当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
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なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

海軍艦政本部 大阪倉庫

大正区南恩賀島(おかじま)に海軍省外局で造艦に関する事務を管掌した海軍艦政本部大阪倉庫がありました。
海軍艦政本部 大阪倉庫 ア(左)・イ(右) 西から(大阪)
▲倉庫会社に遺る倉庫

【探索日時】
平成29年6月4日





遺構について
海軍艦政本部 大阪倉庫
海軍艦政本部は海軍省の外局で艦船、兵器の計画、審査、造修保有、海軍工作庁、工場の設備の計画、審査並びに造船科、造機科、造兵科士官の教育及び本務に関する事項等を管掌し、海軍技術研究所、海軍火薬廠を管下に持ちました。

大阪には明治45(1912)年3月14日、海軍艦政本部麾下の大阪造船造兵監督官事務所が開設されますが、大阪倉庫がいつ開設されたのかは『大正区史』にも一切の記載が無く不明です。
現存遺構の雰囲気から大正末期から昭和初期にかけて建設されたと思われます。

また、戦後の経緯も不明ですが他の海軍施設同様、昭和20(1945)年8月28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定により内務省を通じ大蔵省に移管された後、昭和27(1952)年、木津川倉庫㈱に払い下げられた様です。

なお名称については『アジア歴史資料センター』に2種類4冊の資料が存在しますが、それぞれ「大阪倉庫」と「阪神倉庫」と記載されており、どちらが正式名称か不明です。

停戦時、倉庫にはタングステンやモリブデン鉱石、フェロタングステンやフェロシリコン、帯鋼、線材、天然ゴム、工具など原材料を中心に格納されていました。
大正区は尻無川、木津川の河口を中心に㈱藤永田造船所、㈱日立造船所、㈱久保田鉄工所など海軍省管理・監督工場が多数あり、それらに資源、資材を提供、及び製造された資材を受領、収納していた様です。
海軍艦政本部 大阪倉庫 USA-R462-84艦本倉庫(231122)(大阪)
▲昭和23(1948)年11月22日の空撮(国土地理院 USA-R462-84)
  中央上側の倉庫が4棟並んでいる区画が海軍艦政本部 大阪倉庫
  その下の燃料タンクがある区画が大阪海軍軍需部 木津川燃料置場

海軍艦政本部 大阪倉庫 艦政本部 倉庫(大阪)
▲遺構の配置

ア 倉庫
コンクリート製で搬入門、外周から何とか見えます。
海軍艦政本部 大阪倉庫 ア 西から (3)(大阪)
▲西から

海軍艦政本部 大阪倉庫 ア 西から(大阪)
▲同じく西から

海軍艦政本部 大阪倉庫 ア 北から(大阪)
▲北側の塀越しに

海軍艦政本部 大阪倉庫 ア(手前)・イ(奥) 北から(大阪)
▲同じく北側の塀越しに
  ア(手前)とイ(奥)

海軍艦政本部 大阪倉庫 ア 東から(大阪)
▲搬入門から


イ 倉庫
同じくコンクリート製倉庫です。、外周に建物が密集しており殆ど見通せません。
訪問したのが日曜だったため、残念ながら誰もおらず敷地内に入れませんでした。
海軍艦政本部 大阪倉庫 イ 西から(大阪)
▲西から

近年まで北側にも2棟、同規格の倉庫が遺されていた様ですが惜しくも破壊されてしまいました。


ウ 正門
現在は閉鎖されていますが、お陰でモダンな意匠が劣化せずに遺されています。
海軍艦政本部 大阪倉庫 ウ 正門(大阪)

海軍艦政本部 大阪倉庫 ウ 正門 (2)(大阪)
▲門柱近影

海軍艦政本部 大阪倉庫 ウ 正門 (4)(大阪)
▲門柱上部のスクラッチタイル
  スクラッチタイル張り意匠は昭和初期に流行りました

海軍艦政本部 大阪倉庫 ウ 正門 (5)(大阪)
▲門柱の下部にも施されています
  大阪では第四師團司令部庁舎がスクラッチタイル張りで有名です

海軍艦政本部 大阪倉庫 ウ 正門 (6)(大阪)
▲当時の物と思われる門札がそのまま遺ります


エ 搬入門
正門と同様の意匠が施されていますが、使用中のため破損・劣化し補修されています。
海軍艦政本部 大阪倉庫 エ 搬入口 (2)(大阪)
▲残念ながら門柱は白く塗られています

海軍艦政本部 大阪倉庫 エ 搬入口(大阪)
▲門柱近影
  両側ともスクラッチタイルは剥がれセメントで塗られてしまっています


オ コンクリート塀
外周のコンクリート塀がほぼ完存します。
海軍艦政本部 大阪倉庫 塀 北西から(大阪)
▲北西隅

海軍艦政本部 大阪倉庫 塀 北側(大阪)
▲北側


なお艦本 大阪倉庫の南側あった大阪海軍軍需部 木津川燃料置場は、現在は桐井製作所大阪倉庫になっており、遺構は何も遺されていません


海軍艦政本部 略歴
明治元(1868)年閏4月21日、明治政府の艦船に関する事項を所掌する兵船司が設置されます。
明治2(1869)年7月8日、兵船司は廃止され、造兵に関する事項を所掌する武庫司が設置、明治3(1870)年2月2日、造兵司に改称、明治4(1871)年7月28日、造兵司管下に陸軍、海軍両武庫司が設置され、後の艦政本部の基礎が発足します。
明治4年2月、艦船及び造機を所掌する造船局が設置されます。

明治4年7月28日、兵部省に海軍部が設置されます。
明治5(1872)年2月27日、兵部省は廃止され、海軍部は海軍省として独立、造船局は海軍省の外局となり、10月13日、主船寮に改称、工部省より横須賀造船所(後、横須賀海軍工廠)、横濱製作所(後、横濱製造所)、旧浦賀船改番所、石川島製造所、石川島修船所を移管されます。

明治8(1875)年5月8日、造兵司(武庫司)は廃止され兵器局が新設、明治9(1876)年8月31日、主船寮は廃止され主船局が新設、明治17(1884)年12月16日、主船局の外局に機関・燃料・機械を管轄する機關本部、明治18(1885)年9月22日、主船局の諮問機関として海軍兵器會議、海軍造船會議が設置されます。

明治19(1886)年1月29日、兵器局、主船局は廃止され海軍省に艦政局が新設され両局の事務を継承しますが、明治22(1889)年3月7日、艦政局は第二局に改称(第一局:旧軍務局、第三局:旧経理局)、4月20日、海軍兵器會議、同造船會議は廃止され、海軍技術會議に統合改編、10月18日、『造船造兵監督官條例』(民間に委託・発注する艦船建造・兵器製造の監督・検査・経理を管掌)が制定されます。

明治26(1893)年5月19日、第二局は廃止され所掌事務は軍務局に移管、明治30(1897)年4月1日、軍務局内に機關課、造船課、兵器課が新設、第二局の事務を分掌します。

明治33(1900)年5月20日、海軍省の外局として海軍艦政本部が発足、本部長は海軍大臣に隷し本部に副官、及び第一から第四部を設置します。

明治36(1903)年11月10日 各海軍鎭守府管下の造船廠、及び兵器廠を統合し海軍工廠が発足、海軍艦政本部に移管されます。

大正4(1915)年10月1日、海軍艦政本部は廃止され海軍技術本部に改編(生産、研究事務)、政策事務は海軍省に新設された艦政部に移管されます。
海軍技術本部には第一(砲熕)、第二(水雷、航海、航空)、第三(電気)、第四(造船)、第五(造機)各部が設置されます。

大正5(1916)年4月1日、艦政部は艦政局に改編されます。

大正8(1919)年4月1日、海軍火薬廠が設置され、海軍大臣に隷します(技術に関しては海軍技術本部長の区処下に)。
12月1日、第六部が新設され第二部から航空部門が移管されます。

大正9(1920)年10月1日、海軍技術本部と艦政局を統合、再び海軍艦政本部が復活し総務部、第一部から第七部(潜水艦)を設置します。

大正12(1923)年4月1日、海軍艦政本部の管下に造兵廠、艦型試験所を統合し海軍技術研究所が設置、第三部の電気関連は第一部に移管、航空関連は廃止、潜水艦関連を第三部に移管し、第六、第七部を廃止します。

昭和2(1927)年4月5日、海軍航空本部の新設に伴い航空兵器関連の事務を移管、水雷、航海兵器関連を第一部に移管、潜水艦関連を第二部、造船関連を第三部、造機関連を第四部とします。

昭和3(1928)年3月1日、電気関連を第二部、潜水艦関連を第五部とし、昭和8(1933)年4月1日、水雷、航海を第二部、電気を第三部、造船を第四部、造機を第五部、潜水艦を第六部とします。

昭和13(1938)年11月15日、機雷、音響兵器を第六部として新設、潜水艦を第七部とし、昭和18(1943)年5月1日、潜水艦関連を海軍省に移管し第六部に縮小します。

昭和20(1945)年3月1日、急迫する戦局、決號作戰(本土決戦)に備え艦船建造計画を大幅に圧縮、航空機の生産強化のため職員を海軍航空本部に出向させ、また管理下の資材、及び工場を航空機増産に転換するなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。


主要参考文献
『海軍制度沿革 巻二』 (昭和16年 海軍大臣官房)
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Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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