FC2ブログ

当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

呉軍港水道 本庄水源

広島県呉市に所在する呉市上下水道局 本庄水源地は呉軍港水道 本庄水源を引き継いだ施設です。
呉軍港水道 本庄水源 ア 堰堤 西から(広島呉)
▲呉軍港水道 本庄水源の堰堤

【探索日時】
平成29年4月4日、平成30年11月11日





呉軍港水道 本庄水源 概要
明治19(1886)年5月4日、第二海軍區鎭守府を安芸国安芸郡呉港(現、広島県呉市)への設置が決定、10月30日、鎭守府建設が開始、明治21(1888)年12月、水の安定供給のため、呉軍港水道を着工します。
明治22(1889)年7月1日、呉鎭守府が開庁、9月、呉軍港水道が竣工、明治23(1890)年4月21日、呉鎭守府の開庁式が挙行され、水道の給水を開始します。
呉軍港水道は呉鎭守府監督部(明治30年10月8日、呉海軍経理部、大正9年10月1日、呉海軍建築部、昭和18年8月18日、呉海軍施設部)が管理しました。
爾後、呉鎭守府は大東亜戦争停戦まで軍港水道の拡張と整備を実施します。

明治39(1906)年、従前の二河水源では供給不足となったため、呉海軍経理部建築科は新たな水源開設のため測量と計画を開始します。
明治42(1909)年12月、呉海軍経理部建築科の西尾虎太郎技師は
①二河川下流(工事費大)、
②賀茂郡郷原村(将来の拡大不可)、
③荘山田村二河川側丘腹(貯水量不足)、
④①の修正(再考)
の4案を作成(“( )”内の理由で不採用)します。
明治43(1910)年6月6日、海軍省臨時海軍建築部工務員・吉村長策技師が実施調査、11月30日、西尾技師は第五案として
⑤本庄村・焼山村を立案、12月、吉村技師は第五案を採用します。

明治44(1911)年6月、「呉軍港水道第三期拡張工事」を着工、大正元(1912)年9月、二河川に新水源を起工、大正2(1913)年2月8日、棟上式、大正7(1918)年2月、周囲1里9丁、満水面積85,000坪の東洋一と言われる本庄水源が竣工、4月28日、竣工式を挙行し、二河水源を経由し海軍構内浄水場に送水、鎭守府施設に配水されます。
本庄水源築造に使用した材料はセメント22,800t、石材4,150,000切、粘土2,900坪、鉄管2,800t、使役職工のべ1,727,800人(死者15、負傷259名)でした。

大正7(1918)年4月1日、本庄水源より余剰分を呉市に配水します。

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争停戦に伴い8月28日、呉鎭守府の全施設は内務省を通じ大蔵省に移管されますが、31日、連合軍は全海軍用地の接収を示達して来ます。

9月26日、米軍が呉鎭守府に進駐し、10月2日、呉市に用水の供給を下命、6日、呉市水道の供給を開始するも、11月、さらに大量の用水の安定供給を要求して来たため、昭和21(1946)年1月15日、本庄、戸坂、石内、三坂池水源、海軍構内浄水場が呉市に貸与され、戦災、枕崎台風による損傷を復旧し連合軍への給水を開始します。

昭和25(1950)年6月28日、『旧軍港市転換法』が成立、昭和28(1953)年2月20日、呉市へ無償譲渡され、平成11(1999)年5月13日、国指定重要文化財「本庄水源地堰堤水道施設」に指定され現在に至ります。

※呉鎭守府については前記事『呉鎭守府』を参考の事

呉軍港水道 本庄水源 本庄水源(広島呉)
▲遺構の位置

遺構について
本庄水源の中心部(ア~コ)は通常非公開ですが毎年4月上旬、桜の開花に合わせ一般開放、また、10月下旬、「近代遺産ウィーク」期間も特別公開されます。
後者の方が各遺構に近付けます。
呉軍港水道 本庄水源 水源地 北西から(広島呉)
▲水源池全景

ア 堰堤
頂部幅3.64、幅97m(堤頂部)、高さ25mの重力式コンクリートダムで、表面に花崗岩で化粧されています。
呉軍港水道 本庄水源 ア 堰堤 西から(広島呉)
▲全景
  黒ずみは汚れとも明細の名残とも言われます

呉軍港水道 本庄水源 ア 堰堤 南西から(広島呉)
▲普段見れない角度から

呉軍港水道 本庄水源 ア 堰堤 北西から(広島呉)
▲堤頂部から

呉軍港水道 本庄水源 ア 堰堤 北から (2)(広島呉)
▲堤頂部

呉軍港水道 本庄水源 ア 堰堤上の潜孔(広島呉)
▲堤頂部にあるマンホール

呉軍港水道 本庄水源 ア 堰堤 北から (3)(広島呉)
▲堰堤天端両側にある親柱(一段低い柱)と控柱(手前の2基)


イ 取水塔
堰堤頂部の中央にあります。
呉軍港水道 本庄水源 ア 堰堤 北から(広島呉)
▲堰堤端から

呉軍港水道 本庄水源 イ 取水塔 南から(広島呉)
▲近影

内部には弁を開く把手が3基あります。
呉軍港水道 本庄水源 イ内にある把手(広島呉)

呉軍港水道 本庄水源 イ内にある把手 (2)(広島呉)
▲把手の「KNWW」は「Kure Naval Water Works」の略

取水塔の外周には非常用の弁開閉器があります。
呉軍港水道 本庄水源 イ外周にある栓を引き揚げる滑車(広島呉)


ウ 樋門
呉軍港水道 本庄水源 ウ 樋門 西から(広島呉)
▲正面から

呉軍港水道 本庄水源 ウ 樋門内の水道管(広島呉)
▲内部には当時の水道管3本があります

呉軍港水道 本庄水源 ウ 樋門の扁額 (2)(広島呉)
▲中央にある「本庄貯水池」の扁額
  揮毫は時の呉鎭守府司令長官・伊地知季珍海軍中将

呉軍港水道 本庄水源 ウ 樋門の扁額 (3)(広島呉)
▲右側にある「着手大正三年十月」の扁額

呉軍港水道 本庄水源 ウ 樋門の扁額(広島呉)
▲左側にある「竣工大正五年八月」の扁額

呉軍港水道 本庄水源 ウ 樋門南側のコンクリート構造物(広島呉)
▲樋門奥にあるコンクリート製の筒(詳細不明)


エ 丸井戸
石造で直径9.9mあります。
二河川から直接取水された水用の沈砂施設で、第一量水井へ送水されます。
呉軍港水道 本庄水源 エ 丸井戸 南から(広島呉)

呉軍港水道 本庄水源 エ 丸井戸 内部(広島呉)
▲内部

ス 丸井戸取水口
コンクリート製の箱型で二河川にあります。
呉軍港水道 本庄水源 ス 丸井戸取水口(広島呉)

セ 丸井戸取水池
取水口の内側にあり、一旦取水池に入り、丸井戸に流されます。
呉軍港水道 本庄水源 セ 丸井戸貯水槽(広島呉)


オ ニ河川落差工
洪水調節、貯水位の維持などを目的とした「カスケード洪水吐」と呼ばれる設備です。
呉軍港水道 本庄水源 オ ニ河川落差工 南から(広島呉)


カ 第一量水井
コンクリート造で5.5×14.8m、大正5(1916)年に竣工しました。
堰堤取水塔からと減圧井から集水され、ここから取水場に送水されます。
呉軍港水道 本庄水源 カ 第一量水井 上から(広島呉)

呉軍港水道 本庄水源 カ 第一量水井 西から(広島呉)
▲第一量水井前の設備

呉軍港水道 本庄水源 カ 第一量水井北側の石造蓋(広島呉)
▲第一量水井前の石造蓋


キ 階段
石造で幅3.6×長36.5mあります。
呉軍港水道 本庄水源 キ 階段 下から(広島呉)


ク 説明
平成(2000)年3月、呉市水道企業管理者により建碑された本庄水源の説明碑です。
呉軍港水道 本庄水源 ク 説明(広島呉)


ケ 基礎
コンクリート基礎で用途不明です。
呉軍港水道 本庄水源 ケ 基礎(広島呉)


コ 基礎
コンクリート基礎で用途不明です。
呉軍港水道 本庄水源 コ 基礎 南東から(広島呉)


サ 門柱
当時の物か不明です。
呉軍港水道 本庄水源 サ 門柱(広島呉)


シ 溢流堤(洪水吐)
レイクパーク本庄北側にあり、いつでも見学可能です。
コンクリート造で上部は花崗岩で化粧されています。
増水の際、ここから二河川へ放流されます。
呉軍港水道 本庄水源 シ 洪水吐 西から(広島呉)
▲二河川側から

呉軍港水道 本庄水源 シ 溢流堤(洪水吐) 北東から(広島呉)
▲水源側から


シ 溢流堤(洪水吐)南側の階段
当時の物か不明です。
呉軍港水道 本庄水源 シ 洪水吐南側の階段(広島呉)


ソ 水神
水が枯れない事を祈念し海軍が建立しました。
呉軍港水道 本庄水源 ソ 水神(海軍が水が枯渇しないことを祈念し建立)(広島呉)
▲水源に浮かぶ水神様


タ 取水口
堰堤同様の花崗岩製で水源池北側にあります。
呉軍港水道 本庄水源 タ 取水口(広島呉)


チ 水門
上記タ取水口よりの水量を調整する水門です。
呉軍港水道 本庄水源 チ 水門(広島呉)


ツ 押込郷記念碑
本庄水源築造により水没した押込郷32戸を記念し大正3(1914)年12月に建立されました。
呉軍港水道 本庄水源 ツ 押込郷記念碑(広島呉)


本庄水源西側を流れる二河川も水源築造に伴い海軍が付け替えました。
呉軍港水道 本庄水源 海軍が付け替えた二河川(広島呉)

※ダムは全くの門外漢なので、ネットの情報をそのまま掲載しています。


主要参考文献
『呉の歴史』 (平成14年10月 呉市史編纂委員会 呉市役所)

『呉市史 第8巻』 (平成5年  呉市史編纂委員会 呉市役所)

『近代土木遺産「本庄水源地」の設置経緯に関する研究』 (平成15年9月 土木学会第58回年次学術講演会)

『日本水道史』 (昭和42年 日本水道史編纂委員会 日本水道協会) 呉鎮守府 艦隊これくしょん 艦これ この世界の片隅に

-個人サイト-
ダムごはん☆2 「527 本庄ダムG 」

ダムの訪問記 「本庄ダム」
関連記事



最後までお読み頂き、ありがとうございますm(_ _)m
↓↓↓
宜しかったらクリックお願いします


人気ブログランキングへ

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリ
検索フォーム
正定事件の真実
戦史検定を受けよう!
当ブログは
「戦史検定」を応援します
戦史検定
カウンター
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ
御英霊の鎮まる処
殉国の御英霊に
感謝の誠を捧げましょう
靖國神社
兵庫縣神戸護國神社
大阪護国神社
プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

拙ブログを参照した際はリンクを張って頂けたら嬉しいです
(^o^)
--------------
※掲載写真・資料の
無断転載は禁止します。

リンク
最新コメント
埼玉西武ライオンズ
埼玉西武ライオンズ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる