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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

伏見東陸軍練兵場

京都市伏見区に所在した工兵第十六聯隊兵営東側に隣接して伏見東陸軍練兵場がありました。
工兵第十六聯隊 と陸軍省所(轄地) 西から(京都伏見)
▲外周に遺る境界石標

【探索日時】
平成23年2月16日





伏見東陸軍練兵場 概略
寛永2(1625)年7月、当代きっての文化人だった伏見奉行・小堀政一は堀内村清水谷から奉行所を風致の優れた伏見の富田信高邸跡に移転、北側に奉行所・奉行屋敷、南側、西側に与力・同心屋敷を配置、寛永9(1932)年、館舎が竣工します。

慶応4(1868)年1月3日、鳥羽伏見の戦いにおいて旧伏見奉行所に旧幕府軍が籠城、御香宮神社に布陣した新政府軍と交戦し豪奢を極めた奉行所は焼失してしまいます。

明治元(1868)年2月20日、御所警護のため御親兵が創設され、奉行所跡は御親兵屯所になります。
明治4(1871)年7月14日、廃藩置県が実施され、8月2日、全国一律の兵制が可能となったことから東京、仙台、熊本と並び大阪鎭臺が創設され、京都府紀伊郡伏見町(現、京都市伏見区)の奉行所跡は大阪鎭臺管理下に置かれ、奉行所跡に兵営が建設、与力・同心屋敷跡は練兵場に造成されます。
※伏見東陸軍練兵場は奉行所の敷地では無い事から、工兵営への転用時に買収された様ですが、詳細は不明です。

明治9(1876)年4月1日、歩兵第九聯隊第三大隊が衛戍、明治19(1886)年5月20日、大阪から工兵第二大隊(明治21年5月14日、工兵第四大隊に改編)が大隊跡に転営、明治42(1909)年3月22日、工兵第四大隊は高槻に転営、31日、工兵第十六大隊が大阪から転営して来ます。

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争停戦に伴い、28日、工兵営、練兵場は内務省を通じ大蔵省に移管されますが、10月5日、米第3153通信隊により接収されます。
詳細は不明ですが伏見東陸軍練兵場は早期に返還された様で、全域が農耕地として開拓(11月9日、『緊急開拓事業実施要領』による?)されたのち、昭和40年台には西側が日本住宅公団の団地、東側は国家公務員住宅となり現在に至ります。


遺構について
工兵第十六聯隊 現在(京都伏見)
▲工兵第十六聯隊周辺の陸軍施設、遺構配置
① 工兵第十六聯隊
② 伏見南陸軍練兵場
③ 伏見工兵作業場
④ 伏見東陸軍練兵場
⑤ 架橋材料庫
⑥ 鉄舟庫
⑦ 架橋漕舟演習場(渡河訓練場)
※緑文字が当記事の紹介施設

④ 伏見東陸軍練兵場
当練兵場では築城教練、基礎作業教練、200㎏以下の土工爆破訓練が行われていました。
現在、全域が団地になっていますが、外周に境界石標が多数遺ります。

さ 陸軍省(所轄地)
伏見検察庁と民家の間に遺ります。
下部は埋まっていますが、状況から「所轄地」と思われます。
工兵第十六聯隊 さ陸軍省(所轄地) 西から (2)(京都伏見)

し 陸軍用地
民家の裏に遺り、団地の駐車場から見えます。
工兵第十六聯隊 し陸軍用(地) 北から(京都伏見)

す 境界石標
民家と団地の境界に遺りますが、欠損している様です。
南向きのため刻字が確認できません。
工兵第十六聯隊 す陸軍省所轄地? 北から(京都伏見)

せ 陸軍省所轄地
団地外周の斜面に遺ります。
工兵第十六聯隊 せ陸軍省所轄地 南東から (3)(京都伏見)

そ 境界石標
団地外周のフェンスの外に遺りますが、フェンスが高く、また急斜面のため見に行けませんでした。
工兵第十六聯隊 そ陸軍省所轄地? 北から(京都伏見)

た 境界石標 
同上。
工兵第十六聯隊 た陸軍省所轄地 北から(京都伏見)

ち 陸軍省所轄地
団地外周のフェンスの外に遺ります。
工兵第十六聯隊 ち陸軍省(所轄地) 南から(京都伏見)

つ 陸軍省所轄地
同上。
工兵第十六聯隊 つ陸軍省所轄地 南から(京都伏見)

て 陸軍省所轄地
大光明寺陵の参道脇に遺ります。
工兵第十六聯隊 て陸軍省(所轄地) 西から(京都伏見)

と 陸軍省所轄地
同上。
工兵第十六聯隊 と陸軍省所(轄地) 西から(京都伏見)

な 陸軍省所轄地
団地と民家の境に遺ります。
工兵第十六聯隊 な陸軍省所(轄地) 南東から(京都伏見)

に 境界石標
団地と民家の境に遺りますがフェンスの支柱として転用されており、確認できません。
工兵第十六聯隊 に陸軍省所轄地? 南から(京都伏見)

ぬ 境界石標
団地と民家の境に遺りますが、塀に埋まっています。
工兵第十六聯隊 ぬ陸軍(省所轄地) 南東から(京都伏見)

ね 陸軍省所轄地
民家と睦美幼稚園の境に遺ります。
工兵第十六聯隊 ね陸軍省所轄(地) 北から(京都伏見)

の 陸軍省所(轄地)
睦美幼稚園の花壇に遺ります。
幼稚園に確認したところ、元々この位置にありましたが花壇建設時に埋まってしまうため一度抜いて元の位置より上げて建てなおしたそうです。
工兵第十六聯隊 の陸軍省所(轄地) 北から(京都伏見)

は 陸軍省所轄(地)
同上。
工兵第十六聯隊 は陸軍省所(轄地) 北から(京都伏見)

工兵第十六聯隊の演習場は今回紹介した兵営周辺の伏見南陸軍練兵場、伏見工兵作業場、伏見東陸軍練兵場、架橋漕舟演習場のほか、醍醐山南西麓(現、宇治CC周辺)に木幡工兵作業場、宇治川上流、塔の島付近に急流渡河訓練場がありました。


主要参考文献
『全員玉砕によって幕を閉じた工兵第十六大[連]隊史』(平成元年9月 伏見工兵会)
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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