当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

第一航空軍教育隊

講談『血煙荒神山』の舞台として知られる三重県亀山市の荒神山観音寺の北側に第一航空軍教育隊がありました。
第一航空軍教育隊 A 油脂庫?(薬品庫?) 南東から(亀山三重)
▲畑に遺る弾薬庫

【探索日時】
平成25年4月20日





第一航空軍教育隊 略歴
昭和17(1942)年3月、陸軍航空本部は新設される第一航空軍教育隊の兵営用地を三重県鈴鹿郡高津瀬村(現、鈴鹿市高塚町)の農地に選定、第一飛行集團経理部(岐阜)により用地買収、営舎建設が行われます。

12月3日、第一航空教育隊(各務原)を基幹として第一航空軍教育隊が新編され甲種幹部候補生、乙種幹部候補生、特別操縦見習士官、下士官候補者教育を担当します。
12月中旬、営舎が竣工したため高津瀬村に移駐します。
第一航空軍教育隊は第一航空軍の整備要員教育にあたるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

8月28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定(大正11年1月28日、勅令第十五號『國有財産法施行令』)により第一航空軍教育隊は内務省を通じ大蔵省に移管されます。
9月28日、米第6軍第1軍団第98師団が和歌山に上陸、29日により三重県、大阪府、奈良県、和歌山県、淡路島に進駐を開始、第一航空軍教育隊も接収され、飛行機、兵器、軍需品の処理ののち、大蔵省に返還されます。

11月9日、『緊急開拓事業実施要領』の閣議決定、昭和21(1946)年10月21日、『自作農特別措置法』(法律第四十三号)により海外引揚者、復員軍人、戦災者に払下げられ開拓、兵舎は住宅、または戦災復興資材として転用されます。


遺構について
第一航空軍教育隊
第一航空軍教育隊用地は停戦に伴い払い下げられ開拓、南側の兵舎地区は入植者住宅に転用ののち住宅地として造成されてしまい遺構は皆無、北側の教育施設は住宅地、農地に転用されますが若干の遺構が遺ります。
なお、遺構探索にあたり地区の顔役的な方から「好きなだけ入って見てい行ってええで!」との許可を頂きました(笑)

第一航空軍教育隊 第一航空軍教育隊 現在(亀山三重)
▲第一航空軍教育隊の範囲と遺構配置

A 弾薬庫
畑の中に遺り農機具小屋として使用されています。
当時はコンクリート製弾薬庫が5棟あり、うち最北の1棟は土塁に囲まれていました。
第一航空軍教育隊 A 油脂庫?(薬品庫?) 南東から(亀山三重)
▲正面側
  なぜか扉がコンクリートで塞がれています。

第一航空軍教育隊 A 油脂庫?(薬品庫?) 南端の部屋(亀山三重)
▲内部
  コンクリート製の棚を破壊した跡が遺ります。

第一航空軍教育隊 A 油脂庫?(薬品庫?) 南西から(亀山三重)
▲裏側


シ 弾薬庫土塁
最北にあった弾薬庫の土塁の一部?


ア 被服庫基礎
駐車場の奥に中央は破壊されていますが南北に基礎が遺ります。
第一航空軍教育隊 ア 被服庫基礎 南西から(亀山三重)
▲南側基礎

第一航空軍教育隊 ア 被服庫基礎 北西から(亀山三重)
▲北側基礎


イ 被服庫基礎
南側は造成で滅失していますが、北側の基礎が僅かに遺ります。
第一航空軍教育隊 イ 被服庫基礎 北東から(亀山三重)


ウ 貯水槽
第一航空軍教育隊 ウ 貯水槽 南西から(亀山三重)


エ 特殊教育講堂 基礎
空地に巨大なベタ基礎が完存しています。
北側に小部屋a・b・cの基礎が遺り、それぞれコンクリート製廊下で繋がっています。
第一航空軍教育隊 エ 特殊教育講堂 基礎 南西から(亀山三重)
▲南西から

第一航空軍教育隊 エ 特殊教育講堂 基礎 西から(亀山三重)
▲基礎上面

第一航空軍教育隊 エ 特殊教育講堂 基礎 北側の別棟 南西から(亀山三重)
▲基礎の北側に束石が並びます

第一航空軍教育隊 エ 特殊教育講堂 a基礎  南西から(亀山三重)
a 基礎

第一航空軍教育隊 エ 特殊教育講堂 b基礎 南から(亀山三重)
b 基礎
  基礎を転用し小屋が建っています

第一航空軍教育隊 エ 特殊教育講堂 基礎c 東から(亀山三重)
c 基礎
  基礎を転用し小屋が建っています


オ 寫眞講堂 基礎
物置と畑地の間に5m程が遺ります。
第一航空軍教育隊 オ 寫眞講堂 基礎 南東から(亀山三重)


カ 自動貨車庫 基礎
空地と畑の境に北側の基礎が遺ります。
当時は東西に2棟の自動貨車(トラック)車庫がありましたが、南側は畑化に伴い破壊されています。
第一航空軍教育隊 カ 自動貨車庫 基礎 西から(亀山三重)
▲基礎全景

第一航空軍教育隊 カ 自動貨車庫 基礎中央の囲み 北西から(亀山三重)
▲基礎中央にある囲い状の構造物

第一航空軍教育隊 カ 自動貨車庫 基礎④(亀山三重)
▲畑の中に柱を立てた束石の様な基礎4個が遺ります


キ 自動貨車庫 基礎
畑の中に遺りますが、位置的に上記“カ”の一部と思われます。
第一航空軍教育隊 キ 自動貨車庫 基礎bと②(亀山三重)
▲同様の物がもう1本あります

第一航空軍教育隊 キ 自動貨車庫 基礎①(亀山三重)
▲束石

※畑の所有者の許可を得て立入っています


ク 自動貨車庫 基礎
畑と畦道の際に北側の基礎が遺ります。
第一航空軍教育隊 ク 自動貨車庫 基礎 南西から(亀山三重)
▲状態は良好です


ケ 第三格納庫 基礎
殆ど滅失していますが道路沿い、民家敷地に僅かに遺ります。
第一航空軍教育隊 ケ 第三格納庫 基礎d 南から(亀山三重)
d コンクリート基礎
  道路沿いの畑に遺ります

第一航空軍教育隊 ケ 第三格納庫 基礎e 東から(亀山三重)
e コンクリート基礎
  民家の敷地内に遺ります

コ 第二格納庫 基礎
住宅地と畑の境、畑と畑の境に遺ります。
両側の基礎が遺るため、格納庫の規模がわかります。
第一航空軍教育隊 コ 第二格納庫 基礎f 西から(亀山三重)
f コンクリート基礎
道路に沿って遺ります

第一航空軍教育隊 コ 第二格納庫 基礎g 南東から (2)(亀山三重)
g コンクリート基礎(手前側)
  畑の中に遺り、露出しているため非常に分かりやすいです

第一航空軍教育隊 コ 第二格納庫 基礎g 南東から(亀山三重)
▲g コンクリート基礎(奥側)


サ 第一格納庫 便所
格納庫の基礎は滅失していますが、付属の便所が畑の中に遺ります。
第一航空軍教育隊 サ 第一格納庫 便所 北西から(亀山三重)


所在部隊
第一航空軍教育隊(中部第百三十二部隊、帥五八一)
昭和17(1942)年4月13日、軍令陸甲第三十一號『在内地陸軍航空部隊編成、復歸要領』、陸機密第六六號『同細則』により第一飛行集團は第五十一教育飛行師團(安倍定中将、岐阜)に改編され内地教育飛行隊を統括、5月19日、『航空軍司令部令』により、6月15日、第五十一教育飛行師團司令部において第一航空軍司令部(安田武雄中将)が編成され(6月15日、編成完結)、内地実戦航空部隊、第五十一教育飛行師團を隷下に編入します。

12月3日、軍令陸甲第三十一號により第一航空教育隊(各務原)を基幹(本部、2個中隊抽出)として第四(柏)、第五(大刀洗)、第九航空教育隊(新田原)から各1個中隊を抽出し、第一航空軍教育隊が新編(安東貞夫大佐)され甲種幹部候補生、乙種幹部候補生、特別操縦見習士官、下士官候補者教育を担当します。

12月中旬、営舎が竣工したため高津瀬村に移駐します。

昭和18(1943)年12月27日、9個中隊に改編されます(教育内容は以下の通り)。
第一中隊 ・・・ 甲種幹部候補生 : 戦闘機整備
第二中隊 ・・・ 甲種幹部候補生 : 同上
第三中隊 ・・・ 甲種幹部候補生 : 偵察・襲撃機整備
第四中隊 ・・・ 甲種幹部候補生 : 爆撃機整備
第五中隊 ・・・ 乙種幹部候補生 : 戦闘・偵察・重爆整備
第六中隊 ・・・ 乙種幹部候補生・下士官候補者 : 自動車・武装・射撃
第七中隊 ・・・ 乙種幹部候補生・下士官候補者 : 金属・電機・計測器
第八中隊 ・・・ 下士官候補者 : 写真・瓦斯・射撃・武装
第九中隊 ・・・ 下士官候補者 : 戦闘・偵察・襲撃・重爆整備

第一航空軍教育隊は上記教育にあたるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。


主要参考文献
『三重の戦争遺跡 増補改訂版』(平成18年8月 つむぎ出版)

『陸軍航空の鎮魂 総集編』 (平成5年4月 陸軍航空碑奉賛会)
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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