当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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戦艦「比叡」探索

今朝の産経新聞に『戦艦「比叡」探索』の記事が掲載されていました。
比叡
▲昭和17(1942)年7月11日、ミッドウェー海戦後、横須賀に帰投する比叡





記事によると、つい先日、停戦後に連合軍により五島列島沖で海没処分された我が潜水艦24隻を特定した、九州工業大社会ロボット具現化センターの浦環(うらたまき)センター長の調査チームが、今度は比叡を探索するそうです。

比叡は明治44(1911)年11月4日、横須賀海軍工廠で起工、大正3(1914)年8月4日、竣工した金剛型2番艦です。
その後、ロンドン海軍軍縮会議により練習戦艦に改装、さらに御召艦の栄誉に2度も浴する等、聯合艦隊旗艦を努めた長門とともに戦前は広く国民に知られる戦艦でした。
大東亜戦争開戦後も第一航空艦隊に部署され機動部隊とともに行動するも、昭和17(1942)年11月13日、米軍に占領されたガダルカナル島増援に向かう途次、第三次ソロモン海戦において損傷、我が戦艦最初の戦没艦となってしまいます。
現在ではむしろ後者の印象が強く、最初の戦没空母である祥鳳とともに、余り良くない印象が先行しています。
また、戦没時期が早かった事もあり、翌日に戦没した霧島とともに影が薄い様に思います。

比叡は記事中にもあるように海外で戦没した戦艦(比叡、霧島、扶桑、山城、長門、武藏)のうちで唯一沈没地点が特定されていませんでした。
比叡は第三次ソロモン海戦(第一日)に挺身艦隊(戦艦2、軽巡1、駆逐艦14)に部署され第十一戦隊旗艦(阿部弘毅中将)として出撃、米第67任務部隊第4群(重巡2、軽巡3、駆逐艦8)と交戦、敵将・D・キャラハン少将を戦死させますが、探照灯を照射していたため敵の目標となり被弾、舵機故障により離脱できず、翌朝の敵機の空襲によりさらに損傷、キングストン弁を開き自沈しました。
聯合艦隊司令部は敵機の標的にすべく比叡の放棄を下令しますが、戦隊司令部が再度作戦海域に戻ったところ比叡の艦影は既に海没していたため正確な海没位置が不明となります。

比叡は該当海域に戦没している艦の中でも222mと巨大で、また比叡は大改装時期が同型艦(金剛、榛名、霧島)より遅く、当時建造中だった大和型の艦橋の実用実験的要素が盛り込まれたため、他の3艦と艦橋の形状が全く違う(ほぼ新造)ので、容易に識別できます。

なお、応急処置、復元作業、さらに総員退去が敵機空襲下に行われたため、散華された188名は水葬されず艦内に残置された様で、今もなお比叡とともに眠っています。
比叡の発見もですが、1名でも多くの勇士の帰還も合わせて祈念しています。

戦艦「比叡」来月に探索…九工大など調査チーム 南太平洋・ソロモン海戦で沈没(2017.10.31 07:00)


九州工業大社会ロボット具現化センターの浦環(うらたまき)センター長(特別教授)らの調査チームが、先の大戦中に南太平洋ソロモン海に沈んだ旧日本海軍の戦艦「比叡」の探索に乗り出す。比叡は、海外で沈没した戦艦で唯一、位置が特定されていない。「海洋立国日本を掲げるなら、海でなくしたものは必ず見つけ出すべきだ」と浦氏は意気込む。(九州総局 大森貴弘)

 調査は11月11~25日に実施する。ソロモン諸島・ガダルカナル島(ガ島)の北側海域で、マルチビームソナーを使い水深約500メートルの海底を探索する。元乗組員の証言と潮流などの気象条件から、沈んでいる可能性が大きい場所を既に2カ所特定している。

 昭和17~18年、ガ島をめぐり日米両軍は激戦を繰り広げた。比叡は17年11月、総員退艦の後、自沈した。沈没までに時間がかかり、潮に流されるなどしたため、正確な沈没位置が特定できていない。戦死した約180人の遺骨もそのままになっている。

 比叡は全長が222メートルあり、他の沈没艦より大きく、識別は可能だという。11月の調査で位置を特定できた場合、無人潜水機を使った撮影と3D画像の作成なども検討する。浦氏は「何らかの手がかりをつかむ自信はある」と語った。

 浦氏らは長崎県五島列島沖で米軍に処分され海底に沈んだ旧日本軍の潜水艦を調査し、全24隻の沈んでいる位置や艦名を特定した。(産経新聞

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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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