FC2ブログ

当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

美保海軍航空基地 皆生送信所

米子の奥座と称され鳥取随一の温泉地と知られる皆生温泉近くに美保海軍航空基地 皆生送信所がありました。
美保海軍航空基地 皆生送信所 う 水槽、い 基礎、あ 通信所 北東から(鳥取)
▲更地に遺る発電所壕と冷却水槽

【探索日時】
平成25年12月3日





皆生送信所 概要
昭和13(1938)年7月12日、張鼓峰事件(ソ連軍による国境侵犯事件)の発生を受け、海軍航空本部はソ連軍の策動、特に日本海側からの侵攻に備え裏日本に陸上航空基地の設営を決定、昭和14(1939)年10月、舞鶴海軍経理部が航空基地用地を買収し、昭和15(1940)年3月、舞鶴海軍建築部美保事務所の指揮、監督のもと設営を開始します。

昭和17(1942)年6月7日、ミッドウェー海戦の結果を受けた軍令部は従前の軍備計画、及び実行中の第五次軍備充實計畫(マル五計畫)を改定、航空兵力を急速かつ画期的に増勢する事を骨子とし、9月、「改マル五計畫」を策定し随時実行します。
「改⑤計畫」に則り海軍航空本部は設営の進む美保海軍航空基地に練習航空隊の設置を決定、同年、舞鶴海軍経理部は西伯郡福生村(現、米子市皆生)の農地を買収し皆生送信所を開設します。

昭和18(1943)年6月、美保海軍航空基地が竣工、昭和19(1944)年1月15日、第二美保海軍航空隊が開隊し中練教程を開始しますが、急迫する戦局に伴い次第に実施部隊の経由地としての利用が増加、教育に支障をきたして来た為、昭和20(1945)年2月11日、第二美保空は設営の進む大和海軍航空基地(奈良)に移駐します。

4月1日、第八〇一海軍航空隊 美保派遣隊、18日、第七六二海軍航空隊 攻撃四〇六飛行隊(銀河)、5月1日、山陰海軍航空隊(乙空)、12日、第七〇一海軍航空隊 攻撃一〇三飛行隊(彗星)、15日、第七六二海軍航空隊 攻撃五〇一飛行隊(銀河)、飛行第九十八戰隊(飛龍)が進出、天號作戰(沖縄航空戦)に従事後、決號作戰(本土決戦)に向け準備にあたるなか、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定により皆生送信所は内務省を通じ大蔵省に移管されます。

昭和22(1947年)年7月1日、皆生送信所は広島逓信局電波観測所に転用、昭和25(1950)年6月1日、電波監理委員会の設置に伴い中国電波監理局 米子電波監視局に改編、昭和27(1952)年8月1日、郵政省電波監理局に移管、米子電波監視部に改編、昭和47(1972)年4月1日、監視部は本局に統合され米子電波監視係に縮小、昭和51(1976)年3月31日、 米子電波監視係は廃止され、施設は大半が民間に払い下げられ、現在は住宅地になっています。


遺構について
美保海軍航空基地 皆生送信所
皆生送信所は第二美保海軍航空隊が中間練習機による飛行訓練をする際の送信所として設営されますが、「弁当忘れても傘忘れるな」と言われる山陰地方特有の悪天候に対応すべく、近隣にあった米子飛行場を緊急避難所として訓練区域に組み込んだ事から該当場所に設営したと言われます。
先述の様に皆生送信所は全域は住宅地になり遺構は皆無ですが、隣接地に発電機壕が遺されています。

巷間では「通信壕」と言われていますが、遺構を見ると明らかに自力発電所です。
所有者については国有地、私有地の両説があり不明ですが、近所の方がゴルフクラブを持って入って行ったので聞いてみると、「所有者不明ですがみんな入ってる」との事で見学させてもらいました。
美保海軍航空基地 皆生送信所 皆生 通信壕(鳥取)
▲遺構の配置
  赤枠が皆生送信所、青い部分が自力発電所

美保海軍航空基地 皆生送信所 見取図(鳥取)
▲見取図

あ 発電機壕
美保海軍航空基地 皆生送信所 あ 発電所 東から(鳥取)
▲東側道路からの全景

美保海軍航空基地 皆生送信所 あ 発電所 南から(鳥取)
▲南東から近影

美保海軍航空基地 皆生送信所 あ 発電所 b 東から(鳥取)
b入口

美保海軍航空基地 皆生送信所 あ 発電所 F→e(右)・c(鳥取)
b入口からc入口
  c入口は民家に近接しているため通り抜けられません

美保海軍航空基地 皆生送信所 あ 発電所 f→a(鳥取)
f 通路からe通路・d部屋

美保海軍航空基地 皆生送信所 あ 発電所 a→d(鳥取)
a開口部からd部屋

美保海軍航空基地 皆生送信所 あ 発電所 d天井の開口部(鳥取)
d部屋天井の換気口と木材

美保海軍航空基地 皆生送信所 あ 発電所 d天井の配線金具(鳥取)
d部屋天井の配線吊り

美保海軍航空基地 皆生送信所 あ 発電所 g(鳥取)
d部屋床面の発電機基礎
  埋まっており不鮮明です

美保海軍航空基地 皆生送信所 あ 発電所、い 基礎 北東から (鳥取)
▲北から近影
  水槽“い”が近接してありますが、用途不明です

美保海軍航空基地 皆生送信所 い 基礎 東から(鳥取)
水槽“い”近影


う 冷却水槽
“あ”発電機壕の北側にあります。
ディーゼル発電機の冷却水槽です。
美保海軍航空基地 皆生送信所 う 水槽、い 基礎、あ 通信所 北東から(鳥取)
▲“う”冷却水槽(手前)と“あ”発電機壕(奥)

美保海軍航空基地 皆生送信所 う 水槽 内部(鳥取)
▲内部
  放置されており雑草だらけです
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
検索フォーム
正定事件の真実
戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。

リンク
Twitter @yuukyuunotaigi
最新コメント
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる