FC2ブログ

当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

峯山海軍航空基地 口大野兵舎、地下送信所・燃料庫

京都府京丹後市峰山町に所在した峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊)西側1kmに口大野兵舎(航空隊本部)、及び長善兵舎、北西700mに地下送信所、及び地下燃料庫がありました。
峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 dからe方向(京都京丹後)
▲畑地に遺る地下送信所

【探索日時】
平成25年4月5日、11月19日





峯山海軍航空基地 概要
昭和12(1937)年7月7日に発生した支那事変が拡大・長期化するなか、昭和13(1938)年7月12日、ソ連軍が滿ソ国境を越境し侵攻、張鼓峰事件が発生します。
海軍航空本部はソ連軍の策動に備え、舞鶴軍港防空のため峰山盆地の中郡新山村、同河邉村(現、京丹後市)の農地一帯を選定し陸上航空基地の設営を決定、昭和13(1938)年秋頃、舞鶴海軍経理部?は用地50町歩を買収し、昭和14(1939)年9月22日、舞鶴海軍建築部の指揮、監督のもと航空基地造成を開始、昭和16(1941)年秋頃、峯山海軍航空基地が竣工します。

引き続き第二期工事を着工、昭和19(1944)年、3月15日、搭乗員大量急速養成のため設営の進む峯山において第二美保海軍航空隊 峯山分遣隊が開隊、当初基地内に兵舎が建設されますが狭隘なため、丹後織物工業組合の口大野精練工場(口大野兵舎)、同平又工場(長善兵舎)、同中郡支部(酒保)を買収、借用し転用、7月頃より急迫する戦局に鑑み、戦力温存を図るべく誘導路、掩体壕、地下施設設営を開始します。

昭和20(1945)年2月11日、峯山分遣隊は姫路海軍航空隊に転属、2月20日、神風特別攻撃隊「飛神隊」を編成、3月1日、峯山海軍航空隊として独立します。
峯山海軍航空隊は中練特別攻撃隊の編成、及び錬成を実施、決號作戰(本土決戦)に備えるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

28日、峯山海軍航空基地は大蔵省に移管されますが、10月26日、京都府与謝郡岩瀧村に進駐して来た米軍ノックス大尉以下150名により接収され、27日より兵器、軍需品の処理が実施ののち、11月19日、航空基地は内務省を通じ大蔵省に返還されます。

11月9日、『緊急開拓事業実施要領』、昭和21(1946)年10月21日、『自作農特別措置法』等により航空基地跡は河邉村、新山村に払下げられ開拓が開始されます。

※峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊)の詳細、及び遺構については前記事『峯山海軍航空基地 (峯山海軍航空隊)』参照


峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) 峯山海軍航空基地 要図(京都京丹後)
▲『物資貯蔵所位置表示圖』

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) 峯山海軍航空基地 番号(京都京丹後)
▲現在の地図に施設を転写
① 峯山海軍航空基地 ・ 滑走路
② 飛行機運搬路(誘導路)
③ 掩体壕
④ 口大野兵舎
⑤ 長善兵舎
⑥ 送信所
⑦ 地下燃料庫

⑧ 舟山防空砲台
⑨ 第一・第二仮弾庫
※緑文字が当記事紹介施設


遺構について
現在、兵舎地区は住宅、地下送信所・地下燃料庫は畑地になっていますが、地下壕が遺されています。
④ 口大野兵舎
峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ④峯山海軍航空基地 兵舎(京都京丹後)
▲遺構の配置

昭和19(1944)年3月15日、第二美保海軍航空隊 峯山分遣隊の開隊による人員増加に伴い、丹後織物工業組合の口大野精練工場及び周辺一帯を買収し転用、本部庁舎、士官舎、病室、兵舎、各科倉庫、練兵場が開設されます。
峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ④口大野兵舎 練兵場跡(京都京丹後)
▲練兵場跡

続いて敷地内の青年山に地下施設(通信所、燃料庫等)を設営、基地防護を図り決號作戰に備えるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えます。

停戦に伴い、海軍用地を引き継いだ大蔵省より口大野村に払い下げられ、昭和22(1947)年4月1日、『学校教育法』の施行に伴い口大野兵舎は口大野外六ヶ村組合立大野中学校として転用、昭和26(1951)年4月1日、大宮町の発足に伴い、同校は大宮中学校として移転、跡地は北丹紡績㈱に転用された後、建物は撤去され市営住宅に転換されます(いずれも時期不明)。

G 地下壕
歪な形状をしており、掘削中だったのかも知れません。
峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ④地下壕G(京都京丹後)
▲見取図

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ④G 内部から西側壕口(京都京丹後)
▲内部から西側壕口

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ④G 東側壕口 内部(京都京丹後)
▲東側壕口から内部
  この辺は砂岩が多い様で状態は悪いです

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ④G a(京都京丹後)
▲G a

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ④G b(京都京丹後)
▲G b

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ④G c(京都京丹後)
▲G c

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ④G 東側壕口(京都京丹後)
▲東側壕口

口大野兵舎の敷地内西側にあった青年山には大規模な地下壕が設営されていましたが、残念ながら老人ホーム造成に伴い滅失してしまった様です。


⑤ 長善兵舎
昭和19(1944)年3月15日、第二美保海軍航空隊 峯山分遣隊の開隊による人員増加に伴い、口大野兵舎とともに丹後織物工業組合平又工場を借用し開設されます。
停戦後の経緯は不明ですが、現在は住宅地になっており、遺構は何も遺されていない様です。


⑥ 送信所
⑦ 地下燃料庫

昭和19(1944)年7月13日、海軍施設本部からの「有蓋掩体の急速設備示達」(施本機密第八七三〇號)に則り誘導路、掩体壕、地下施設の設営が開始されたと思われます。
借地だった様で現在、電機所、油庫、番舎など建物は無くなっていますが、地下壕が一部遺ります。
峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕南側 電機所・番舎のあった削平地(京都京丹後)
▲電機所、油庫、番舎があった削平地

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑦⑧峯山海軍航空基地 通信(京都京丹後)
▲遺構の配置

H 地下送信所
幅3mで長さ64m程で崩落しています。
残存部の2ヶ所(部屋)はコンクリート巻立が施工されており、当時は南北に貫通していました。
上記『要図』では内部に発電機が設置されていた様です。
この地下壕ですがコウモリの要塞となっており、大量のコウモリが乱舞しています。
峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑧地下壕H(京都京丹後)
▲見取図

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 南側壕口(京都京丹後)
▲壕口
  柵がされているので、自己責任で

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 aからb方向 (2)(京都京丹後)
▲a 素掘部

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 aからb方向(京都京丹後)
▲b の入口

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 a方向からb(京都京丹後)
▲b コンクリート部

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 b壁面の鉄筋(京都京丹後)
▲b 壁面には木材を張った際に梁を固定した鉄筋が遺ります

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 cからd(京都京丹後)
▲c 素掘部

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 dからe方向(京都京丹後)
▲d コンクリート部

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 d天井の空気孔(京都京丹後)
▲d 天井にある換気口

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 eから壕口(京都京丹後)
▲e 素掘部から壕口

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 e奥の崩落(京都京丹後)
▲e 最深部の崩落

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 北側壕口(京都京丹後)
▲反対側(北側)の壕口は完全に崩落しています


I 地下燃料庫
幅3mの素掘壕で長さ30m程で崩落しています。
状態はかなり悪いです。
峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑦地下壕I(京都京丹後)
▲見取図

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑦I 地下燃料庫 壕口(京都京丹後)
▲壕口
  竹の生えた斜面を少し登った位置にあります

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑦I 地下燃料庫 内部(京都京丹後)
▲内部

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑦I 地下燃料庫 北側壕口(崩落)(京都京丹後)
▲東側の壕口は完全に崩落しています


J 地下燃料庫
同じく幅3mの素掘壕で長さ30m程で崩落しています。
残存部の状態は良いです。
峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑦地下壕J(京都京丹後)
▲見取図

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑦J 地下燃料庫 壕口(京都京丹後)
▲壕口

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑦J 地下燃料庫 内部(京都京丹後)
▲内部

入口のすぐ右側に小さい壕があり、慣れている方ならすぐ分かると思いますが戦後の芋穴(イモ類の保管穴)です。
峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑦J 地下燃料庫 内部 abc入口(京都京丹後)
▲芋穴

峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑦J 地下燃料庫 北側壕口(崩落)下から(京都京丹後)
▲東側の壕口は完全に崩落しています

峯山一帯にはあちこちに「芋穴」があり、一見地下壕?となりますが、海軍の規格に比べかなり小さく短いので、すぐ判別できると思います。
峯山海軍航空基地(峯山海軍航空隊) ⑥H 無線兵器壕 南側壕口 西側の芋穴(京都京丹後)
▲H地下送信所の近くにある芋穴
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
検索フォーム
正定事件の真実
戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。

Twitter @yuukyuunotaigi
リンク
最新コメント
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる