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当ブログは主に「帝國陸海軍関連の軍跡(遺構・戦跡・石碑など)」・「英霊顕彰施設」を紹介していますが、
それ以外の記事も混在しているので、左欄「カテゴリー」からお進みください。●●文字数調整●太平洋戦争●
なお、紹介する軍跡は資料不足から漏れ・誤認等もあると思いますのでお気付きの点があれば、ご教示頂ければ幸いです。

海軍兵學校 小用北官舎

広島県江田島市の海の玄関、小用港の北西に海軍兵學校 小用北官舎がありました。
海軍兵学校 小用北官舎 ト 丙六十五(左)・六十四 南西から(広島江田島)
▲一般住宅に転用された海軍兵學校 小用北官舎 丙六十四・六十五號官舎

【探索日時】
平成29年4月2日





遺構について
⑫ 海軍兵學校 小用北官舎
明治21(1888)年8月1日、海軍兵學校が東京築地から江田島に移転、校内に職員用の官舎が建設されます。
海軍兵學校用地は江戸期に干拓された新田で低地のため、小用港北方(のちの小用北官舎一帯)の農耕地造成による排土を用いて地上げします。

爾後、生徒数、職員の増加に伴い校内官舎を増設、昭和15(1940)年11月、呉海軍経理部は海軍兵學校の拡張用地として矢ノ浦地区の農地を買収、昭和17(1942)年7月1日、鷲部官舎の建設を開始します。
小用北官舎については何時頃建設されたのか不明ですが、鷲部と同型の造作から同時期に農地を買収し建設されたと思われます。

昭和20(1945)年7月24日、28日、米艦上機が呉市街、呉港内に来襲、小用沖に停泊中の戦艦「榛名」が攻撃された際に機銃掃射、爆弾片などにより多少損傷し、8月15日、『大東亞戰爭終結ノ詔書』を拝し、16日、停戦を迎えました。
海軍兵学校 小用北官舎 小用北官舎2(広島江田島)
▲7月28日、空襲に晒される戦艦「榛名」と小用北官舎(左上の3列並ぶ住宅)

停戦時、小用北官舎には戸建て(木造平屋一部2階)の乙號官舎3、2戸連棟(木造2階)の丙號官舎24、戸建ての丙號官舎4棟、合計31棟、他に酒保配給所、同倉庫、貯水池1棟がありました。

昭和20(1945)年8月16日、大東亜戦争停戦に伴い、28日、官舎は内務省を通じ大蔵省に移管されますが、9月26日、米軍が呉に進駐、10月10日、海軍兵學校を接収します。
小用北官舎は接収から外れたようで、近隣住民の斡旋で一部に戦災者や引揚者が入居するなどします。

昭和31(1956)年1月10日、海軍兵學校は連合軍から大蔵省に返還され、16日、海上自衛隊 術科学校(昭和33年4月1日、第一術科学校に改称)が横須賀から移転開校、小用北官舎は自衛隊官舎に転用される事無く、随時民間に払い下げられた様です。
払い下げられた経緯や時期は資料が無く不明ですが、昭和30(1930)年7月、江田島町が旧兵校の防衛庁移管に伴う陳情の中に「不要地域、建物の町への譲渡」があり、敷地が大蔵省から防衛庁に移管された昭和32(1957)年5月以降と思われます。

海軍兵學校官舎のなかでは最も状態が良く、原型を留める官舎が多数遺ります。
海軍兵学校 小用北官舎 カ・ク・ケ・シ 南西から(広島江田島)
▲原型を留める官舎群
  土地を段々に造成し建設されています

海軍兵学校 小用北官舎 兵学校 現在(広島江田島)
▲残存官舎配置

ア 乙三號
戸建て一部2階建で、中級将校用官舎と思われます。
驚異的な保存度でほぼ原型のままです。
海軍兵学校 小用北官舎 ア 乙三號 南西から(広島江田島)
▲全景

海軍兵学校 小用北官舎 ア 乙三號 南東から(広島江田島)
▲近影


イ 丙二十三號
戸建て一部2階建で、下級将校、同相当官用官舎と思われます。
こちらも驚異的な保存度ですが、北側は増築されています。
海軍兵学校 小用北官舎 イ 丙二十三 南から(広島江田島)


ウ 乙四號
戸建て一部2階建で、中級将校、同相当官用官舎と思われます。
外壁が改修されている以外は、ほぼ原型のままです。
海軍兵学校 小用北官舎 ウ 乙四 南西から(広島江田島)

海軍兵学校 小用北官舎 ウ東側 橋(広島江田島)
▲東側にあるコンクリート橋


エ 乙五號
上記ウ乙三號と同型の戸建て一部2階建で、中級将校、同相当官用官舎と思われます。
北側が増築されていますが、残存部はほぼ原型のままです。
海軍兵学校 小用北官舎 エ 乙五 南西から(広島江田島)

海軍兵学校 小用北官舎 エ 水路橋(広島江田島)
▲乙五號に入る水路橋


オ 丙三十・三十一號
2戸連棟の2階建て(以下同じ)で下士官、同相当官用官舎と思われます。
両方の棟が遺り、一部増築はあるものの原型を留めています。
海軍兵学校 小用北官舎 オ 丙三十・三十一(右) 南東から(広島江田島)
▲丙三十一號

海軍兵学校 小用北官舎 オ西 丙三十 南西から(広島江田島)
▲丙三十號


カ 丙二十八・二十九號
両方の棟が遺りますが、右側の丙二十九號は外壁が改修されています。
海軍兵学校 小用北官舎 カ 丙二十八(右)・二十九 北西から(広島江田島)
▲丙二十八號を裏から


海軍兵学校 小用北官舎 カ 丙二十八・二十九(手前) 南東から(広島江田島)
▲丙二十九號


キ 丙三十五號
左側にあった丙三十四號は建て替えられています。
海軍兵学校 小用北官舎 キ 丙三十五 南東から(広島江田島)


ク 丙三十二號
奥側にあった丙三十三號は建て替えられています。
海軍兵学校 小用北官舎 ク 丙三十二 北西から(広島江田島)
▲車庫が増築されている以外は原型が遺ります


ケ 丙三十八・三十九號
両方の棟が遺り、やや増築はありますが原型を留めます。
海軍兵学校 小用北官舎 ケ 丙三十八(左)・三十九 南西から(広島江田島)


コ 丙四十六・四十七號
両方の棟が遺りますが、右側の丙四十六はかなり増築されています。
海軍兵学校 小用北官舎 コ東 丙四十六 南東から(広島江田島)
▲丙四十六號

海軍兵学校 小用北官舎 コ西 丙四十七 南西から(広島江田島)
▲丙四十七號


サ 丙四十四號
左側にあった丙四十五は建て替えられています。
海軍兵学校 小用北官舎 サ 丙四十四 南から(広島江田島)


シ 丙四十三號
右側にあった丙四十二號は建て替えられ、丙四十三もかなり増築されています。
海軍兵学校 小用北官舎 シ 丙四十三 南西から(広島江田島)


ス 丙五十二號
左側にあった丙五十三は建て替えられています。
海軍兵学校 小用北官舎 ス 丙五十二 南東から(広島江田島)


セ 丙五十・五十一號
両方の棟が遺り増築も少なく原型を留めますが、両方とも外壁が改修されています。
海軍兵学校 小用北官舎 セ 丙五十一(左)・五十(右) 南東から(広島江田島)


ソ 丙四十號
左側にあった丙四十一は建て替えられており、丙四十もかなり増築されています。
海軍兵学校 小用北官舎 ソ 丙四十 北東から(広島江田島)


タ 丙五十六號
左側にあった丙五十七は建て替えられていますが、丙五十六はほぼ原型を留めるものの空家の様で破損しつつあります。
海軍兵学校 小用北官舎 タ 丙五十六 南東から(広島江田島)
▲正面側

海軍兵学校 小用北官舎 タ 丙五十六 北東から(広島江田島)
▲裏側


チ 丙五十三・五十四號
両方の棟が遺りますが、左側の丙五十四は増改築されています。
海軍兵学校 小用北官舎 チ 丙五十三(左)・五十四 南東から(広島江田島)


ツ 丙六十・六十一號
両方の棟が遺りますが、右側の丙六十は大幅に増改築されています。
海軍兵学校 小用北官舎 ツ 丙六十一(左)・六十 南西から(広島江田島)


テ 丙五十・五十一號
両方の棟が遺りますが、右側の丙五十は増築されています。
海軍兵学校 小用北官舎 テ 丙五十一(左)・五十(右) 南西から(広島江田島)


ト 丙六十四・六十五號
両方の棟が遺り、両方とも原型を留めます。
海軍兵学校 小用北官舎 ト 丙六十五(左)・六十四 南西から(広島江田島)


ナ 丙六十二・六十三號
両方の棟が遺り、両方とも原型を留めます。
海軍兵学校 小用北官舎 ナ 丙六十三(奥)・六十二 北東から(広島江田島)
▲裏側


ニ 丙六十九號
右側にあった丙六十八號は建て替えられ、丙六十九もかなり増築されています。
海軍兵学校 小用北官舎 ニ 丙六十九 南西から(広島江田島)


ヌ 丙七十三號
戸建て一部2階建です。
かなり増改築されており、原型を余り留めていません。
元の建物は赤い腰壁のある2階と、その手前に少しだけ見える切妻破風部分です。
海軍兵学校 小用北官舎 ヌ 丙七十三 南西から(広島江田島)


ネ 丙七十二號
上記ヌ丙七十三號と同型の戸建て一部2階建です。
こちらもかなり増改築されており、辛うじて裏側から見ると原型が分かります。
海軍兵学校 小用北官舎 ネ 丙七十二 北から(広島江田島)


ノ 丙七十・七十一號
2戸連棟の2階建てで両方が遺りますが、両方とも張り出し部分が増築され見通せません。
海軍兵学校 小用北官舎 ノ 丙七十一(左)・七十 南西から(広島江田島)
▲手前の出っ張っている部分が増築

海軍兵学校 小用北官舎 ノ 丙七十一(手前)・七十 北西から(広島江田島)
▲裏側から


主要参考文献
『江田島町史』(平成13年10月 江田島町)海軍兵学校

『御殿山水源地及射的場、小用官舎其の他位置圖』
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プロフィール

盡忠報國

Author:盡忠報國
大阪在住、遂に40代になってしまった男児です。

 明治開国以降、幾多の国難に立ち向かった先人達。
 光輝ある精強・帝國陸海軍が各地に築いた国防・軍事施設、そして祖国の弥栄を願い悠久の大義に生きた殉国の英霊の志に触れるべく訪問した顕彰・慰霊施設を紹介するとともに、戦後歪められた先人達、国軍・軍人の名誉を回復する事を目指し記述しています。

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