります。
姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-E 円形孔(兵庫加西)

F 円形窪地
直径100cmあります。
姫路海軍航空基地 防空砲台 ほ-F 円形孔(兵庫加西)


り 電波探信儀室
『武装還納目録』には桑原田地区の宮池北側に記載されていますが、詳細な場所は不明です。
電探の形式は不明です。


る 探照灯
『武装還納目録』には権現湖南東の山辺りに記載されています。
百五十糎探照灯が2基ありました。
150cmの探照灯と言えば大和型に搭載されていた九六式が有名ですが、姫路の物の形式は不明です。
探索された穴場の姫路管理人の穴姫さんによると「何も無かった」そうです。


主要参考文献
『加西・鶉野飛行場跡(旧姫路海軍航空隊基地)』 (平成23年3月 加西市教育委員会)

アジ歴各種史料
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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