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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

呉海軍工廠 冠崎作業場 ・ 冠崎地下工場

広島県呉市阿賀南、阿賀沖で遭難した平廣盛の冠が流れついた事から冠崎(かぶらざき)と呼ばれる岬に呉海軍工廠 冠崎作業場がありました。
呉海軍工廠 冠崎作業場 ク 地下工場壕口跡(広島呉)
▲海岸に遺る冠崎作業場の地下工場跡

【探索日時】
平成29年4月5日、令和1年7月27日

【改訂情報】
平成31年1月25日・・・地図差し替え、遺構情報改訂
令和1年8月4日・・・遺構(壕口)追加





遺構について
① 呉海軍工廠 冠崎作業場
昭和19(1944)年10月5日、海軍次官・井上成美中将より各鎭守府・警備府司令長官に生産施設の疎開、防護、偽装を促進する『工作廳・作業廳ノ防護強化方針』が示達された事により設営されたと思われます。

冠崎作業場についてはアジア歴史資料センター、防衛研究所の公開史料、各種自治体史に停戦時の図面、戦後の転用先があるだけで殆ど記載が無く、製造品目など不明です。
『呉市史 第8巻』に「冠崎水雷工場」とあり魚雷を製造、また配置図にある施設名称、調整場、甲・乙液、燃焼試験場から停戦時には回天二型の製造を行っていた様です。

昭和19(1944)年11月18日、B29爆撃機1機が呉地区に侵入、被害は無かったものの、呉鎭守府司令長官・金澤正夫中将は敵の本格的な空襲を予見し防空態勢を強化すべく、呉海軍工廠長、呉海軍軍需部長に対し急を要しない高角砲、機銃を呉海軍警備隊長への貸与を下令、昭和20(1945)年2月、冠崎に巡洋艦「最上」改装の際に卸され在庫となっていた試製十五糎五 三聯装が砲塔ごと据え付けられます。

8月16日、大東亜戦争停戦に伴い、28日、呉海軍工廠 冠崎作業場は内務省を通じ大蔵省に移管されます。

昭和25(1950)年6月28日、『旧軍港市転換法』が成立、昭和34(1959)年5月14日、2,942坪が建物ごと呉貿易倉庫㈱、515坪が同じく呉市交通局へ払い下げが決定、その後(時期不明)全域が住宅地、耕作地として民間に払い下げられた様です。

呉海軍工廠については前記事『呉海軍工廠 (總務部・會計部・醫務部)』を参考の事
呉海軍工廠 冠崎作業場冠崎(広島呉)
▲遺構の配置

ア 正門
コンクリート製の門柱が片方だけ遺ります。
呉海軍工廠 冠崎作業場 ア 正門 北から(広島呉)
▲写真左端のマンホール付近にもう片方の門柱跡が遺ります

呉海軍工廠 冠崎作業場 ア 正門門柱 西側(広島呉)
▲門柱裏側に遺る門扉の吊り金具跡

呉海軍工廠 冠崎作業場 ア 正門門柱 東側跡(広島呉)
▲撤去された門柱跡

呉海軍工廠 冠崎作業場 ア 正門前のコンクリート橋(関係無い)?(広島呉)
▲当時の物と思われる正門前のコンクリート橋


イ 貯水槽
農家の私有地内に遺ります。
使用されておらず、雑草で埋もれています。
所有者の方は冠崎作業場について非常にお詳しく、下記の遺構も含め色々と御教示頂きました。
呉海軍工廠 冠崎作業場 イ 貯水槽 北西から(広島呉)
▲雑草をめくって撮影

呉海軍工廠 冠崎作業場 イ 貯水槽 北東から(広島呉)
▲冬場でもこの状態です

配置図によると貯水槽はもう1基ありましたが、近隣の方に伺ったところ住宅地造成の際に破壊され、内部に腕ほどもあるウナギが住んでいたそうです(^_^;)

貯水槽に向かう途中の斜面にコンクリート塊が露出していますが、詳細は不明、所有者の方も「よく分からん」との事でした。
呉海軍工廠 冠崎作業場 イ東側斜面のコンクリート残骸(広島呉)


ウ 乙液格納所
住宅街を抜けた海岸に遺ります。
壕口は石積みで補強されていますが、残念ながらコンクリートで閉鎖されています。
「乙液」と言えば局地戦闘機「秋水」が有名ですが、回天二型の動力も秋水と同様でした。
呉海軍工廠 冠崎作業場 ウ 乙液格納所(広島呉)

因みに甲液格納庫は冠崎公園付近にありましたが、擁壁で閉鎖されている様です。


エ 危険物格納所
波浪で削られ窪み程度になっています。
呉海軍工廠 冠崎作業場 エ 危険物格納所(広島呉)


② 地下工場
冠崎作業場の南側と西側の斜面に2箇所の地下工場が設営されていました。
残念ながら2箇所とも壕口は閉鎖、もしくは崩落しており近隣の方によると壕は停戦後、早い段階で崩落、壕口は50年ほど前には閉鎖されてしまったそうです。
オ 地下工場壕口跡
呉海軍工廠 冠崎作業場 オ 地下工場壕口跡(広島呉)
▲コンクリートで閉鎖されています


カ 地下工場壕口跡
上掲オと同様の造りです。
呉海軍工廠 冠崎作業場 カ 地下工場壕口跡(広島呉)


キ 地下工場壕口跡
北側の壕口は3箇所あるのですが・・・これ?
呉海軍工廠 冠崎作業場 キ 地下工場壕口跡?(広島呉)


ク 地下工場壕口跡
この壕本体は崩落しており、上の畑に巨大な溝ができたそうです。
この辺りに海岸に降りる小道があります。
絶壁の上にあり、壕口を見るのはかなり大変です。
呉海軍工廠 冠崎作業場 ク 地下工場壕口跡(広島呉)
▲海岸から見た壕口
  ここを登ります

呉海軍工廠 冠崎作業場 ク 地下工場壕口跡 (2)(広島呉)
▲内部
  コンクリート巻立がありますが10m程で崩落しています


ケ 地下工場壕口跡
こちらも絶壁の上にあり、しかも雑草に覆われており見つけにくいです。
呉海軍工廠 冠崎作業場 ケ 地下工場壕口跡 (3)(広島呉)
▲海岸から見るとこんな感じ

呉海軍工廠 冠崎作業場 ケ 地下工場壕口跡(広島呉)
▲壕口は石で塞がれています

呉海軍工廠 冠崎作業場 ケ 地下工場壕口跡 (2)(広島呉)
▲内部
  こちらも10m程で崩落しています

時間の関係で山道を降りて北上、そのまま斜面を登って離脱してしまったため壕口は2箇所しか発見できませんでしたが、山道付近をローラーすれば残り2箇所の壕口も遺されている可能性があります。


シ 地下工場壕口跡
鉄工所の裏にあります。
残念ながらコンクリートで閉鎖されています。
呉海軍工廠 冠崎作業場シ 壕口(広島呉)
▲建物の隙間から僅かに見えます

呉海軍工廠 冠崎作業場シ 壕口 (2)(広島呉)
▲建物が密接しており殆ど見通せません


ス 地下工場壕口跡
物置の中、斜面にあったそうですが、完全に擁壁化されており痕跡すらありません。
呉海軍工廠 冠崎作業場ス 壕口があった場所(完全閉鎖)(広島呉)


セ 地下工場壕口跡
民家の敷地内にあり、許可を得て見学させて頂きました。
停戦後、早い段階で壕本体がV字に崩落、コンクリート巻立部分も天井が割れ出し、昭和中頃には閉鎖されたそうです。
呉海軍工廠 冠崎作業場セ 壕口 (2)(広島呉)
▲北側の地下工場の遺構で最も状態が良い壕口

呉海軍工廠 冠崎作業場セ 壕口(広島呉)
▲内部はすぐに閉鎖されています


ソ 地下工場壕口跡
セ壕口の住民曰く、この辺り(水が染み出している辺り)にあったそうです。
呉海軍工廠 冠崎作業場ソ 壕口があった場所(水が出てる)(広島呉)

※シ・セ壕口は地元の探索者・晴天明朗様に御教示頂きました。



コ 地下壕口跡?
当初は所有者(先述の貯水槽所有者)の取材からこの辺りを西側の地下工場と推定しましたが、晴天明朗様の調査により前述のシ・セが北側の地下工場壕口である事から別物と判断しました。
ここの壕は所有者によるとかなり早い段階で崩落してしまった様です。
呉海軍工廠 冠崎作業場 コ 地下工場壕口跡(広島呉)
▲分かり難いですが掘り込みの様になっています


サ 地下壕口跡?
農具小屋の裏にあり、掘り込みの様になっています。
呉海軍工廠 冠崎作業場 サ 地下工場壕口跡(広島呉)


冠崎作業場の岬の先端に「最上」の15.5cm3連装砲が砲塔ごと据え付けられていました。
残念ながらIHIの保養施設が建てられ遺構は皆無の様です。
呉海軍工廠 冠崎作業場 冠崎砲台(広島呉)
▲戦後の空撮

呉海軍工廠 冠崎作業場 砲台 現在(広島呉)
▲グーグルマップの3Dより

呉海軍工廠 冠崎作業場 砲台説明(広島呉)
▲バス停にある砲台の解説
  銘板では「大和」の砲塔(副砲)となっていますが、「最上」のものです


主要参考文献
『呉市史 第8巻』 (平成5年  呉市史編纂委員会 呉市役所)

『太平洋戦史シリーズ38 最上型重巡』 (平成14年8月 学習研究社)

『国土地理院空撮』

アジ歴各種史料 呉鎮守府 艦隊これくしょん 艦これ この世界の片隅に
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盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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