FC2ブログ

当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

戦艦「扶桑」・駆逐艦「朝雲」発見

昨日、山城発見の記事を上げましたが、沈没船探査チームのフェイスブックによると朝雲、そして扶桑、さらに満潮、山雲も発見された様です。
これでスリガオ海峡で戦没した第一遊撃部隊第三部隊(西村艦隊)の全艦が見つかった事になります。
扶桑 (2)
▲今回発表された10m測距儀と思われる写真





チームのフェイスブック ・・・ RV Petrel

朝雲
▲朝雲と思われる駆逐艦の艦橋(チームのフェイスブックより)
状態から朝雲は横転していない様なので、朝潮型の最終時(特に電探や機銃の装備位置)は不明な点が多いことから全体の動画が見たいところです。

朝雲は朝潮型の5番艦で、昭和13(1938)年3月31日、川崎重工業㈱神戸造船所において竣工、大東亜戦争においてはビガン上陸作戦を始め、タラカン攻略、バリクパパン攻略、スラバヤ沖海戦、第二次・第三次ソロモン海戦、ガ島転進、キスカ転進作戦、渾作戦、あ号作戦に参加の後、昭和19(1944)年10月24日、捷一号作戦(比島沖海戦)において第一遊撃部隊第三部隊(西村祥治中将)に部署され、第一遊撃部隊本隊と別行動を採り山城(旗艦・第二戦隊司令官・西村祥治中将坐乗)、扶桑、最上、満潮、山雲、時雨とともスリガオ海峡からレイテ湾を目指します。
朝雲 (3)
▲朝雲

しかし、海峡を塞ぐように布陣した強力な米第7艦隊第77任務部隊(戦艦6、巡洋艦8、駆逐艦26、魚雷艇39)と交戦、満潮、山雲に続行していた朝雲は敵駆逐艦の雷撃により右舷一番砲塔直下に被雷し艦首切断、離脱を図りますが、さらに艦尾に被爆、被雷し炎上、追撃してきた米軽巡の砲撃を受け沈没してしまいます。

第三部隊に部署された第四驅逐隊は朝雲の他同型艦の満潮(司令・高橋龜四郎大佐坐乗)、山雲で編成されていましたが、フェイスブックによると「海峡南端」で見つかった様なので、この駆逐艦は離脱中に捕捉、撃沈された朝雲だと思われます。


一方、扶桑は海峡入口での魚雷艇の攻撃は撃退するも、0308、続く敵駆逐艦(第54駆逐隊第1小隊のメルヴィンと思われる)の雷撃により艦中央部に4本被雷し右舷に傾斜し落伍、補機損傷により全艦停電となり火災が発生、0400過ぎ、弾火薬庫に引火、艦体が前後に断裂し炎上、漂流状態になり、0420頃、艦首部が、0530頃、艦尾部が夫々沈没(艦尾部はルイスビルの砲撃によるとも)、艦長・阪匡身少将以下殆どが散華してしまいます。
扶桑の最期
▲扶桑の最期(生頼範義画伯)
 右は先行する旗艦・山城と扶桑の位置に付く最上

フェイスブックに掲載された写真は3枚で、1枚は前回の山城同様に海底のレーダー写真?、2枚は海底写真です。
海底写真のうち1枚は明らかに推進器、もう1枚は「Range finder」となっており、参考図では艦橋頂部に矢印がふってある事から九四式測距儀の様です。
扶桑2 (1)
▲扶桑と思われるレーダー写真(文字は僕の推定。クリックで拡大)
扶桑は画像を見ると第三砲塔直後付近で断裂している様です。
公開された画像から艦橋は艦尾側に沈下している様で、どの様な経緯で艦橋だけがこの場所にあり、本来艦橋のあった艦首側はどこに行ったのでしょうか?

扶桑 (1)
▲推進器の海底写真

扶桑 (2)
▲測距儀と思われる海底写真
前後の動画が無いので何とも言えませんが、説明が正しいとなると艦橋の左舷上方からの画像で右上の円筒状の物体が主砲射撃所、下に倒れているのが九四式測距儀でしょうか?
測距儀の上には二号一型電探のアンテナが載っていましたが、見えない事から埋まっているのでしょうか?

フェイスブックによるとどうやら満潮、山雲も見つかっている様なので、画像が見たいところです。
第三部隊で沈んだもう1隻、最上は離脱に成功するもコロン湾に向かう途中に沈没している事から探索は時間がかると思われます。
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

初めまして

初めまして、私はある大学で歴史の研究をしている生徒なのです
こちらのサイトの資料や写真の一部の使用許可を頂いてもよろしいでしょうか?勿論論文名にこのサイトから転用した資料であると明記させて頂きますが…主に2009年の記事における大和海軍航空基地 (大和海軍航空隊・近畿海軍航空隊)などです

Re: 初めまして

ルー様

初めまして。
この度は拙ブログにご訪問頂きましてありがとう御座います。

ブログ掲載の写真転用についてですが、私の撮影した写真についてはご自由に転載して頂いて結構です。
ただ、地図や空撮は二次使用(国土地理院空撮、ヤフー地図)をしているため、公式な論文となると問題がある可能性が高いです。

できましたら、どの様な内容の論文に転用されるのか御教示頂けたら嬉しいです。

御返信ありがとうございます

盡忠報國様
御返信ありがとうございます
内容は卒業論文であり戦争遺跡についてを論じたものですね
私的に論文のある程度は完成しているのですが上掲空撮を盡忠報國様が施設名を記したものなどがとても分かりやすくて…ある程度のネットの利用なども認められた卒業論文なのですがよろしいでしょうか…?

Re: 御返信ありがとうございます

ルー様

こんにちは。
卒業論文であればあの空撮地図を転用しても問題ないと思います。
どうぞご自由にお使いください。

ありがとうございます

盡忠報國様
御返信と御許可を頂きありがとうございます、以後は教授と話し合い許可を頂いた後に盡忠報國様のサイトから必ず引用した事を明記させて頂いた上で使用させて頂きますね。本当にありがとうございます
カテゴリ
検索フォーム
正定事件の真実
戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。

リンク
Twitter @yuukyuunotaigi
最新コメント
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる