当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

駆逐艦「若月」・「長波」発見

スリガオ海峡に続きオルモック湾の調査を行っている、米マイクロソフト共同創業者のポール・アレン氏率いる沈没船探査チームが、島風、濱波?に続き長波、若月を発見した様です。
長波(左)と若月(右)
▲長波(左)と若月(右)

※チームのFacebook





長波は夕雲型(甲型)四番艦で昭和17(1942)年6月30日、㈱藤永田造船所で竣工、横須賀鎭守府に編入、キスカ島より白山丸を護衛した後、第三十一駆逐隊(第二水雷戦隊(田中賴三少将)麾下)に編入、11月30日、ルンガ沖夜戦に戦隊旗艦として参加、高波、黒潮、親潮、陽炎、巻波、江風、涼風とともに米巡洋艦1隻撃沈、3隻撃破の戦果を挙げます。
爾後、ガダルカナル島への輸送、昭和18(1943)年6月28日、ケ號作戦(キスカ転進)、昭和19(1944)年10月18日、捷一號作戦(比島沖海戦)に参加します。
藤永田造船所 長波(昭和18年11月15日)(大阪)
▲昭和18(1943)年11月15日、ラバウルにおいて対空戦闘中の長波

昭和19(1944)年11月11日、第三次多号作戦(レイテ島への陸軍部隊輸送)に参加、島風(二水戦旗艦、早川幹夫少将坐乗)、濱波、朝霜、若月(以上警戒部隊)、掃海艇第三十號(護衛部隊)とともに泰山丸、三笠丸、西豐丸、天昭丸(第二船団)を護衛し、オルモック湾に突入しますが、長波は米艦載機延べ347機の空襲を受け沈没してしまいます(朝霜を除き全艦沈没)。


若月は秋月型(乙型)六番艦で昭和18(1943)年5月31日、三菱重工業㈱長崎造船所で竣工、第十一水雷戦隊において錬成の後、8月15日、第六十一駆逐隊に編入、11月2日、ブーゲンビル島沖海戦に参加、爾後、ラバウルへの輸送にあたり、昭和19(1944)年6月14日、あ號作戦(マリアナ沖海戦)、10月20日、捷一號作戦(比島沖海戦)に参加、機動部隊本隊(第二驅逐聯隊)に部署され、瑞鶴、瑞鳳を護衛、沈没した瑞鶴乗員を救助し帰投します。
瑞鶴と若月
▲昭和19(1944)年10月25日、瑞鶴(奥)を直衛し対空戦闘中の若月

昭和19(1944)年11月11日、第三次多号作戦(レイテ島への陸軍部隊輸送)に参加、米艦載機延べ347機の空襲を受け沈没してしまいます。
若月の最期 (2)
▲オルモック湾で対空戦闘中の若月最後の勇姿

若月の最期 (1)
▲若月の最期


今回、「若月」の画像15枚が公開されましたが、空襲により沈没しているため損傷が激しく殆どの画像が何なのか不明です。

長波(左)と若月(右)
長波の画像は全く公開されておらず、今後の動向が気になるところです。
長波(左)と若月(右)

左舷艦首
若月 (1)

左舷艦首の錨
若月 (2)

艦首付近の残骸
若月の最期の様子は3枚ほど残っていたはずですが、損傷の激しさが伺われます。
若月 (3)

艦首一番、二番砲塔?
解説では「この2つの砲塔は艦首、艦体の主要部」となっています。
秋月型最大の特徴である最新鋭の九八式十糎高角砲、所謂「長10㎝高角砲」の砲塔との事ですが、何か違うような???
この写真と秋月型の写真を色々と見比べてみましたが、結局何か分かりませんでした・・・。
若月 (4)

艦首砲塔?
上掲写真の別角度。
若月 (5)

九八式十糎高角砲
上掲の主要部から離れている場所に沈んでいます。
若月 (6)

九八式十糎高角砲砲口
上掲写真の別角度で、口径の小ささが良く分かります。
若月 (7)

残骸の最大部分
全く何か分かりません。
若月 (8)

舷側の鋼板
若月 (9)

ボートダビット
若月 (10)

ボートダビット
若月 (11)

三番砲塔?
主要部から離れて沈んでいる様です。
若月 (12)

九八式十糎高角砲砲身
上掲写真の別角度。
若月 (13)

プロペラシャフト?
若月 (14)

毎度の事ですが断片的な静止画しか無いため、どの部分の画像なのかイマイチ分かりません。
武藏の時の様に動画を公開して頂けたら、もう少し分かり良いのですが・・・。
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Re: No title

コメントありがとうございます!

詳しい方のご意見は勉強になります。
長十糎砲の砲塔にしては小さく歪に感じたので、艦橋の一部?防空指揮所?九四式高射装置?等色々考えたのですが、やはり砲塔ですか。
せめてもう少し引きの画像があれば全体が掴めそうなのですが(^_^;)

磯風も記事にしたのですが、連続投稿すると霞むので明日にでも投稿しようかと(笑)
あの画像ももう少し何とかならなかったのかと思います・・・。

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Re: 今再度ポール・アレンさんのフェイスブック

情報、ありがとうございます!
私も見直して見ましたが「長波と思われる画像」公開されていたんですね。見逃していました。
(頻繁に確認していたので、後から投稿した???)

先に公開された「濱波と思われる画像」に比べると損傷が激しい様で、船体形状は殆ど留めていませんね。
これを考えると空襲で沈没した長波が後の画像(1月28日の画像)、船体放棄後に沈没した濱波がキャプション通り先に公開された画像(1月26日の画像)っぽいですね。
艦名の書かれた短艇か内火艇、救命浮標でも見つかれば早いんですが・・・。

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若月の勇姿

久しぶりにブログを拝見しましたら「若月」の画像と詳しいご説明が!! 「瑞鶴」や「初月」の散華と日を置かず「若月」も激戦の末、散華したのですね。フィリピンは海と言わず陸と言わず本当に激戦地だったのだと今更ながら思います。 また、皇后陛下の御歌を思い出しました。
「海陸のいづへを知らず姿なきあまたの御霊國護るらむ」
ご紹介、有難うございます!!

Re: 若月の勇姿

サクラ様
何時もお世話になっています!

初月の犠牲で離脱に成功した若月でしたが、奇しくも同じ海域で眠ることになってしまいました。
初月の壮絶な最期も折を見て記事にしたいと思います。

急迫する戦局のなかギリギリの判断を迫られた先人を批判するのは不公正と考えているので、そういった事は封印していますが、レイテ決戦は大本營の情報判断の最大の誤りにより大損害を受けてしまったと言わざるを得ませんね。

御楯として南冥に散華した英霊に感謝しかありません。
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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