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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

津海軍工廠 浄水場

三重県津市高茶屋に所在する津市役所高茶屋浄水場は、津海軍工廠 浄水場を引き継いだ施設です。
津海軍工廠 浄水場 B 沈殿槽建屋 西から パノラマ(三重)
▲津市高茶屋浄水場に遺されていた津海軍工廠 浄水場の沈殿槽上屋

【探索日時】
平成25年10月8日





津海軍工廠 概要
航空機生産に関し海軍航空本部は「第三次海軍軍備補充計畫」(通称「マル三計畫」)までは、各民間製造会社に対し前年に次年度の生産数を内示する事で処理して来ました。

昭和13(1938)年10月、「マル三計畫」の完成とともに先行着手された航空戦備の大幅増強(生産数の2倍強強化)を盛り込んだ「第四次海軍軍備充實計畫」(「マル四計畫」)では内示程度では到底処理できない目標数になった事から、昭和13(1938)年11月15日、各社に対し第一次製造能力拡張(当初、昭和15年3月完了予定でしたが、後に昭和16年3月完了予定に変更)を示達します。

昭和16(1941)年4月、各社の工場拡張・増設(官設民営工場の建設)を含む第二次製造能力拡張(昭和18年3月末、完了予定)を示達しますが、材料会社の能力拡張が遅延している状況に鑑み、海軍自体の工作庁として仮称C廠(後の高座海軍工廠:機体)、同F廠(津海軍工廠:発動機)、同A廠(計画のみ:機銃・爆弾・火工兵器)の新設(昭和18年末稼働予定)を計画します。

昭和17(1942)年初旬、海軍航空本部は陸軍航空本部や逓信省が飛行場敵地として着目していた、高燥で水源が豊富、鉄道の便が良い三重県一志郡高茶屋村の桑畑が広がる台地上に仮称F廠用地を選定、横須賀海軍経理部は同地816,000坪を買収、横須賀海軍施設部の指揮・監督のもと設営工事を開始します。
しかし、建設資材、工作機械が不足し工事は遅延、昭和19(1944)年4月1日、未完成ながら津海軍工廠(河野英雄機関大佐)が開庁します(横須賀鎭守府所管、業務に関しては海軍航空本部長の区処下)。
津海軍工廠は発動機年産3,800台、プロペラ3,800本を予定しましたが、工廠自体が未完成のまま製品製造に入る前に、昭和20(1945)年8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。

28日、『戰争終結ニ伴フ國有財産處理ニ關スル件』の閣議決定により内務省を通じ大蔵省に移管され、工廠用地は随時津市、民間に払い下げられ公共施設、企業、学校、住宅に転用され現在に至ります。


遺構について
津海軍工廠 浄水場
大東亜戦争停戦後、大蔵省に移管され、昭和23(1948)年10月、津市に譲渡され高茶屋浄水場として再利用されます。
近年まで下記の遺構が遺されていましたが、現在は全て破壊され何も遺されていません。
津海軍工廠 浄水場 配置図(三重)
▲遺構配置

A 喞筒室
木造平屋建てのポンプ室で多少改築されている様ですが、ほとんど当時のまま遺されていました。
津海軍工廠 浄水場 A 喞筒室 北東から(三重)
▲全景 北東から

津海軍工廠 浄水場 A 喞筒室 南東から パノラマ(三重)
▲全景 南東から
  屋根が抜けていました

津海軍工廠 浄水場 A 喞筒室 北西から(三重)
▲全景 北西から
 この面の窓は閉鎖されています

津海軍工廠 浄水場 A 喞筒室 北東側(三重)
▲内部
  ポンプがありますが、刻字を見ると戦後の物でした

津海軍工廠 浄水場 A 喞筒室 天井の小屋組(三重)
▲天井の洋小屋組


B 沈殿槽
巨大な沈殿槽で、かなり破損しているものの上屋がほぼ遺っている貴重な遺構でした。
津海軍工廠 浄水場 B 沈殿槽建屋 西から パノラマ(三重)
▲上屋全景 西から
かなり破損していましたが、取り壊しが決まっていたため放置されていました

津海軍工廠 浄水場 B 沈殿槽建屋 南東からパノラマ(三重)
▲上屋全景 東から
  こちらもボロボロです

津海軍工廠 浄水場 B 沈殿槽建屋 北から パノラマ(三重)
▲側面上から

津海軍工廠 浄水場 B 沈殿槽 西から(三重)
▲沈殿槽内部
  使用されておらず雑草が繁っています

津海軍工廠 浄水場 B 沈殿槽建屋 小屋組 西から(三重)
▲沈殿槽上屋の重厚な洋小屋組


C 加圧槽
送水の際に圧力を加える装置で、金属製のタンクが2個並んでいました。
探索直後にHDDが破損、加圧槽の写真は救出できず全損してしまいました・・・。


なお、津海軍工廠の遺構は皆無ですが、官舎、工員住宅が一部遺されています。


主要参考文献
『日本海軍航空史 (3)制度・技術篇』 (昭和45年4月 土子猛 時事通信社)

『空の彼方 海軍基地航空部隊要覧 (八)』 (平成24年7月 渡辺博史 楽學庵)

『津市史 第四巻』 (昭和44年3月 梅原三千、西田重嗣 津市役所)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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